ヴァレン兄さん、ねじが余ってます

四葉 翠花

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21.誘拐事件

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 見習いたちとああだこうだ言いつつ準備をして迎えた客だったが、どうも疲れ果てているような様子だった。
 大きな身体は一回り小さく見えるようで、ここ最近の堂々とした態度を装うことも忘れてしまったようだ。

「大丈夫? 顔色があまりよくないようだけれど」

「はあ……ちょっと」

 ヴァレンが気遣いの言葉をかけると、客はもごもごと答える。

「もしあなたが話しても差しさわりがないのなら、話を聞くよ。この子たちも、客の秘密を漏らすことはない」

「いえ……とても個人的なことで、秘密がどうのということではないのですが……弟が家出をしてしまって。それで父の機嫌が悪く、僕にもとばっちりが……」

「はあ……家出。それは大変だ」

 大変は大変だが、よくある家庭内のごたごたのようだ。ヴァレンは静かに頷いて、続きを待つ。

「僕より五歳下で、武術にはまったく関心がない子なんです。僕とは違って母親似で、線が細くてそこそこ見られる顔をしています。本人は役者になるといつも言っていました。それで、先日誘いを受けたそうなんですが、父に反対されて……」

「家出してしまった、と」

「そうです。父は僕に連れ戻しに行ってこいと命令しました。ところが母は、どうせ武術なんて向いていないんだから好きにさせてやれ、と。僕には適当に探しているふりだけしておけ、だなんて……」

 客は力なく、太い首を左右に振る。

「板ばさみになっちゃったわけだ」

「ええ……もう、疲れました……」

 ぐったりとため息を吐き出す客。

「それは大変だったね……」

 ヴァレンは蜂蜜酒を注ぎ、客に差し出す。
 ここのところ少し足が遠のいていたのは、家庭内の問題が原因だったようだ。

「ただ、いちおう弟の所在は探したんです。僕も弟に武術は向いていないと思うんで、連れ戻す気はないんですが、会うだけは会っておきたいと思って。まだまだあの子は子供だし、一人にするには不安なんで……。ところが、見つからないんです」

「うまいこと逃げおおせたっていうわけじゃなく?」

「そうかもしれません。それだったらまあ仕方ないんですが……探している途中で、嫌な話を耳にしてしまったんです」

「嫌な話?」

 ヴァレンはわずかに眉をひそめる。胸の奥でもぞもぞと何かが蠢くような、奇妙な予感めいたものがわきあがってきた。

「はい……似たような話がいくつかあったんです。良い条件で奉公の話があって子供を出したけれど、その奉公先に尋ねたところ、そんな子はいないと言われたっていうのもありました」

「誘拐、っていうこと?」

「おそらく……。そんなとき、南方寄りの宿場町で誘拐犯が捕まったという知らせがありました。ただ、その男はさらおうとした子供の家族に見破られ、未遂に終わったそうです。問題はこの男がたくらんだことではなく、誰かから命令を受けたことなんです」

「命令……っていうことは、他にも同じようにさらおうとしている奴がいるっていうことかな」

 組織的な犯行の可能性がありそうだ。ヴァレンは顎を指でなぞって軽く首を傾げる。

「きっと、そうかと……。男は下っ端で、詳しいことは知らないようでした。良い話を持ちかけてさらおうとしたようでしたが、家族が気付いてその男を捕え、警備兵に突き出したそうです。男は素直に白状したそうですが、そこから命令者の足取りはつかめませんでした」
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