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08.身請け話
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男に突っ込んだことがないという意味での貞操は守られた。
それから数日、ヴァレンは見習いたちに軽く賭博を仕込むなどして、穏やかな日々を過ごしていた。
そんなあるとき、ヴァレンは娼館主に呼び出されたのだ。
「何でしょう? もしかして、タコ墨の件ですか?」
真っ先に思いついたのは、先日、ヴァレンの髪に擦り寄ってきた男にタコ墨をかけた件である。
「タコ墨? ああ……そういえば今度はタコ使いになったんだって? 朝市に顔を出して魚介類を買ってきているという話は聞いていたが、今度は食べるだけではなく、心を通わせようという試みか?」
「いや……食べ物と心を通わせても、情がわいたら食べられなくなるんで嫌です。それより、どういったご用件でしょうか?」
「ああ、おまえに身請け話が来ている」
「お断りしてください」
「即答だな」
一切迷いのないヴァレンに、娼館主は面白がるような声を漏らす。
「少なくとも今の俺付き見習いの子たちが一人前になるまで、俺は白花をやめるつもりはありません。このことはお伝えしてありますよね」
「ああ、こちらとしてもミゼアスが抜けたばかりの今、おまえにまで抜けられたら困る。頭が痛いことに、今現在この店での稼ぎ頭はおまえだ」
「あっはっは、そりゃあ困りましたね」
ヴァレンがからから笑うと、娼館主は盛大なため息を吐き出した。
「……まったくだ。客を酒で潰そうが、賭博で何を巻き上げようが、それでいいって通ってくる客がいる以上、何も言えないが……あぁ……ミゼアスは伝統あるこの店にふさわしく、気品と色気があり、高嶺の花として君臨する立派な白花だった……」
「まあまあ、そっちの伝統はアルン君の成長に期待しましょう。それより、話はそれだけですか?」
娼館主は話を切り上げようとするヴァレンを、片手を上げて制した。
「ああ、ちょっと待て。今回の身請け話にはおかしな点があってな」
「おかしな点? 何ですか、それ?」
「おまえを買った記録がない相手なんだ。それなのにいきなり身請け話だ。おそらくないだろうが、万が一、おまえが言い交わしたことのある相手だとすれば……」
「いや、そんな相手いませんから。っていうか、誰なんです?」
娼館主の話を遮り、ヴァレンは問う。
たどれる最も古い記憶まで探っても、該当するような相手は存在しない。
「エイブ・マーレイン。十年ほど前に成り上がった商人らしい」
「……知りませんね。いったい俺のどこが気に入ったんですかね」
「薔薇を滲ませたような金色の髪をずっと探していたとか何とか……」
首を傾げていたヴァレンの背筋に、冷たいものが走る。
先日、道端で突然、髪に触れてきた変態男だろう。
「嫌です、絶対に嫌です。身請け話なんて、断固としてお断りしてください」
「……おまえがそこまで嫌がるのも珍しいな」
両手で頭を押さえて左右に振るヴァレンを、娼館主は面食らったように眺めていた。
「嫌なんです、本当に嫌。ああ……やっぱり髪を剃りあげるか……その上で面白おかしい髪型のカツラでもかぶれば……」
「客がつかなくなるから、やめろ。そもそも、おまえはそれでいいのか……」
それから数日、ヴァレンは見習いたちに軽く賭博を仕込むなどして、穏やかな日々を過ごしていた。
そんなあるとき、ヴァレンは娼館主に呼び出されたのだ。
「何でしょう? もしかして、タコ墨の件ですか?」
真っ先に思いついたのは、先日、ヴァレンの髪に擦り寄ってきた男にタコ墨をかけた件である。
「タコ墨? ああ……そういえば今度はタコ使いになったんだって? 朝市に顔を出して魚介類を買ってきているという話は聞いていたが、今度は食べるだけではなく、心を通わせようという試みか?」
「いや……食べ物と心を通わせても、情がわいたら食べられなくなるんで嫌です。それより、どういったご用件でしょうか?」
「ああ、おまえに身請け話が来ている」
「お断りしてください」
「即答だな」
一切迷いのないヴァレンに、娼館主は面白がるような声を漏らす。
「少なくとも今の俺付き見習いの子たちが一人前になるまで、俺は白花をやめるつもりはありません。このことはお伝えしてありますよね」
「ああ、こちらとしてもミゼアスが抜けたばかりの今、おまえにまで抜けられたら困る。頭が痛いことに、今現在この店での稼ぎ頭はおまえだ」
「あっはっは、そりゃあ困りましたね」
ヴァレンがからから笑うと、娼館主は盛大なため息を吐き出した。
「……まったくだ。客を酒で潰そうが、賭博で何を巻き上げようが、それでいいって通ってくる客がいる以上、何も言えないが……あぁ……ミゼアスは伝統あるこの店にふさわしく、気品と色気があり、高嶺の花として君臨する立派な白花だった……」
「まあまあ、そっちの伝統はアルン君の成長に期待しましょう。それより、話はそれだけですか?」
娼館主は話を切り上げようとするヴァレンを、片手を上げて制した。
「ああ、ちょっと待て。今回の身請け話にはおかしな点があってな」
「おかしな点? 何ですか、それ?」
「おまえを買った記録がない相手なんだ。それなのにいきなり身請け話だ。おそらくないだろうが、万が一、おまえが言い交わしたことのある相手だとすれば……」
「いや、そんな相手いませんから。っていうか、誰なんです?」
娼館主の話を遮り、ヴァレンは問う。
たどれる最も古い記憶まで探っても、該当するような相手は存在しない。
「エイブ・マーレイン。十年ほど前に成り上がった商人らしい」
「……知りませんね。いったい俺のどこが気に入ったんですかね」
「薔薇を滲ませたような金色の髪をずっと探していたとか何とか……」
首を傾げていたヴァレンの背筋に、冷たいものが走る。
先日、道端で突然、髪に触れてきた変態男だろう。
「嫌です、絶対に嫌です。身請け話なんて、断固としてお断りしてください」
「……おまえがそこまで嫌がるのも珍しいな」
両手で頭を押さえて左右に振るヴァレンを、娼館主は面食らったように眺めていた。
「嫌なんです、本当に嫌。ああ……やっぱり髪を剃りあげるか……その上で面白おかしい髪型のカツラでもかぶれば……」
「客がつかなくなるから、やめろ。そもそも、おまえはそれでいいのか……」
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