ヴァレン兄さん、ねじが余ってます

四葉 翠花

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28.ローダンデリア

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「妻はカレンマリス様に可愛がっていただいたそうです。妻のカレンマリス様に対する思いは、いっそ恋にも似ていました。傍から見れば奇妙だったかもしれませんが、似たような思いを共有する私たちは、似合いの幸せな夫婦でした」

 エイブの瞳が穏やかな光をたたえて、どこか遠くを見つめる。

「ところが来る日も来る日も芽は出ず、ついに妻は倒れてしまいました。そしてそのまま、二度と届かぬところに旅立ってしまったのです」

 声に悲哀が滲む。見ているヴァレンの胸が疼くような表情だった。

「私は妻の遺志を継ぎ、種の世話を続けました。何かに没頭していないと、悲しみに飲み込まれそうだったのです。そんな私を見かねたのか、領主様がわざわざ庭までやってきてくださいました。そして私と共に涙を流してくださったのです」

 いったん言葉を区切り、エイブは両手を広げる。その動作は、どんよりとした曇り空が晴れ渡っていく様子を連想させた。

「すると数日後、小さな、小さな芽が出ていたのです。領主様が涙を流した場所でした。私は驚き、大切に育てました。しかし私だけではうまくいかないのです。領主様がお声をかけてくださると、順調に育っていきました」

 誇らしさすら伺える声で、しっかりと顔を上げる。

「領主様の涙とお声がけ、これが夕月花を育てる栄養でした。絶えたはずの夕月花は蘇り、再びローダンデリアに富をもたらしてくれたのです」

 ようやく語り終え、エイブは置いてあった茶を口に含む。

「涙と声かけ……新領主はそのことを知っているの?」

 エアイールから聞いた話では、新領主は世話の方法を知らないため育てられないのでは、とも言われていたはずだ。

「もちろん、お伝えいたしました。しかし夕月花は育たなくなるばかり……。若様は領主様にはあまり似ていらっしゃいません。燃えるような赤毛も、丸い鼻も、奥方様によく似ておいでです。今までは母親似なのだろうとしか思っておりませんでしたが、夕月花の育成ができないとなると……奥方様の不義の子ではないかという疑いが出てきました」

 曇り顔でエイブが答える。表情にも声にも、嘘が滲んでいる様子はうかがえなかった。

「ローダンデリアが貧しかった頃、領民たちは出稼ぎに行く者も少なくありませんでした。家族と引き離され、きつくて実入りの悪い労働に甘んじるほかなかったのです。夕月花が軌道に乗ってからは、そのような必要もなくなりました」

 エイブは突然がばっとひれ伏し、額を床にこすりつける。

「やっと領民たちが人間らしい生活を送れるようになったのです。夕月花が枯れ果てては、すべて失われてしまいます。カレンマリス様と、妻が遺していってくれた希望なのです。お願いいたします、どうかローダンデリアにいらっしゃってください!」
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