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100.きっかけはどうあれ
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アデルジェスの混乱がさらに深くなる。
ミゼアスは自分を見張っていたのか。だから部屋に連れ込み、離さなかったのだ。
そう考えると、アデルジェスには納得がいった。平凡な自分を拉致するようにして側に置いておいたのは、そういうことだったのだ。
しかし、それならば二人で過ごした甘い時間は偽りだったのだろうか。側に繋ぎとめておくための手段だったとでもいうのだろうか。
アデルジェスのことを好きだと言い、島を出て側に行くとまで言ったミゼアス。まさか、それもすべて偽りだったのだろうか。
いや、そんなはずがない。アデルジェスは頭を振った。
例え最初はそうだったのだとしても、今ミゼアスがアデルジェスのことを想ってくれているのは本当なはずだ。その想いまで疑ってはいけない。
自分がしっかりすると決めたのだ。
出会ったきっかけはどうあれ、今アデルジェスとミゼアスは想い合っているのだ。それでよいではないか。
アデルジェスは自らを叱咤する。
「ミゼアスがきみを見張っていたこと、意外だったかね?」
「ええ、まあ……でも、納得もできました」
アデルジェスが思ったとおりに答えると、ウインシェルド侯爵は面白そうに口元を歪めた。
「もっと取り乱すかとも思ったのだが、冷静だな。きみがミゼアスと深い仲なのは知っている。裏切られていたとは思わないのかね?」
「いえ、思いません。きっかけはどうあれ、今ミゼアスは俺のことを想ってくれていますし、俺もミゼアスのことを想っています」
アデルジェスがきっぱりと答えると、ウインシェルド侯爵が目を細める。
「いやいや、優柔不断で流されやすいという話だったが、なかなかしっかりしているではないか。ミゼアスをさらっていこうというのだ、これくらいでなくては困る」
愉快そうにウインシェルド侯爵は言う。
「今までどのような身請け話にも耳を貸さなかったミゼアスが、自ら島を出たいと言い出したのには私も驚いた。私はあの子が十歳のときから知っているが、とても醒めた目をした子供だったよ。それでいて内側に自らの大切なものを押し込めていて、情熱と虚無が混ざり合った暗い魅力のある子だった。あの子が幼いながらに花月琴の名手と聞いたときは、納得したものだ」
「花月琴?」
ミゼアスは花月琴の名手だという話だし、実際に演奏を聴いてもそのとおりだと思った。しかしそれがどう関係あるというのだろうか。
「花月琴というのは、もともとは上流階級の楽器だ。しかし、この島では最重要の必須楽器とされている。それは教養を強調するためだけではなく、この楽器の性質にある。この楽器は何らかの深い情念が大好物なのだよ。情念の薄い者では、どれほど技術があっても音に深みが出ない。娼館という場所において、これほどふさわしい楽器はないだろう?」
娼館といえば愛欲、悲哀、裏切りなど様々な情念の渦巻く場所だ。それを糧とする楽器ならば、この島にはふさわしいだろう。
「例えば、先ほどのヴァレン。彼などは致命的に花月琴の才がない。技術的には問題がないのだが、音がどうしても浅いのだよ。深いことは考えない、思い悩まずに明るく、という本来素晴らしい性質が邪魔をしていてね」
「はは……なるほど……」
思わずアデルジェスは呟く。確かにあのヴァレンの姿からは、情念という言葉は想像がつかない。
「彼はそのためにミゼアスに預けられたのだよ。当時、ミゼアスは確か十四歳だったかな。すでに当代一と呼ばれるくらいの名手だったからね」
ミゼアスは自分を見張っていたのか。だから部屋に連れ込み、離さなかったのだ。
そう考えると、アデルジェスには納得がいった。平凡な自分を拉致するようにして側に置いておいたのは、そういうことだったのだ。
しかし、それならば二人で過ごした甘い時間は偽りだったのだろうか。側に繋ぎとめておくための手段だったとでもいうのだろうか。
アデルジェスのことを好きだと言い、島を出て側に行くとまで言ったミゼアス。まさか、それもすべて偽りだったのだろうか。
いや、そんなはずがない。アデルジェスは頭を振った。
例え最初はそうだったのだとしても、今ミゼアスがアデルジェスのことを想ってくれているのは本当なはずだ。その想いまで疑ってはいけない。
自分がしっかりすると決めたのだ。
出会ったきっかけはどうあれ、今アデルジェスとミゼアスは想い合っているのだ。それでよいではないか。
アデルジェスは自らを叱咤する。
「ミゼアスがきみを見張っていたこと、意外だったかね?」
「ええ、まあ……でも、納得もできました」
アデルジェスが思ったとおりに答えると、ウインシェルド侯爵は面白そうに口元を歪めた。
「もっと取り乱すかとも思ったのだが、冷静だな。きみがミゼアスと深い仲なのは知っている。裏切られていたとは思わないのかね?」
「いえ、思いません。きっかけはどうあれ、今ミゼアスは俺のことを想ってくれていますし、俺もミゼアスのことを想っています」
アデルジェスがきっぱりと答えると、ウインシェルド侯爵が目を細める。
「いやいや、優柔不断で流されやすいという話だったが、なかなかしっかりしているではないか。ミゼアスをさらっていこうというのだ、これくらいでなくては困る」
愉快そうにウインシェルド侯爵は言う。
「今までどのような身請け話にも耳を貸さなかったミゼアスが、自ら島を出たいと言い出したのには私も驚いた。私はあの子が十歳のときから知っているが、とても醒めた目をした子供だったよ。それでいて内側に自らの大切なものを押し込めていて、情熱と虚無が混ざり合った暗い魅力のある子だった。あの子が幼いながらに花月琴の名手と聞いたときは、納得したものだ」
「花月琴?」
ミゼアスは花月琴の名手だという話だし、実際に演奏を聴いてもそのとおりだと思った。しかしそれがどう関係あるというのだろうか。
「花月琴というのは、もともとは上流階級の楽器だ。しかし、この島では最重要の必須楽器とされている。それは教養を強調するためだけではなく、この楽器の性質にある。この楽器は何らかの深い情念が大好物なのだよ。情念の薄い者では、どれほど技術があっても音に深みが出ない。娼館という場所において、これほどふさわしい楽器はないだろう?」
娼館といえば愛欲、悲哀、裏切りなど様々な情念の渦巻く場所だ。それを糧とする楽器ならば、この島にはふさわしいだろう。
「例えば、先ほどのヴァレン。彼などは致命的に花月琴の才がない。技術的には問題がないのだが、音がどうしても浅いのだよ。深いことは考えない、思い悩まずに明るく、という本来素晴らしい性質が邪魔をしていてね」
「はは……なるほど……」
思わずアデルジェスは呟く。確かにあのヴァレンの姿からは、情念という言葉は想像がつかない。
「彼はそのためにミゼアスに預けられたのだよ。当時、ミゼアスは確か十四歳だったかな。すでに当代一と呼ばれるくらいの名手だったからね」
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