1 / 54
01.出会い
しおりを挟む
穏やかな日差しが降り注ぐ中、港では荷船から荷おろしをする人々が忙しく動き回っている。
外界から隔離されたこの島に届く、外からの息吹だ。
果てしなく広がる青い海を眩しそうに眺めると、ヴァレンは荷おろしの立会人のところに向かった。
「ねえ、何が届いたの?」
「夕月花の香油だよ」
立会人はヴァレンを認めると、邪魔にすることもなく答える。
「香油ってことは、食べられないほうか。残念」
夕月花の香油は肌を滑らかにする効果がある。それとは別に夕月花を原料とした飴があるのだが、ヴァレンはそちらのほうが気にかかっていた。
体臭を花の穏やかな芳香にすると人気の飴で、そちらのほうが重宝がられている。
昔は体臭を抑えるため、食事内容にまで注意事項があったらしい。近年になって夕月花の飴が島に入ってくるようになり、今では注意事項などなくなっている。
一般的な飴よりは高価だが、この島の花なら簡単に手が届く値段になっているのだ。
もっともヴァレンにとっては、この飴が美味しいということが最も重要なのだが。
「食べられるほうは、まだ先だな。もっとも、今年はあまり生育がよくないらしいから、値上がりするかもな」
「値上がりかー。ちょっと困るな」
「何を言っているんだ、上級の四花様が」
「だってさ、抱えている見習いが増えたばっかりだし。しかも一気に三人増えたんだよ。今や俺が抱えている見習いは四人。数でいえば、五花のエアイールを抜いて一番だよ」
「あぁ……そうか。ミゼアス付きだった子たちか」
優れた美貌を持ち、知性と教養を兼ねそろえた者だけが集うという、この国最高にして最大の娼館である不夜島。白花と呼ばれる男娼たちと、赤花と呼ばれる娼婦たちは、選りすぐりの存在だ。
周囲には首を傾げられながらも、ヴァレンはこの島で白花として働いている。それも一花から五花まである格付けのうち、上から二番目の四花という上級の存在としてだ。
赤味がかった金色の髪と、海のような青い瞳のヴァレンは、顔立ちも整っている。
見かけだけならこの島の花として何ら不都合はない。
ところが『賭博王』や『酒豪王』の称号を不動のものにするなど、どうも花としておかしいといわれる要因が多々あった。
ヴァレンが見習い時代の上役、五花にして白花第一位だったミゼアスは、一ヶ月ほど前に島を去った。長年の想い叶い、愛しい相手と共に旅立ちを迎えたのだ。
それまでの恩返しも含め、ヴァレンはミゼアス付きだった見習いたちを引き取った。
見習いたちの必要経費は、ミゼアスの貯蓄から差し引くことになっている。本当なら突発的な出費も全て請求できるのだが、せめてそういったものくらいはヴァレンが負担したかった。
ミゼアスからの大切な預かりものである子供たちの前では『賭博王』や『酒豪王』の称号は封印し、品行方正に生きようという決意も掲げたのだ。
何となくしんみりしてしまったので、ヴァレンは話を区切り、立会人に礼を言って別れた。
時間は夕方に近づいている。そろそろ客を迎える準備のため、戻ったほうがいいだろう。
ヴァレンは一人、海岸を歩く。
まだ見習いだった幼い頃から、よくこの海岸を歩いたものだ。ときには勝手に海岸をうろついているヴァレンをミゼアスが探しに来て、怒られたこともあった。
だが、もう探しにきてくれる人はいない。幸せそうに島を去っていったミゼアスを思い返せば、胸が温かく、そして少しだけ通り抜ける風を感じて寂しくなる。
自らの心の揺れに、ヴァレンは俯いてくすりと笑いをこぼす。自分にはまだこの島で、するべきことがある。
顔を上げようとすると、ふと目に赤いものが入ってきた。ヴァレンは動きを止めてその正体を確かめる。
タコだった。海岸に打ち上げられたタコが、ヴァレンを見つめているようだった。なんとも愛嬌のある顔だ。
ゆっくりとヴァレンはタコに近づき、その場に膝を着いた。
外界から隔離されたこの島に届く、外からの息吹だ。
果てしなく広がる青い海を眩しそうに眺めると、ヴァレンは荷おろしの立会人のところに向かった。
「ねえ、何が届いたの?」
「夕月花の香油だよ」
立会人はヴァレンを認めると、邪魔にすることもなく答える。
「香油ってことは、食べられないほうか。残念」
夕月花の香油は肌を滑らかにする効果がある。それとは別に夕月花を原料とした飴があるのだが、ヴァレンはそちらのほうが気にかかっていた。
体臭を花の穏やかな芳香にすると人気の飴で、そちらのほうが重宝がられている。
昔は体臭を抑えるため、食事内容にまで注意事項があったらしい。近年になって夕月花の飴が島に入ってくるようになり、今では注意事項などなくなっている。
一般的な飴よりは高価だが、この島の花なら簡単に手が届く値段になっているのだ。
もっともヴァレンにとっては、この飴が美味しいということが最も重要なのだが。
「食べられるほうは、まだ先だな。もっとも、今年はあまり生育がよくないらしいから、値上がりするかもな」
「値上がりかー。ちょっと困るな」
「何を言っているんだ、上級の四花様が」
「だってさ、抱えている見習いが増えたばっかりだし。しかも一気に三人増えたんだよ。今や俺が抱えている見習いは四人。数でいえば、五花のエアイールを抜いて一番だよ」
「あぁ……そうか。ミゼアス付きだった子たちか」
優れた美貌を持ち、知性と教養を兼ねそろえた者だけが集うという、この国最高にして最大の娼館である不夜島。白花と呼ばれる男娼たちと、赤花と呼ばれる娼婦たちは、選りすぐりの存在だ。
周囲には首を傾げられながらも、ヴァレンはこの島で白花として働いている。それも一花から五花まである格付けのうち、上から二番目の四花という上級の存在としてだ。
赤味がかった金色の髪と、海のような青い瞳のヴァレンは、顔立ちも整っている。
見かけだけならこの島の花として何ら不都合はない。
ところが『賭博王』や『酒豪王』の称号を不動のものにするなど、どうも花としておかしいといわれる要因が多々あった。
ヴァレンが見習い時代の上役、五花にして白花第一位だったミゼアスは、一ヶ月ほど前に島を去った。長年の想い叶い、愛しい相手と共に旅立ちを迎えたのだ。
それまでの恩返しも含め、ヴァレンはミゼアス付きだった見習いたちを引き取った。
見習いたちの必要経費は、ミゼアスの貯蓄から差し引くことになっている。本当なら突発的な出費も全て請求できるのだが、せめてそういったものくらいはヴァレンが負担したかった。
ミゼアスからの大切な預かりものである子供たちの前では『賭博王』や『酒豪王』の称号は封印し、品行方正に生きようという決意も掲げたのだ。
何となくしんみりしてしまったので、ヴァレンは話を区切り、立会人に礼を言って別れた。
時間は夕方に近づいている。そろそろ客を迎える準備のため、戻ったほうがいいだろう。
ヴァレンは一人、海岸を歩く。
まだ見習いだった幼い頃から、よくこの海岸を歩いたものだ。ときには勝手に海岸をうろついているヴァレンをミゼアスが探しに来て、怒られたこともあった。
だが、もう探しにきてくれる人はいない。幸せそうに島を去っていったミゼアスを思い返せば、胸が温かく、そして少しだけ通り抜ける風を感じて寂しくなる。
自らの心の揺れに、ヴァレンは俯いてくすりと笑いをこぼす。自分にはまだこの島で、するべきことがある。
顔を上げようとすると、ふと目に赤いものが入ってきた。ヴァレンは動きを止めてその正体を確かめる。
タコだった。海岸に打ち上げられたタコが、ヴァレンを見つめているようだった。なんとも愛嬌のある顔だ。
ゆっくりとヴァレンはタコに近づき、その場に膝を着いた。
0
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど?
お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる