ヴァレン兄さん、ねじが余ってます

四葉 翠花

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27.昔話

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 嫌そうな顔で称号を固辞したアルンは、唖然とする見習いたちにも指示を出してエイブの顔を拭いた。仕切りなおしだ。

「……また我を忘れてしまい、申し訳ありませんでした」

 顔の墨を拭き取ったエイブは、正気に戻っていた。

「あなたは俺の髪を見ると、理性が吹っ飛ぶわけ?」

 頼もしい守り神の存在を頭の上に感じながら、ヴァレンは呆れた声を出す。

「お美しい御髪にそのお顔、どうしてもカレンマリス様を思い出してしまい……」

「確かに、俺は母さん似だったらしいけど。あなた、今までこの島に来たことはなかったの?」

「取引には来ていましたが、内部に入ったのは先日あなたとお会いした日が初めてです。もし、今までにお会いしていれば一目でわかったでしょう。もっと早くに知っていれば、どれほどの金を費やしてでも、身売りの定めからお救いしていたものを……」

 悔しそうにエイブは拳を握り締めた。

「どうしてそこまで? 母さんとあなたはどういう関係だったの?」

 エイブはローダンデリアの商人だが、領主一族というわけではないはずだ。彼が個人的にそこまでする必要はないだろう。

「……私はカレンマリス様を陰ながら、お慕いしておりました。ですが、身分が違います。あの方がときおり授けてくださる微笑み以上のことは、何も望んではおりませんでした。しかしローダンデリア家の困窮により、カレンマリス様は身売りのように嫁ぐことになってしまったのです」

 やや俯きがちにエイブは語り始める。

「ローダンデリアさえ豊かであったならば……と、私はローダンデリアを富ませる方法を考えました。いろいろ試しましたが、どれもはかばかしい効果は得られずにいました。ところがあるとき、カレンマリス様が残していってくださった種が芽吹いたのです」

 苦しげだったエイブの表情が、ほんのわずか和らぐ。

「それが夕月花でした。ローダンデリアではとうに絶滅していたはずの花は、わずかな種を残していたのです。どこでカレンマリス様が手に入れたのかはわかりません。しかし、嫁ぐ前に埋めていった花が数年の時を経て、芽生えたのです」

「数年経って? 何かきっかけでも?」

 ヴァレンが訝しげに問いかけると、エイブの表情が曇った。

「……ちょうど、私の妻を亡くしたときでした。カレンマリス様が嫁いだ後、私は庭師の女と結婚していました。妻は私以上に熱狂的なカレンマリス様の支持者で、カレンマリス様が残された種を絶対に芽吹かせるのだと日々奮闘しておりました」

 そっと胸に手をあてるエイブ。懐かしさと、愛おしさと、そして苦しみとが入り混じった複雑な顔だった。
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