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第三章

第48話「貿易都市ディントレーグス」

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 リナート山を超え、ヴァナランド地方へ入って早一週間。

 俺達は小さな村や集落を経由しながら乗合馬車を利用したり、途中で舟に乗り換えて川を渡ったり、徒歩で街道を進んでからまた別の乗合馬車に乗って西へ西へと進み、ようやく目的地の貿易都市ディントレーグスが見えてくる。

 乗り換え先としては最後の馬車から降りると、潮風とともにどこまでも広がる青い海が一望できる大きな港町に辿り着いた。

「うわぁー……! うみも、まちも……! すっごく、おっきい……!」

 長旅の疲れなど感じさせず、子供のように燥いでいるツェツィーリア。

「東側の漁港だけでもこの大きさ! 西側の貿易港はとんでもなく巨大な市場があるみたいですし、町の中心部も含めたらとてもじゃないですけど2、3日くらいじゃ見て回れませんよ、これは!」

「ここが帝国海軍の本拠地たる三叉槍トライデント湾……あっ、湾内中央の軍港区をご覧くださいませ! あれは噂に聞く第一艦隊旗艦の超弩級戦艦トリアイナ! 帝国海軍が誇る三胴戦艦トリアイナ級の栄えある一番艦ネームシップですわ!」

 ツェツィーリアの両脇に並んで同じくらい目を輝かせているトリシアとノエル。

 トリシアは商港として帝国内だけでなく世界中から集まる様々な物品に、ノエルはインペリアル帝国海軍の大拠点である軍港として、それぞれ別のモノに見入っている。

 貿易都市ディントレーグスは三叉槍湾という巨大な湾を囲むように築かれた港町だ。

 トライデント湾自体、東と西の二つの湾が合わさった不思議な構成になっている。帝国海軍の発展と艦隊の増強に合わせ、軍港が伸びるように増改築を繰り返していった長い人工半島で隔てられた結果、高台から見下ろすとまるで三叉槍トライデントの穂先みたいな港湾が出来上がったのだという。

 単にトライデント湾と言えば湾内全域を指す。水揚げ場や築地などが広がる東側は漁業関係者が集まる漁港となっており、西側は荷卸し場や貨物倉庫に大市場が並ぶ商港となっている。

 東西の港と湾にはそれぞれちゃんとした正式名称があるようなのだが、どちらの住民も自分達がいる港を「東側」や「西側」とか単純に言ったり、湾を指す時も「東湾」とか「西湾」とかそのまんまで指し示す。

 港湾部分だけでも非常に大きな貿易都市なのだが、隣接する居住区画―――海水と淡水とが交わる汽水域に城壁と城砦をいくつも並べたような町中心地は更に広大だ。

 トライデント湾から柄のように続く二叉槍バイデント川。河口が二叉なっていることからそう名付けられた川で、ディントレーグスは海だけでなくそちらにも跨るようにして都市が広がっているのだ。

 想像以上に大きな港町と、海というモノを生まれて初めて目にするツェツィーリア達三人は修学旅行にでもきたようなテンションの上がりっぷりである。

「三人とも大はしゃぎだねー。まあ、私も初めてディントレーグスにきた時はあんな感じだったけど」

「ありゃ? ライラはこの町にきたことあるのかい?」

 ハイデマリーの問いかけにライラは頷いてから答える。

「ご主人様に買われるまではクレアさん―――奴隷商の人とずっと一緒にいて、売れ残りだった私はあちこち連れ回されてたから」

「あー……回復魔法も治療魔法も使えない白魔導士の奴隷なんて、そりゃ中々買い手がつかないか……。」

 苦笑するライラを前に、ヤブ蛇を突いてしまったハイデマリーは視線を泳がせながら頬を掻く。

「でもさ、いいマスターに買って貰えて良かったじゃん? 特に夜は気持ちよくしてくれるし♡」

「うん、ご主人様には本当に感謝してる。特に夜は可愛がってもらえるし♡」

 二人の卑猥な視線がこちらの股間に向けられ、俺は思わず両手で隠してしまう。

「まあ、マスターのあれが凄いのは言うまでもないけど……確かに夏以外でも海が凍らない港っていうのは凄いねぇ」

 ハイデマリーの故郷があるエルフェン王国だと不凍港は珍しいらしい。元の世界で言うところの、夏よりも冬の方が長い北欧みたいな地域のようだ。

「まずはディントレーグスの冒険者ギルド支部で移動してきたって手続きをするとして……そこからはどうする、ご主人様?」

 ツェツィーリア達が海景色の絶景を楽しんでいる間、ライラは今後の予定を訊ねてくる。

「とりあえず、クレアさんから頼まれてる“お使い”からだな」

 クレアさんから頼まれていた友人宛ての手紙。宛先はこのディントレーグスに住むという貴族の一人、ネェオ・ノ・ショーレイド伯爵。

「でもさ、なんか変じゃない? 僕はそのクレアって奴隷商と面識ないけど……マスター達から聞いた話じゃ、僕と違ってワープの魔法で帝国中を飛び回れるくらいの魔術師なんだろ?」

 エルフとしては魔力量の最大値が低いハイデマリーは、サキュバスの淫紋を封印するのに魔力量のリソースを割いているという事情もあるとはいえ、彼女の使う移動魔法の〈ワープ〉では単身で隣の村や町に移動するのが精一杯。

 そもそもハイデマリーは同じ黒魔法でも〈ワープ〉のような使い手や状況によって燃費が大きく異なる魔法より、攻撃魔法の方が大得意なようだが。

「確かに言われてみれば。そうよね、なんでクレアさん自分で届けようとしなかったんだろ?」

 ライラも人差し指を顎に当てて疑問符を浮かべている。

「相手は貴族らしいし、いくら友人でもアポ無しで簡単には会えないんじゃないか?」

 手紙を渡すだけでも、相手が貴族だと回りくどいルールや七面倒な作法がありそうな気がする。元の世界のお役所仕事で無駄に小難しい書類を書かされるのと同じように。

「ライラはショーレイド伯爵がどこに住んでるかわかるか?」

「全然。というか会ったこともないし。クレアさんと一緒にいた頃、偶にその名前を聞くくらいだったかな?」

 宛先の相手はどんな人物で、そもそもどこに住んでいるかも分からない。

 これは素直に冒険者ギルドで職員に訊ねた方が手っ取り早いだろう。本人に直接会えるかどうかは別として。

「で、その手紙を渡すのが済んだらどうするんだい? 僕らが挑むのに丁度いいダンジョンでも探すかい?」

「そうするつもりだが……その前にどこか住めそうな場所を探そうと思う」

 当面の間、この貿易都市ディントレーグスを拠点に各地のダンジョン攻略へ挑むつもりなので、ここに家があった方が何かと都合がいい。

「ご主人様、貸家でも借りるの?」

「いや、家を買いたい」

 長い目で見れば、宿を使うよりも家を購入した方が安く済むし、将来的に俺が元の世界へ帰る時―――ライラ達を奴隷身分から解放した際には、彼女達の生活基盤となるモノを残すこともできる。

「ってことは土地付きの一戸建て? いやはや、一国一城の主になるのは男の夢っていうけど……マスターもやっぱり男の子なんだねー」

「別にそんな大層なもんじゃ……。」

「わかってるって。宿での寝泊まりだと、夜に五月蝿くすると苦情くるし……そーゆーの煩わしいんでしょ?」

「うるさいって言われるよりも……私らの情事に中てられて、ムラムラして眠れないって文句にくるカップルの方が多かった気がするけど」

 どういう運命の巡り合わせか、冒険者向けの宿屋で偶々隣同士の客室になる同業者達は友達以上恋人未満の男女が多く、夜はヤリまくっている俺達のせいでデートやキスといった過程をすっ飛ばしてセックスから行ってしまったというカップルに感謝と文句を両方言われるという奇妙な体験を何度も経験している。

 中にはセックスレスになっていた夫婦からお礼を言われたりもしたし、どんな体位でする方が「自分も相手も燃え上がるのか?」なんて真面目に問い掛けられたりもした。

 俺と同じように女奴隷を侍らせた奴からお互いの奴隷を一夜限り貸し出し合うスワッピングを申し込まれたりもしたが、寝取るのも寝取られるも趣味ではないし、ライラ達も嫌そうな顔をしていたので当然断ったが。

「まあ、家を買うのは賛成だよ。僕も周りを気にせず声出してヤれる方がいいし」

 勿論、ライラも賛成する。海と港を眺めるのに夢中な他の三人もきっと同意見のはずだ。

 今日のところは適当な宿を見つけてそこで一晩休み、長旅の疲れを取ってから貿易都市ディントレーグスの探索を始めるのだった。
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