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第二章

第43話「クレイゴーレム」

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 ボス部屋の中へ俺達全員が入ると、前後の出入口は岩の柱が伸びてきて塞がれてしまう。

 ダンジョン共通でこれは魔術的な封印らしい。岩をぶった切れるような大剣だろうと、鉄塊を溶かしたり粉々にできる火力の魔法だろうと、破壊することは不可能。

 こうなってしまうとボスモンスターを倒さなければ脱出できない。敗北は死を意味する上に、死体となれば骨すら残らずダンジョンの養分とされてしまう。

 俺もライラ達も陣形を組みながら緊張が走る。密室となった空間―――体育館ほどの広さがある場所の真ん中に、不気味な召喚魔法陣が浮かび上がっていく。

 最初に見えてきたのは黒灰色の腕。それには見覚えがあった。

 この山窟に潜ってから何度か対峙した、粘土状のモンスターであるクレイハンドだ。成人男性ほどの大きさがあり、指の一本一本が俺の足よりも太い。

 更にもう一本……いや、もう一体のクレイハンドが出てくる。

 二体のクレイハンドだけなのだろうか―――それともボスと一緒に出てくる随伴の護衛なのだろうか。

 身構えていると、今度は二体のクレイハンドの間から大きな粘土の塊がヌッと出てきた。

 馬鹿デカい泥団子に真っ黒な岩を埋め込んで作った目玉のようなモンスター。そいつがボスなのかと思ったが違う。

 俺達が見ていたのはまだ両腕と頭だけ。続いて出てきた粘土の胴体と両足に、ボスが一体だけなのを悟る。

 現れたのはクレイゴーレム。粘土の巨人とも言うべき大型モンスターだった。

「ご主人様! 私とツェツィーリア様で前に出ますわ!」

「チェチー……ノエルおねーちゃんと、頑張る……!」

 それぞれカイトシールドとタワーシールドを構え、まだ起き上がり切っていないクレイゴーレムへ向かっていくノエルとツェツィーリア。

「わかった! 二人とも無茶するなよ―――ライラ、二人の防御強化だけは途切れさせちゃ駄目だ!」

「難しいこと言ってくれるね、でも期待に応えてみせるわ!」

 すぐ白魔法で援護できるように、二人の後を続いていくライラ。俺も彼女と一緒に駆け出して側面に回り込む。

「トリシア、あれに例の毒矢は効きそうか?」

「はい! クレイゴーレムが相手なら恐らくは!」

 岩石のロックゴーレムや鋼鉄のアイアンゴーレムだったら物理的に矢が刺さらないので無理だったかもしれないが、粘土のクレイゴーレムなら大丈夫らしい。

「ハイディは隙を見て攻撃魔法を頼む!」

「ゴーレムってことは土属性のモンスターだし、弱点をつくなら風属性の魔法か―――他の属性と比べて風の攻撃魔法は見えづらいから、マスター達も下手に僕の射線に飛び込まないでよ?」

 後衛のトリシアとハイデマリーにも、各々のタイミングで攻撃開始するように指示を出す。

 クレイゴーレムはその巨体ゆえに攻撃こそ驚異的だが、動きは見た目通りに鈍い。

 殴ってくる時は腕を振り被ったり、踏み潰してくる時は足を持ち上げたり、予備動作さえしっかり見ていれば、その攻撃を回避すること自体は簡単だ。

 正面に立ち、盾役タンクとして敵意ヘイトを集めているノエルはいつも通りに盾で攻撃を往なしつつ反撃するという攻防一体の技でクレイゴーレムと対峙し、ツェツィーリアはそれを見様見真似して重装備というハンデを物ともせず彼女の動きに付いていっている。

 敵の攻撃に合わせて盾を傾けたり、突き出したり、殴りかかったりして防御と回避に移動を同時に行い、直後にバスタードソードやハンドアックスの刃で粘土の肉を斬り飛ばす。

 あっという間に盾役タンク組の二人はクレイゴーレムの右腕を破壊した。たたらを踏んで後退しながら堪えるクレイゴーレムは、自身の左手を握り拳にしてツェツィーリアの方へ向ける。

 次の瞬間、その左腕は外れた。まるでロケットパンチみたいに飛んでいく。

「っ!!」

 傍にいた俺は、咄嗟にツェツィーリアへと体当たりするように彼女の体にぶつかる。

 押し出されるように転ぶツェツィーリアはノエルがしっかり受け止めてくれた。対する俺は、飛んでくる粘土の左手に思いっきりぶん殴られてギャグ漫画よろしく吹っ飛んでしまった。

 物凄い勢いで地面と天井とが視界の中で激しく入れ替わり続ける。強かに背中を岩壁にぶつけ、俺は自分がボールのように転がっていたのをようやく理解した。

「おっ……おにーちゃんっ……!!」

「ぐっ……ぅぅっ……!」

 車に跳ね飛ばされたような気分だ。体が何とか原型を留め、五体満足でいられるのはライラがかけてくれた〈プロテクト・スケイル〉のおかげである。

 痛みに堪えていると、失った両腕を再生させているクレイゴーレムの姿が視界にあった。ボコボコと沸騰するように粘土状の体組織が生えていく。

 再生に手間取っているのは、トリシアがクロスボウで毒矢を撃ったからだろう。ポイズンスライムの毒を塗った矢は両腕の断面に刺さって干渉している。

 ノエルとツェツィーリアにはこの機を逃さぬよう、俺に構わず追撃するように身振り手振りで指示し、背中を強く打って息もろくにできない俺は体勢を立て直すのに徹した。

「マギア・ニグルム、ヴェントゥス―――グラディウス―――ゲルント―――ウィンドカッター!」

 俺を殴り飛ばした粘土の左手は、そのままクレイハンドとして独立し始めて襲い掛かってきたが、ハイデマリーの撃った風魔法〈ウィンドカッター〉の真空波でバラバラに吹き飛ぶ。

 粘土の体は乾いて粉々になり、素材は残らずにクレイハンドの魔石だけが転がっていく。

「ご主人様っ!」

「マスター、大丈夫かい!?」

 駆け寄ってくるトリシアとハイデマリー。二人に「大丈夫だ」と強がって答えたかったが、正直なところ上体を起こすだけで精一杯だった。

 手足は変な方向に曲がっていないので骨を折ったりはしてないし、血も吐いてはいないので内臓も無事だとは思う。純粋な痛みで体が悲鳴を上げていた。

「すいません、失礼します!」

 その場にクロスボウを置き、トリシアは自身の着る作業用エプロンドレスに沢山あるポケットの中からヒールポーションの小瓶を取り出す。

 トリシアはそれを口に含むと、躊躇せずに口移しで飲ませてきた。ヒールポーション特有の甘苦い味が口いっぱいに広がっていく。

 簡単な回復魔法と同じ効果を持つ魔法薬。そう言われるだけあって、栄養剤やエナジードリンクの比ではないくらい効き目は早い。

 肉体が回復するのを待つ間、俺は戦闘状況の把握に努めた。

 クレイゴーレムは自分の腕をクレイハンドとして分離できるようで、こちらとの戦力差を埋めるために腕を生やしては千切っている。

 暴れる粘土の巨人も増えていく粘土の腕もノエルとツェツィーリアが頑張って抑えてくれてはいるが、二人の強化魔法を維持しているライラを守りながら戦うのは中々厳しそうだった。

「ハイディ……俺のことはいいから、ライラ達を……。」

「わかった、僕に任せてよ」

 小さく頷き、ハイデマリーはライラ達の援護に向かう。

「ありがとう、トリシア。もう大丈夫だ」

 回復役ヒーラーのライラが回復や治療の白魔法を使えないうちのパーティでは、ノエルが補助的に使える回復魔法ヒールを除けば、トリシアが錬金術で作成するポーション類が頼みの綱。

 念のため、もう一本ヒールポーションを貰って今度は自分で飲む。これで体力は完全に回復できた。

 巻き上げ機で弦を引き、クロスボウに矢を番えているトリシアと共に戦線復帰し、クレイゴーレムとの戦闘に戻る。

「ご主人様、もう大丈夫なの?」

「悪い、心配かけた」

 ライラに再び〈プロテクト・スケイル〉で魔法の鎧を着せてもらってから、前衛のノエルとツェツィーリアへ助太刀にいく。

 クレイゴーレムがクレイハンドが生成するスピードを上回って雑魚を駆逐していき、ほぼ両腕がない弱体化状態のクレイゴーレムを囲んで叩く。

「片足吹っ飛ばして転ばすよ! そしたらマスター達は一気に頭を狙って!」

 そう言ってハイデマリーは魔力回復用のマナポーションを飲みながら風魔法を連発し、片側を〈ウィンドカッター〉で集中攻撃されたクレイゴーレムの左足が風化するようにボロボロと崩れ、自重を支えられずに壊れてしまう。

 両腕の再生は、トリシアがクロスボウで放った毒矢のスリップダメージで抑え込んでくれている。

「よくもおにーちゃんを……くらえっ……!」

 伐採した木を更にぶった切るように、ツェツィーリアはドワーフという種族特有の怪力で何度も何度も斧を振り下ろす。

 柔い粘土の首は叩き切られ、ゴロンと転がる目玉のような頭へノエルがバスタードソードで斬り込む。

 その切創に手を翳し、ノエルはハイデマリーが唱えていたのと同じ〈ウィンドカッター〉を放つ。ほぼゼロ距離で撃ち込まれた風の刃で、クレイゴーレムの頭は半分以上が吹き飛ぶ。

 すると泥団子の中に仕込んだ石みたいな核が露出した。それがクレイゴーレムの心臓部コアである。

「ご主人様、今ですわ!」

 粘土の体とは打って変わって硬そうな部位だが、村々の切れ味であれば造作もない。

 殴り飛ばしてくれたお返しに黒曜石のような核を突き砕く。ガラスのように粉々に割れたそこから、漬物石くらいはある大きな魔石がゴトンと転がり落ちる。

 途端にクレイゴーレムは動きを止め、人型を模っていた粘土の体はドロドロと溶けていく。

 前後の出入口を塞いでいた岩の柱が地中に消え、俺達はボスを倒したのだと確信し、それぞれの得物を仕舞う。

「よし、これで何とかダンジョンここから出られ―――」

 俺は背後から感じる無言の圧力を受けて口を止める。恐る恐る振り返ると、そこには怖い顔をしながら笑顔を浮かべているライラ達が「物申したい」と言わんばかりのオーラを放っている。

 何事かとキョトンとしているツェツィーリア以外、全員怒っているのが嫌でもわかる。

「ねえ、ご主人様……ちょっといいかな?」

「あ、はい」

 他の奴隷達と同じく目は笑っていないライラを前に、俺は思わず敬語になってしまう。

「私達に『無茶するな』って言っておいて、ご主人様が無茶なことするのはさ……なーんかおかしくない?」

 ライラ達が物申したいのは、どうやら俺がツェツィーリアを攻撃から庇ったことについてらしい。

「パーティのリーダーが真っ先にやられちゃうって状況は、絶対に避けなきゃいけないんだけど?」

「あー、いや、あれはお前の白魔法を頼りにしてたから―――」

「であれば、何もリーダーであるご主人様が危険を冒し、パーティとしての陣形を崩してまで庇わなくとも良かったのではないでしょうか?」

「ライラさんのプロテクト・スケイルは全員にかけられてたわけですし、そもそも前衛に立たせる盾役タンクのツェツィに重装備をさせてるんですから……酷なこと言うようですが、あの場合は彼女に攻撃を受けて貰うのが正解かと」

 煽ててライラの気を取り直そうとするが、ノエルとトリシアに阻まれてしまい、次いでジト目で腕組みするハイデマリーが口を開く。

「言いたいことはライラ達が全部言ってくれたから、僕から小言は止めておいてあげるけど……マスター、これだけは覚えておいて」

「は、はい」

「僕ら奴隷は所有者の道具。大切にしてくれるのは嬉しいし、仲間として扱ってくれて、女性として接してくれるマスターは素敵な人だ。それはパーティに加わったばかりの新入りな僕でも良くわかるさ」

 そう前置きしてハイデマリーは言葉を続けた。

「でもね、敢えて言わせてもらうよ? 僕らの代わりは金でいくらでも買えるけど、マスターの代わりは居ないんだよ?」

「ハイデマリー様の言う通りですわ。指揮官がやられれば、部隊は纏まった行動がとれなくなります。今の戦闘でもしもご主人様がやられていれば、このパーティは事実上の壊滅でした」

「いくら何でも、それは、その……言い過ぎじゃないか? 戦闘指揮なら俺よりノエルの方が上手いんだし―――」

「はあっ……マスター、僕をどうやって手に入れたか思い出してごらん?」

 ハイデマリーに言われて、俺はハッと気が付く。

「マスターが死んだら、僕らの所有権は保護した別の冒険者に移る。特にダンジョンで死亡した冒険者の持ち物……その道具の所有権は拾って持ち帰ってきた者に与えられるんだよ?」

 仲間の形見を回収してきて欲しい―――という依頼でも出さなければ、故人が失った物はダンジョンでそれを拾った人間の物になる。遺失物横領罪なんてモノは存在しない。

「全員の面倒を見てくれるような甲斐性のある人だったらいいけど……奴隷だって人頭税があるし、単純に食費とか嵩んで維持費がかかるから、気に入った子だけ残してあとは売り払うって冒険者は多いと思うよ?」

 犯罪行為には手を染めなくても良心のない奴は、女の奴隷を拾ったら「これ幸い」と辻に立たせて売春婦の真似事をやらせたり、文字通りに壊れるまで性欲処理の道具にされてしまうかもしれない。

 それすら最悪のケースではない。主人を失った奴隷は路頭に迷うしかないのだから。

「……ごめんなさい」

 俺は素直に謝った。するとその様子を見てオロオロとするツェツィーリアが申し訳なさそうに口を開く。

「あやまらなきゃ、いけないの……チェチーだよ? おにーちゃん、チェチーのこと、たすけてくれたのに……なんで、おねーちゃんたち……おにーちゃんのこと、おこるの?」

「いい、ツェツィちゃん? 貴女は悪くないの。だから謝るのはご主人様の方よ」

 人差し指を顔の横に立てて、ライラは言い聞かせるように喋る。

「ええっと……どーして? チェチー、おばかさんだから……わかんない……。」

「ツェツィーリア様は前衛に立つ戦士として立派にその役目を務めておりました。戦闘方法自体はまだまだ荒い箇所がありますが……少なくともパーティの“盾”となる最低限にして最大限の役割は十二分に果たせていると私は評価致しますわ」

 ノエルの言う通り、ツェツィーリアには戦士としての才能があった。ドワーフという種族の血による部分は大きいかもしれないが、個人としての適性も高いようだ。

「チェチー、モンスターとたたかうの、あんまりなれてないけど……よくできてた……?」

「はい。ですからご主人様のあの行動は、貴女様が役割を果たすと信じていなかったが故の行動ですわ」

 異議を申し立てたかったが、確かにその通りでもあるので何も言えなかった。

 俺は心のどこかでツェツィーリアのことを子供扱いしていたのだ。いや、確かに年齢的にも精神的にも彼女は子供なのだが。

「……おにーちゃん、チェチーのこと……できる、って……しんじてくれなかったの……?」

「うっ……。」

 悲しそうな目を向けられて俺は息を詰まらせる。唯一、味方になってくれそうなツェツィーリアも敵側に回ってしまった。

「今夜は全員でお説教しちゃうから―――覚悟してね、ご主人様?」

 良かれと思ってやった俺の行動は、多数決にもならず満場一致で有罪判決が下されるのだった。
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