ヴァレン兄さん、ねじが余ってます

四葉 翠花

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01.出会い

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 穏やかな日差しが降り注ぐ中、港では荷船から荷おろしをする人々が忙しく動き回っている。
 外界から隔離されたこの島に届く、外からの息吹だ。
 果てしなく広がる青い海を眩しそうに眺めると、ヴァレンは荷おろしの立会人のところに向かった。

「ねえ、何が届いたの?」

「夕月花の香油だよ」

 立会人はヴァレンを認めると、邪魔にすることもなく答える。

「香油ってことは、食べられないほうか。残念」

 夕月花の香油は肌を滑らかにする効果がある。それとは別に夕月花を原料とした飴があるのだが、ヴァレンはそちらのほうが気にかかっていた。
 体臭を花の穏やかな芳香にすると人気の飴で、そちらのほうが重宝がられている。

 昔は体臭を抑えるため、食事内容にまで注意事項があったらしい。近年になって夕月花の飴が島に入ってくるようになり、今では注意事項などなくなっている。
 一般的な飴よりは高価だが、この島の花なら簡単に手が届く値段になっているのだ。
 もっともヴァレンにとっては、この飴が美味しいということが最も重要なのだが。

「食べられるほうは、まだ先だな。もっとも、今年はあまり生育がよくないらしいから、値上がりするかもな」

「値上がりかー。ちょっと困るな」

「何を言っているんだ、上級の四花様が」

「だってさ、抱えている見習いが増えたばっかりだし。しかも一気に三人増えたんだよ。今や俺が抱えている見習いは四人。数でいえば、五花のエアイールを抜いて一番だよ」

「あぁ……そうか。ミゼアス付きだった子たちか」

 優れた美貌を持ち、知性と教養を兼ねそろえた者だけが集うという、この国最高にして最大の娼館である不夜島。白花と呼ばれる男娼たちと、赤花と呼ばれる娼婦たちは、選りすぐりの存在だ。
 周囲には首を傾げられながらも、ヴァレンはこの島で白花として働いている。それも一花から五花まである格付けのうち、上から二番目の四花という上級の存在としてだ。

 赤味がかった金色の髪と、海のような青い瞳のヴァレンは、顔立ちも整っている。
 見かけだけならこの島の花として何ら不都合はない。
 ところが『賭博王』や『酒豪王』の称号を不動のものにするなど、どうも花としておかしいといわれる要因が多々あった。

 ヴァレンが見習い時代の上役、五花にして白花第一位だったミゼアスは、一ヶ月ほど前に島を去った。長年の想い叶い、愛しい相手と共に旅立ちを迎えたのだ。
 それまでの恩返しも含め、ヴァレンはミゼアス付きだった見習いたちを引き取った。
 見習いたちの必要経費は、ミゼアスの貯蓄から差し引くことになっている。本当なら突発的な出費も全て請求できるのだが、せめてそういったものくらいはヴァレンが負担したかった。
 ミゼアスからの大切な預かりものである子供たちの前では『賭博王』や『酒豪王』の称号は封印し、品行方正に生きようという決意も掲げたのだ。

 何となくしんみりしてしまったので、ヴァレンは話を区切り、立会人に礼を言って別れた。
 時間は夕方に近づいている。そろそろ客を迎える準備のため、戻ったほうがいいだろう。

 ヴァレンは一人、海岸を歩く。
 まだ見習いだった幼い頃から、よくこの海岸を歩いたものだ。ときには勝手に海岸をうろついているヴァレンをミゼアスが探しに来て、怒られたこともあった。
 だが、もう探しにきてくれる人はいない。幸せそうに島を去っていったミゼアスを思い返せば、胸が温かく、そして少しだけ通り抜ける風を感じて寂しくなる。

 自らの心の揺れに、ヴァレンは俯いてくすりと笑いをこぼす。自分にはまだこの島で、するべきことがある。
 顔を上げようとすると、ふと目に赤いものが入ってきた。ヴァレンは動きを止めてその正体を確かめる。
 タコだった。海岸に打ち上げられたタコが、ヴァレンを見つめているようだった。なんとも愛嬌のある顔だ。

 ゆっくりとヴァレンはタコに近づき、その場に膝を着いた。
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