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02.王女セレディローサ

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「姫様! 姫様! ああ、こんなところにいらっしゃった!」

 後ろから投げかけられた声に、セレディローサは動きを止めた。自らの肩ほどまでの高さを持つ木々に囲まれながら、声の方向に視線を向ける。
 息を切らせて走ってくる侍女の姿が見えた。

「ああ、イリナ。畑には入ってこないでね」

 のんびりと一声かけると、セレディローサは再び元の作業に戻る。手元の葉の色を確かめ、まだ青い葉はそのまま、赤くなった葉だけを摘み取っていく。

「このようなところにやってきて……狼が出たらどうするのですか! 戻りましょう」

「ここは城壁に囲まれた、薬草園よ。しかも温室。狼なんて出ないわ」

「でも……」

「私が狼に殺されるのは、十八のときでしょう? 私はまだ十二歳なんだから、大丈夫よ」

 文句を言いたげな侍女に微笑みながら言葉を投げかけると、侍女の顔が引きつった。
 生誕祝いの場で、狼の牙に貫かれて生を終えるという呪いをかけられた王女セレディローサは十二歳になっていた。
 善良な魔女たちによる祝福のとおり、可憐で聡明な姫として名高い。黄金を糸に紡いだような髪、深い海を思わせる蒼玉の瞳、白雪のような肌に薔薇色の頬、見る者の目をとろけさせるような愛らしい姿だ。

「……本来ならば姫様は多くの侍女たちにかしずかれ、絹とレースに囲まれた優雅な生活をお送りになるはずでしたのに……このように冷遇されて……」

 侍女は俯き、絞り出すような声を漏らす。

「現王妃など、元は姫様の母君の侍女であったものを……あのように我が物顔で……」

「イリナ」

 セレディローサは静かな声で侍女の言葉を遮る。
 母である王妃は心労のため病に伏せ、まだセレディローサが物心つく前に、帰らぬ人となってしまった。
 父である国王は、王妃の侍女であった貴族の娘を後妻として迎えたのだ。セレディローサにとっては腹違いの弟となる、跡継ぎの王子も誕生している。
 十八で生を終えるセレディローサは、政略結婚の道具にも使えない。さらに立派な跡継ぎが別にいるとなれば、顧みられることなどないのも当然だろう。

「私は王女として役に立たぬ娘。それなのに、こうして好きなことをさせてくださっています。お父様とお義母様の寛大なお心に、感謝しなくてはなりません」

 穏やかに微笑み、セレディローサは侍女に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「は……はい……出すぎたことを申しました……申し訳ございません……」

 侍女は涙ぐみ、涙を隠すかのように頭を垂れる。
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