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カド女
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快適な部屋の布団の上に、僕は丸い窪みを形成していた。息を吸って吐くと、その窪みも一緒になって微かな抑揚を見せた。
ここに住むようになってどれくらい経つだろう。人間で言えば、一年も経っていないかもしれないが、猫にしてみれば二~三年は経過していた。
「吾輩は猫である」
この有名な言葉を一度は言ってみたかった。ただ、あの猫と違って僕には名前がある。
その名前は恐らく、この短い小説の中で明かされることはないだろう。
その理由はいくつかある。
まず第一に、僕は人見知りだ。第二に、基本的に人間と言う動物に対して不信感を抱いている。そして第三に、飼い主以外にこの名前で呼ばれることに何となく不快を感じる。
以上三点の個人(猫)的な理由から、まだ名前を教える訳にはいかない。恐らく、この三点の理由を克服する頃には、この短い小説は終わっている。内容的にも名前を知らせる必要は全くない。以上の理由から、僕の名前がこの小説の中で明かされることは『ない』。
「ポチ~~~~」
両手や頬を使用して、飼い主が猫なで声で僕の全身を撫でまわす。『囲い込み』の時間が到来してしまった。まさに囲い込むようにして身動きを取れないようにすることから、僕はこの行為を囲い込みと呼んでいる。これをされてしまうと、僕はあまりの心地よさになすがままとなってしまう。「ゴロゴロ」と、自然と喉が震える。
この囲い込みは不定期に訪れ、突如として終わりを迎えたりするからタチが悪い。まだ求めている時に限ってスッと手を引かれ、独りで居たい時にはしつこく纏わりつかれたりする。人間ほど気まぐれな生き物を、僕は知らない。
突然気まぐれを起こした飼い主が立ち上がり、部屋を出ようとした。まだ少し撫でてもらいたかったので、「にゃあ」と鳴いて僕も後に続くことにした。
飼い主の向かった先は台所だった。ここで飼い主がすることと言えば、ご飯を作ったり、テーブルの角に股間を擦り付けたり、ご飯を食べたり、テーブルの角に股間を擦り付けたり、食器を洗ったり、テーブルの角に股間を擦り付けたり、と、恐らく一般の人間が日常的に行っているごくありふれた営みである。
人間と言う生き物は、テーブルの角に股間を擦り付けるという行動が多い生き物のように思える。この行動に僕は生産的な意味を見出せないでいた。初めは、僕が足を使用して耳の裏を掻く行為と似たようなものだろうと思っていたが、飼い主はこれの時、人間の女性ではなく、どちらかと言えば、こちら寄りの『メス』となるのだ。このことが、生産性皆無のこの行動を複雑化させ、何か重大な意味があるかのように思わせてくる。僕がオスだから、より敏感に感じ取っているだけのことだろうか?。そして、この不可解な行動に費やしている時間が非常に長い。合算すると、三食を摂る時間さえも上回るだろう。
突然、耳を刺すような甲高い音が脳内を支配しそうになった。この家に客が訪れると、いつもこの音が鳴り響いて僕を驚かせる。
今まさにテーブルに股間を押し付けようとした飼い主が猫のような機敏さで踵を返し、玄関へと早足を向かわせた。
訪れたのは人間の男だった。敵か、味方か、僕は臨戦態勢を取って警戒を怠らないように努めた。
飼い主は、この男を自身の部屋に迎え入れると、しばらく何やら会話したりやり取りを交わした。僕は飼い主の背後に隠れ、男の様子をジッと窺った。
飼い主が部屋を出てどこかへ行こうとしたので、男と二人きりになるのを嫌って、僕も後に続いた。その際、馴れ馴れしくもこの男は、通りすがりの僕の身体に触れようとしてきた。咄嗟に威嚇の声を上げて応戦すると、狼狽して手を引っ込めた。情けない奴だ。
飼い主は冷蔵庫を開けて飲み物を取り出し、思いついたかのようにテーブルの角に股間を擦り付けた。さっき、途中で中断を余儀なくされた分を補填しているのだろう。
人の気配を感じた。飼い主は目の前の作業に夢中で気が付かない。台所の扉のあたりに、さっきの男が潜んでいた。手のひらサイズの四角い何かを、飼い主の方向に掲げるようにして持っている。これと似たものを飼い主も持っている。巧みな誘惑で飼い主の関心を引き寄せ、たまに僕の熱いジェラシーを煽り立てるので、この四角にはあまり良い印象はない。
扉の方に視線を向けた飼い主が、驚いたような悲鳴を上げた。僕も思わず飛び上がり、威嚇の声を発して臨戦態勢を取った。
男が台所に侵入してきた。もしかしたら、この男もテーブルの角に股間を擦り付けるのかもしれないと思った。しかし男は、テーブルの角には見向きもせず、四角い何かを飼い主に見せて、にやつきながら何やら話を始めた。少し揉めたりするような場面もあったが、飼い主が諦めたような様子でテーブルの角に股間を擦り付ける作業を再開した。男はまた四角い何かを掲げ、それを飼い主の顔に近づけたり、股間に近づけたりした。
いつもやっている擦り付けの雰囲気とは違い、今の擦り付けは、この男の主導権の元に執り行われているように見えた。飼い主の渋々の態度から察するに、この行動は男の強引な要求によるものだろうと推察することができる。飼い主の権利が侵害されたことに対して憤りを覚え、僕はついにこの男と血を見るほどの戦いを一時は覚悟したが、飼い主がメスの雰囲気を醸し出してからは様子が一転した。これが本当に渋々なのか、判断が難しくなってしまった。一方では困っているように見えるが、一方では悦んでいるようにも見えた。
そして、男は飼い主の背後に回ると、ぴったりとくっついて、空いた方の手を、テーブルの角に当てがわれている股間へと伸ばした。
これをきっかけとして、飼い主がこれまでに見たことのないほどの乱れっぷりを見せた。まさにメスとなり切って、大声を上げながら心地よさを貪っていた。
囲い込まれて身動きの取れなくなった飼い主が、あまりの心地よさになすがままの状態となっている。もしかするとこの行為は『囲い込み』かもしれなかった。もしそうであれば、少しこの男の見方が変わってきて、僕も自己紹介の一つでもしなければならなくなるかもしれない。
ここに住むようになってどれくらい経つだろう。人間で言えば、一年も経っていないかもしれないが、猫にしてみれば二~三年は経過していた。
「吾輩は猫である」
この有名な言葉を一度は言ってみたかった。ただ、あの猫と違って僕には名前がある。
その名前は恐らく、この短い小説の中で明かされることはないだろう。
その理由はいくつかある。
まず第一に、僕は人見知りだ。第二に、基本的に人間と言う動物に対して不信感を抱いている。そして第三に、飼い主以外にこの名前で呼ばれることに何となく不快を感じる。
以上三点の個人(猫)的な理由から、まだ名前を教える訳にはいかない。恐らく、この三点の理由を克服する頃には、この短い小説は終わっている。内容的にも名前を知らせる必要は全くない。以上の理由から、僕の名前がこの小説の中で明かされることは『ない』。
「ポチ~~~~」
両手や頬を使用して、飼い主が猫なで声で僕の全身を撫でまわす。『囲い込み』の時間が到来してしまった。まさに囲い込むようにして身動きを取れないようにすることから、僕はこの行為を囲い込みと呼んでいる。これをされてしまうと、僕はあまりの心地よさになすがままとなってしまう。「ゴロゴロ」と、自然と喉が震える。
この囲い込みは不定期に訪れ、突如として終わりを迎えたりするからタチが悪い。まだ求めている時に限ってスッと手を引かれ、独りで居たい時にはしつこく纏わりつかれたりする。人間ほど気まぐれな生き物を、僕は知らない。
突然気まぐれを起こした飼い主が立ち上がり、部屋を出ようとした。まだ少し撫でてもらいたかったので、「にゃあ」と鳴いて僕も後に続くことにした。
飼い主の向かった先は台所だった。ここで飼い主がすることと言えば、ご飯を作ったり、テーブルの角に股間を擦り付けたり、ご飯を食べたり、テーブルの角に股間を擦り付けたり、食器を洗ったり、テーブルの角に股間を擦り付けたり、と、恐らく一般の人間が日常的に行っているごくありふれた営みである。
人間と言う生き物は、テーブルの角に股間を擦り付けるという行動が多い生き物のように思える。この行動に僕は生産的な意味を見出せないでいた。初めは、僕が足を使用して耳の裏を掻く行為と似たようなものだろうと思っていたが、飼い主はこれの時、人間の女性ではなく、どちらかと言えば、こちら寄りの『メス』となるのだ。このことが、生産性皆無のこの行動を複雑化させ、何か重大な意味があるかのように思わせてくる。僕がオスだから、より敏感に感じ取っているだけのことだろうか?。そして、この不可解な行動に費やしている時間が非常に長い。合算すると、三食を摂る時間さえも上回るだろう。
突然、耳を刺すような甲高い音が脳内を支配しそうになった。この家に客が訪れると、いつもこの音が鳴り響いて僕を驚かせる。
今まさにテーブルに股間を押し付けようとした飼い主が猫のような機敏さで踵を返し、玄関へと早足を向かわせた。
訪れたのは人間の男だった。敵か、味方か、僕は臨戦態勢を取って警戒を怠らないように努めた。
飼い主は、この男を自身の部屋に迎え入れると、しばらく何やら会話したりやり取りを交わした。僕は飼い主の背後に隠れ、男の様子をジッと窺った。
飼い主が部屋を出てどこかへ行こうとしたので、男と二人きりになるのを嫌って、僕も後に続いた。その際、馴れ馴れしくもこの男は、通りすがりの僕の身体に触れようとしてきた。咄嗟に威嚇の声を上げて応戦すると、狼狽して手を引っ込めた。情けない奴だ。
飼い主は冷蔵庫を開けて飲み物を取り出し、思いついたかのようにテーブルの角に股間を擦り付けた。さっき、途中で中断を余儀なくされた分を補填しているのだろう。
人の気配を感じた。飼い主は目の前の作業に夢中で気が付かない。台所の扉のあたりに、さっきの男が潜んでいた。手のひらサイズの四角い何かを、飼い主の方向に掲げるようにして持っている。これと似たものを飼い主も持っている。巧みな誘惑で飼い主の関心を引き寄せ、たまに僕の熱いジェラシーを煽り立てるので、この四角にはあまり良い印象はない。
扉の方に視線を向けた飼い主が、驚いたような悲鳴を上げた。僕も思わず飛び上がり、威嚇の声を発して臨戦態勢を取った。
男が台所に侵入してきた。もしかしたら、この男もテーブルの角に股間を擦り付けるのかもしれないと思った。しかし男は、テーブルの角には見向きもせず、四角い何かを飼い主に見せて、にやつきながら何やら話を始めた。少し揉めたりするような場面もあったが、飼い主が諦めたような様子でテーブルの角に股間を擦り付ける作業を再開した。男はまた四角い何かを掲げ、それを飼い主の顔に近づけたり、股間に近づけたりした。
いつもやっている擦り付けの雰囲気とは違い、今の擦り付けは、この男の主導権の元に執り行われているように見えた。飼い主の渋々の態度から察するに、この行動は男の強引な要求によるものだろうと推察することができる。飼い主の権利が侵害されたことに対して憤りを覚え、僕はついにこの男と血を見るほどの戦いを一時は覚悟したが、飼い主がメスの雰囲気を醸し出してからは様子が一転した。これが本当に渋々なのか、判断が難しくなってしまった。一方では困っているように見えるが、一方では悦んでいるようにも見えた。
そして、男は飼い主の背後に回ると、ぴったりとくっついて、空いた方の手を、テーブルの角に当てがわれている股間へと伸ばした。
これをきっかけとして、飼い主がこれまでに見たことのないほどの乱れっぷりを見せた。まさにメスとなり切って、大声を上げながら心地よさを貪っていた。
囲い込まれて身動きの取れなくなった飼い主が、あまりの心地よさになすがままの状態となっている。もしかするとこの行為は『囲い込み』かもしれなかった。もしそうであれば、少しこの男の見方が変わってきて、僕も自己紹介の一つでもしなければならなくなるかもしれない。
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