不夜島の少年～兵士と高級男娼の七日間～

138．旅立ち（完）

　ミゼアスの手を取って、アデルジェスは住み慣れた兵舎を後にする。
　その頃にはすっかり日も暮れていた。

「これからどうする？」

　アデルジェスはミゼアスに問いかける。

「うん、今日はまず宿に泊まろう。明日もう一回、伯爵の様子伺いに行って、それからここを出ようか」

「また島に戻って、報告するの？」

「ううん、手紙でいいって言われている。だから、もうどこに行ってもいいんだ」

　やわらかな微笑みを浮かべて、ミゼアスがアデルジェスを見上げた。

「どこか行きたいところはある？」

　アデルジェスの問いにミゼアスはしばし考え込む。

「うーん……僕はあの村と島しか知らないから、色々なところを見てみたいかな」

「じゃあ、当分は旅をしながら色々なところを見て回ろうか。気に入ったところがあったらしばらく住んでみてもいいし……まあ、そのとき次第で」

「流されるがままに？」

「うん、流されるがままに。まあ、どうにかなるよ」

「そうだね。きみと一緒なら」

　ミゼアスがアデルジェスの手をぎゅっと握る。

「そのうち、ウインシェルド侯爵のところにも行かないとね。あと、島にもまた遊びに来てくれって言われたよ」

　ミゼアスのことを可愛がっていたウインシェルド侯爵、そしてヴァレンや見習いたちの姿がアデルジェスの脳裏に蘇る。

「うん、少し落ち着いたらウインシェルド侯爵のところに遊びに行きたいな。島は……そうだね、来年のお祭りのときにでも行ってみるかい？」

「お祭り？」

「年に一回、お祭りがあるんだよ。あの島って普段は簡単に入れないんだけれど、お祭りのときだけは誰でも入れるんだ。だから人がいっぱい集まるよ。普段はお金を持てない見習いもこのときは例外で、小さい頃はとても楽しみにしていたんだ。どこもかしこも一晩中明かりが消えなくて、『不夜島』の名前そのままになる」

　ミゼアスの言葉にアデルジェスは島の様子を思い出す。思えば、夜はあまり出歩いたことがなかった。

「へえ……そうなんだ。俺も見てみたいな」

「じゃあ、一緒に行こうね」

「うん」

　また約束が増えた。アデルジェスの心に小さな灯火が増えていく。温かくアデルジェスを満たしてくれる光だ。

　幼い頃に約束を交わした幼馴染は思いがけない姿となって現れた。あのとき守られることがなかった約束は細い糸として残り、二人を結んでくれていたのかもしれない。
　これからも約束を交わし、そして守るために二人で歩いて行こう。
　アデルジェスはミゼアスの手を強く握る。するとミゼアスも強く握り返してきた。二人で視線を絡め、笑い合う。
　繋がれた手はどこまでも温かく、これから共に歩める喜びに満たされていた。