16 / 199
15話、適当で気まぐれな概念
しおりを挟む
「何をしてもいいと、ハルに言われたけども……。実際に来てみると、なんだか言い知れぬ罪悪感が芽生えてくるわね」
昨日ハルから、『テレビを観たいなら、いつでもここへ来て勝手に観ていい』と許可を得られたので、本屋へ寄らずに来たはいいものの。
鍵が掛かった扉をすり抜け、電気がついていなくて薄暗い玄関に入った途端。やってはいけない事をやっているような、変なモヤモヤ感が心に芽生えてきてしまった。
これまで、幾度となく人間の家に侵入してきたけれども。こんな気分になるのは、今日が初めてだ。家に、人が居るか居ないかの違いのせいかしら?
いや、それじゃないと思う。稀に、電話をしている途中にターゲットの人間が逃げ出していて、私が家に到着した頃には、既にもぬけの殻だった事がまあまああった。
そしてその時、家へ侵入した時は、こんな罪悪感なんて一切芽生えなかった。じゃあ、意識の問題かしら? なんとも不思議ね。
「モヤモヤが晴れそうにないし、一応ハルに電話をしておこっと」
平日の午前中から夕方頃にかけて、ハルは『調理学校』という場所に通っているらしく、電話に出ない事を知っている。
……電話が通じないと分かっている相手に掛けるのも、これが初めてね。しかも、わざわざ留守電を残す為だけに。
「えっと? 確か、何回かコールするとアナウンスが流れるから、『ピー』っていう音が鳴った後に喋ればいいんだっけ?」
ハルに言われた事を思い出すように復唱し、携帯電話を耳に当てる。
数回コール音が鳴ると、なんとも感情がこもっていない声が聞こえてきた。よし、やり方は合っているようね。
「あ、ピーって鳴った。えと、私、メリーさん。今、あなたのお家に着いて、これからテレビを観ようとしているの。……これでいいのよね?」
柄にもなく緊張しちゃったから、限りなく素に近い喋り方になっちゃったけど、まあいいか。しかし、これで罪悪感は多少なりとも無くなった。
誰も邪魔する者は居ないし、ゆっくりテレビを観よう。そう決めた私は、靴を脱ぎ、近くにあったスイッチを押して電気をつけた。
静まり返っているせいか。やたらと耳に届く足音を響かせつつ、いつもの部屋に入る。そこでもスイッチを押して電気をつけ、リモコンがあろうテーブルに顔をやる。
すると、リモコンの他に色んな物が映り込んだので、とりあえずテーブルまで近づき、右手にリモコンを。左手に、何かが書かれている紙を持った。
「なになに? 『テーブルと冷蔵庫にある物は、好きに食べていいよ。喉が渇いたら台所にコップがあるから、それを使ってね。春茜より』……。テーブルにあるもの?」
指示とも取れる文章を読み終え、紙を見ていた視線をテーブルへ移す。そこには、数本纏まったバナナ。木のカゴに数個入っている、丸々としたミカン。
それに、四角い透明の袋に入っている、中身が丸くて茶色が濃い物。袋に『醤油せんべい』と書かれているけど、これはなんだろう?
ミカンは、この前みかんゼリーを食べたから分かる。バナナも、ミカンと同じ果物よね。……あれ、野菜だっけ? どっちだったかしら?
とにかく料理本にも、たまに載っていたので分かる。けど『醬油せんべい』は、どの料理本にも載っていなかったから、本当に未知なる物だわ。
「持った感じ、ものすごく固そうね。食べられるのかしら、これ?」
匂いは無臭。食べるには、袋から出さないとダメみたいだけど。どうやって開けるの、これ? 端っこがギザギザになっているから、ここを引っ張るのかしら?
「なんだか、嫌な予感がするからやめておこう。ここは無難に、バナナを食べてみようかしら」
醬油せんべいを元あった場所に置き、代わりにバナナを一本だけ毟り取った。
これは、皮を剥いて食べるのよね。匂いは、ほのかに甘い。思わず深呼吸したくなるような、心が安らぐ匂いだ。
「確か、上の突出した部分を掴んで、下に引っ張っていけば~……。わっ、ペロンって剥けた」
力をあまり入れずとも、スルスルって剥けていった。中身が出てきたから、甘い匂いがより一層濃くなってきたわね。この匂い、好きかも。
他の部分にも皮が残っているので、三回に分けて剥いていく。全て剥き終わると、かなり瘦せ細っちゃった。この皮、結構厚いのね。なんだか勿体ない。
「……皮も、食べられるのかしら?」
けど、食べた痕跡を少しでも残したら、ハルにとやかく言われてしまう。あいつ、割と容赦無しに言ってくるのよね。
それのせいで、何度恥ずかしい思いをした事か……。よし、普通に食べよう。
「ふゎっ……。柔らかくて、あまぁ~い」
食感は、少しだけ噛めば自然にほぐれるほど柔らかく。嚙めば嚙むほど増していく、ねったりとしていて舌に吸いついてくるような甘さよ。すごい濃密だ。
みかんは、とにかくサッパリとしていて爽快感があったけど。バナナは、いつまでも後味が残っているし、余韻も深く感じる。果物って、色んな甘さがあるのね。もっと食べてみたいわ~。
「そうだ、冷蔵庫!」
ハルが残したメモには、『冷蔵庫にある物は、好きに食べていい』と書いてあった。もしかしたら、冷蔵庫にも新たな果物があるかもしれない。
「……そういえば、冷蔵庫って、なに?」
しまった、肝心の冷蔵庫という物が分からない。……あれ? もしかして私、かなりの世間知らず?
いや、私は『メリーさん』という都市伝説、もとい怪異よ? そんな事、知らなくて当然じゃ?
「そうだ。私と人間は、元々住んでる世界がまったく違うから、知らなくて当然の事なんだ」
危ない。なんだか、だんだん人間の世界に毒されてきた気がする。ハルを通して、深く踏み入れ過ぎちゃったわね。
しかし、前の生活に戻る気なんて毛頭ない。だって、おいしい料理が食べられないもの。料理が食べられない生活だなんて、もう絶対に嫌だ。ありえないし耐えられない。
「全ては、ハルがくれたお味噌汁や唐揚げのせいだわ。……早く食べたいなぁ、ハルの唐揚げ」
時計を確認してみるも、現在時刻は午前十時過ぎ。夕方まで、まだ八時間ぐらいあるじゃないの。八時間って、何時間待てばいいのかしら?
時間の進みが、やたらと遅く感じる。一秒って意識して数えてみると、案外長いわね。こんなに長かったっけ? あの時計、壊れているんじゃないの?
「料理本を読んでる時は、時間があっという間に過ぎていったのに。時間の流れって、適当で気まぐれなやつね」
姿の見えない概念に文句を垂らし、鼻からため息を漏らす。
「いいや、テレビを観よっと」
そう。本来ハルの部屋に来た目的は、テレビを観る事だ。時間に文句を言う為じゃない。
ハルが昨日教えてくれた情報によれば、この時間帯の六チャンネルという所で、料理に関する物がやっているはず。
そして十二時からは、四チャンネルで! 昨日は、おいしそうな中華料理がいっぱい出ていたのよね。今日は、一体どんな料理が出てくるんだろう。楽しみだわ。
昨日ハルから、『テレビを観たいなら、いつでもここへ来て勝手に観ていい』と許可を得られたので、本屋へ寄らずに来たはいいものの。
鍵が掛かった扉をすり抜け、電気がついていなくて薄暗い玄関に入った途端。やってはいけない事をやっているような、変なモヤモヤ感が心に芽生えてきてしまった。
これまで、幾度となく人間の家に侵入してきたけれども。こんな気分になるのは、今日が初めてだ。家に、人が居るか居ないかの違いのせいかしら?
いや、それじゃないと思う。稀に、電話をしている途中にターゲットの人間が逃げ出していて、私が家に到着した頃には、既にもぬけの殻だった事がまあまああった。
そしてその時、家へ侵入した時は、こんな罪悪感なんて一切芽生えなかった。じゃあ、意識の問題かしら? なんとも不思議ね。
「モヤモヤが晴れそうにないし、一応ハルに電話をしておこっと」
平日の午前中から夕方頃にかけて、ハルは『調理学校』という場所に通っているらしく、電話に出ない事を知っている。
……電話が通じないと分かっている相手に掛けるのも、これが初めてね。しかも、わざわざ留守電を残す為だけに。
「えっと? 確か、何回かコールするとアナウンスが流れるから、『ピー』っていう音が鳴った後に喋ればいいんだっけ?」
ハルに言われた事を思い出すように復唱し、携帯電話を耳に当てる。
数回コール音が鳴ると、なんとも感情がこもっていない声が聞こえてきた。よし、やり方は合っているようね。
「あ、ピーって鳴った。えと、私、メリーさん。今、あなたのお家に着いて、これからテレビを観ようとしているの。……これでいいのよね?」
柄にもなく緊張しちゃったから、限りなく素に近い喋り方になっちゃったけど、まあいいか。しかし、これで罪悪感は多少なりとも無くなった。
誰も邪魔する者は居ないし、ゆっくりテレビを観よう。そう決めた私は、靴を脱ぎ、近くにあったスイッチを押して電気をつけた。
静まり返っているせいか。やたらと耳に届く足音を響かせつつ、いつもの部屋に入る。そこでもスイッチを押して電気をつけ、リモコンがあろうテーブルに顔をやる。
すると、リモコンの他に色んな物が映り込んだので、とりあえずテーブルまで近づき、右手にリモコンを。左手に、何かが書かれている紙を持った。
「なになに? 『テーブルと冷蔵庫にある物は、好きに食べていいよ。喉が渇いたら台所にコップがあるから、それを使ってね。春茜より』……。テーブルにあるもの?」
指示とも取れる文章を読み終え、紙を見ていた視線をテーブルへ移す。そこには、数本纏まったバナナ。木のカゴに数個入っている、丸々としたミカン。
それに、四角い透明の袋に入っている、中身が丸くて茶色が濃い物。袋に『醤油せんべい』と書かれているけど、これはなんだろう?
ミカンは、この前みかんゼリーを食べたから分かる。バナナも、ミカンと同じ果物よね。……あれ、野菜だっけ? どっちだったかしら?
とにかく料理本にも、たまに載っていたので分かる。けど『醬油せんべい』は、どの料理本にも載っていなかったから、本当に未知なる物だわ。
「持った感じ、ものすごく固そうね。食べられるのかしら、これ?」
匂いは無臭。食べるには、袋から出さないとダメみたいだけど。どうやって開けるの、これ? 端っこがギザギザになっているから、ここを引っ張るのかしら?
「なんだか、嫌な予感がするからやめておこう。ここは無難に、バナナを食べてみようかしら」
醬油せんべいを元あった場所に置き、代わりにバナナを一本だけ毟り取った。
これは、皮を剥いて食べるのよね。匂いは、ほのかに甘い。思わず深呼吸したくなるような、心が安らぐ匂いだ。
「確か、上の突出した部分を掴んで、下に引っ張っていけば~……。わっ、ペロンって剥けた」
力をあまり入れずとも、スルスルって剥けていった。中身が出てきたから、甘い匂いがより一層濃くなってきたわね。この匂い、好きかも。
他の部分にも皮が残っているので、三回に分けて剥いていく。全て剥き終わると、かなり瘦せ細っちゃった。この皮、結構厚いのね。なんだか勿体ない。
「……皮も、食べられるのかしら?」
けど、食べた痕跡を少しでも残したら、ハルにとやかく言われてしまう。あいつ、割と容赦無しに言ってくるのよね。
それのせいで、何度恥ずかしい思いをした事か……。よし、普通に食べよう。
「ふゎっ……。柔らかくて、あまぁ~い」
食感は、少しだけ噛めば自然にほぐれるほど柔らかく。嚙めば嚙むほど増していく、ねったりとしていて舌に吸いついてくるような甘さよ。すごい濃密だ。
みかんは、とにかくサッパリとしていて爽快感があったけど。バナナは、いつまでも後味が残っているし、余韻も深く感じる。果物って、色んな甘さがあるのね。もっと食べてみたいわ~。
「そうだ、冷蔵庫!」
ハルが残したメモには、『冷蔵庫にある物は、好きに食べていい』と書いてあった。もしかしたら、冷蔵庫にも新たな果物があるかもしれない。
「……そういえば、冷蔵庫って、なに?」
しまった、肝心の冷蔵庫という物が分からない。……あれ? もしかして私、かなりの世間知らず?
いや、私は『メリーさん』という都市伝説、もとい怪異よ? そんな事、知らなくて当然じゃ?
「そうだ。私と人間は、元々住んでる世界がまったく違うから、知らなくて当然の事なんだ」
危ない。なんだか、だんだん人間の世界に毒されてきた気がする。ハルを通して、深く踏み入れ過ぎちゃったわね。
しかし、前の生活に戻る気なんて毛頭ない。だって、おいしい料理が食べられないもの。料理が食べられない生活だなんて、もう絶対に嫌だ。ありえないし耐えられない。
「全ては、ハルがくれたお味噌汁や唐揚げのせいだわ。……早く食べたいなぁ、ハルの唐揚げ」
時計を確認してみるも、現在時刻は午前十時過ぎ。夕方まで、まだ八時間ぐらいあるじゃないの。八時間って、何時間待てばいいのかしら?
時間の進みが、やたらと遅く感じる。一秒って意識して数えてみると、案外長いわね。こんなに長かったっけ? あの時計、壊れているんじゃないの?
「料理本を読んでる時は、時間があっという間に過ぎていったのに。時間の流れって、適当で気まぐれなやつね」
姿の見えない概念に文句を垂らし、鼻からため息を漏らす。
「いいや、テレビを観よっと」
そう。本来ハルの部屋に来た目的は、テレビを観る事だ。時間に文句を言う為じゃない。
ハルが昨日教えてくれた情報によれば、この時間帯の六チャンネルという所で、料理に関する物がやっているはず。
そして十二時からは、四チャンネルで! 昨日は、おいしそうな中華料理がいっぱい出ていたのよね。今日は、一体どんな料理が出てくるんだろう。楽しみだわ。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる