ヴァレン兄さん、ねじが余ってます

四葉 翠花

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02.反撃

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 ヴァレンはふらふらと散歩を終えて帰ってきた。右手には生きたままのタコが握られている。海岸での出会いに運命を感じ、何となく連れ帰ってきた。
 そろそろ日が暮れ始める時間だ。今日は新規客の予定が入っている。もう、支度をしなくてはならない頃合いだろう。
 大通りに面した立派な建物の中に入ろうとする。すると、首筋がちくちくとし、背中にぞくりと寒気が走った。思わず、ヴァレンは足を止めてしまう。

「ああ……見つけた……何という美しい髪だ……」

 突然、一人の男が恍惚とした声を漏らしながらヴァレンに擦り寄ってきて、両手でヴァレンの髪を挟みこんで撫で出した。
 ヴァレンの髪は肩よりも短い。前側はかろうじて肩につくかどうかの長さだが、後ろにかけて短くなっていく。そのため、髪を撫でる男の手は顔のすぐ横で蠢いている。
 ヴァレンは全身の血が冷えわたっていくようだった。思考は停止して、ただ呆然と立ち尽くし、肌に粟が生じていくのを感じる。

「薔薇を溶かしたような金の髪……やっと見つけた……」

 男は尚もヴァレンの髪をねっとりした手つきで撫で回す。
 最初の衝撃がやや収まってくると、今度は反射的に殴りそうになってしまう。
 しかし、暴力を振るうのは禁止行為だ。もし相手が客ならば、絶対にしてはならないことである。
 すんでのところで抑え、振り払って逃れるに留めた。

 吐き気すらこみあげてきながら、ヴァレンは不埒な行動に及んだ男を睨みつける。
 男は四十そこそこの、中肉中背の中年男だった。振り払われても尚、うっとりとした陶酔の眼差しをヴァレンの髪に向けている。

「ああ……名前を教えてくれませんか? 美しい髪の美しいお方……」

 陶然とした表情で、男はヴァレンににじり寄ってくる。
 ヴァレンは全身に汗が流れるような不気味さを覚えながら、一歩、また一歩とじりじり後退していく。男は徐々に距離をつめ、再びヴァレンに触れようとする。
 とっさにヴァレンは防ごうと右手を掲げた。
 タコが男の顔面に向き合う。

「……うっ!」

 まるでヴァレンを守るかのように、タコが男に向かって墨を吐き出した。男は目を押さえてうずくまる。
 その隙にヴァレンは建物の中に逃げ込んだ。外から見えない場所に隠れ、耳をすましてそっと様子を伺う。
 男は『目が、目がぁ!』などと叫んでいたが、そのうちにおとなしくなった。
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