林檎を並べても、

ロウバイ

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退院ののち

金曜日の夜

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「ほら、剥けたぞ」

いつかのように目の前に差し出された皿を受け取って、感謝を告げる。トキによると、俺の好物はリンゴだったらしい。白い陶器製の皿にはきれいに剥かれたりんごが並んでいて、丁寧にも銀色のフォークが添えられていた。
そのフォークを手に持ち、硬めなバター色の果肉に柔らかく尖った先端を差し込む。シャクリと耳触りのいい音がした。

一ヶ月ぶりに目覚め、しばらくしてから俺は一ヶ月と一週間ほどお世話になった病院を退院した。退院したと言っても、まだまだ病み上がりであることに加え記憶が欠落している俺には多少の生活のサポートが必要で、転がり込むようにしてトキの家に住むことになる。関東にある実家を離れて社会人を謳歌していた俺は、関西のこちらでは何かあったら気軽に頼れる人が彼以外にいなかったらしい。
最初はトキに遠慮していたものの、「気持ち悪いからやめろ」と彼自身に言い切られてしまい、それからは思いのままに過ごすようになった。

記憶を忘れてはいるが、箸の持ち方や電車の乗り方など身に染み付いているものは何となく感覚で覚えていた。トキと一緒に簡単な高校の範囲の数学や英語を解いてみたが、これも大体覚えていて、俺の解答にはそこそこの数の赤い丸が咲く。トキは自信満々に問題を眺めていたが、数学がまったく分からなかったらしく、俺の解答に反してトキのユーズリーフは白紙だった。
「こういうこともある」と気まずげに目を逸らすトキが、意外だったのと面白かったのでついつい笑ってしまうと、じとりと睨まれた。その顔にどこか見覚えがあるような気がしてつい言葉が途切れると、今度は心配そうな顔をみせる。
これも、いつか見たことがある気がした。トキに率直にそう伝えると、「そりゃ、長いこと一緒に居たからな」と懐かしそうな顔をして微笑まれた。
トキと過ごすようになってからは、生活の些細な部分で答え合わせをしているような感覚になることが多い。
既視感があるものを見つけると、必ずトキに問いかける。律儀なトキは毎回丁寧に教えてくれるから、その少し変わった会話が心地よかった。

 口の中の甘酸っぱい果肉を噛みしめると、果汁が溢れて舌を喜ばせる。トキの好みだという、木製の家具に青と白を貴重とした部屋の真ん中に置かれたテレビの中では、男女の高校生二人が時空を超えて思い合うという有名な恋愛アニメ映画が流れていた。今日は金曜日だから、きっと金曜ロードに選ばれた作品なんだろう。時刻は十時を少し過ぎたくらいで、映画も中盤にかかっている。

 だが、どうやら俺は映画などの長時間集中するものが得意ではないようだ。中盤に差し掛かる序盤の方で早々に、視線はふらふらと部屋と画面を行ったり来たりで、内容も頭から筒抜けていくようだった。端的に言えば、映画に飽きた。ぼんやりと無心でトキが剥いてくれたリンゴを咀嚼し続ける。
 そんな時、ふと男同士で見るにはいささか甘酸っぱすぎる映画の内容に、トキはどんな表情で見ているのだろうと気になった。二人がけのホワイトのソファーに座るのは俺だけで、トキは水色の足の長いカーペットの上に座っている。ソファーを背もたれにするようにして俯いているから、こちらからは表情が読めない。

「ねえねえトキ」

名前を呼んでみるが、反応はない。いつもなら名前を呼べば何かしら返してくれるため、不思議に思った。少し待ってみても、トキのさらりとした黒髪が動いてこちらを向くことは無かったため、もう一度名前を呼んでみる。

「トキ…?」

不気味な現状とは対照的に、ピアノで演奏されているであろう美しい跳ねるようなテンポの音楽がBGMのようにして空間に響く。どこか漂う今後の展開として考えられなくもないホラー展開を彩っているようにも思えた。
ごくりと俺の喉が鳴る音がやけに鮮明に聞こえる。どこかで、こういう光景を見たことがあるような気がする。でも、いつもその違和感に答えをくれるトキは返事をしない。
そろりそろりと彼の肩に手を伸ばす。トキが部屋着にしている黒色のパーカーに触れるまで、あと数センチ。三センチ、
二センチ、一セン―――

「なんだ?ソウ。」
「うおっ。」

触れるか触れないかの絶妙な間で、トキはくるりと体の向きをこちらに変えた。その拍子に、肩の位置も当たり前だが移動する。そうしてあと数ミリまでに縮まっていたトキとの距離も、あっという間にに離されてしまった。

「そんなに驚くことか?」

不審げな顔をされて、特に意味もなく慌てて弁解をする。

「トキの反応がないから、寝てるのかと思って。別に、トキが死んでるとか…。」
「はは、ソウは相変わらず一言多いな。」
「うぅ…失言だね…。」

図星を突かれて、やはりトキには大体のことがバレているのかと心のなかで慄いた。
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