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第一章

第19話「訃報」

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 パーティに二人目の奴隷であるノエルが加わってから早一週間。

 単純に人手が一人増えたことで、俺とライラの二人パーティだった頃よりも段違いに効率が良くなった。

 何よりも俺以外の攻撃要員ができたことで、雑魚との戦いで妖刀村々を抜かずに済むようになった。

 我慢の限界まで性欲ムラムラが溜まってしまい、仕方なく撤退するというのもグッと減り、パーティとしての戦闘可能時間は大幅に伸びている。

 ノエルの腕っ節がメチャクチャ強くて頼りになるというのもあり、同じトアール平原の近場にあるところなら、一日のうちに数カ所のダンジョンを攻略するようなこともできるようになったのだ。

 通常ならダンジョンで得られるお宝やモンスターの素材という戦利品といった荷物が嵩張るので、町へ戻らずに連チャンして数をこなすのは難しいだが、最初級ダンジョンでは宝箱なんてまず見かけられない。

 あったとしてもトアールの町の下水道のように、侵入者に消化し切れなかったゴミを回収させるシステムとして持ち主不明の落とし物が入っているだけなので、一攫千金の財宝が入っているという意味では最初級ダンジョンに宝箱は存在しないのだ。

 そういうレベルが一番低い最初級ダンジョンでは、価値のある素材ばかり得られるモンスターの方が珍しく、だからこそトアール平原で人気なのは『ホーンラビットの穴蔵』などホーンラビットだけ出現するダンジョンで、挑むには冒険者ギルドで予約して順番待ちしなければいけない。

 現状では最初級ダンジョンにしか挑めない俺達は数をこなして稼ぐ以外になく、そこで『ゴブリンの洞穴』のような魔石以外に価値のあるモノが得られず、同業者視点だとハズレのダンジョンを攻略して回る日々が続いた。

 稼ぐのは持ち運びやすい魔石のみに絞り、そのためにゴブリンなど数が多いモンスターが密集しているダンジョンへ攻め入って根こそぎ刈り取るという、手当たり次第に辻斬りするようなやり方で人気のないダンジョンを攻略しまくったのだ。

 何でも撫で斬りにする妖刀村々の存在や、一騎当千の如き技量を持ったノエルという戦士がいて、回復魔法は使えないが他の白魔法は大抵扱える強化バフ専門の白魔導士なライラがいるからこそ、可能な芸当である。

 そんなこんなでトアール平原中のダンジョンを食い潰すように周回していたら、本当にダンジョンが潰れていってしまった。

 短期間のうちに何度もボスモンスターを倒され、蓄積してきた魔力が一気に枯渇すると、ダンジョンはそれを回復させるために休眠期へ入る。

 その間、ダンジョンでは宝どころか、モンスターやトラップすら生み出されなくなってしまい、ただの洞窟や廃墟も同然になってしまう。

 最初にそれを経験したのは、すっかりお馴染みになってしまった『ゴブリンの洞穴』を何度目も分からない攻略をしていた時のことで、普段ならホブゴブリンが1体だけのボス戦が、何故か3体同時に出現してしまい、何とかそれを倒したら空気中を漂う魔力が薄れていき、ぼんやりと明るかったダンジョンが終業時間を迎えたオフィスビルみたいに暗くなってしまった。

 モンスターを召喚するための魔力のリソースにいよいよ後が無くなったダンジョンでは、残る魔力を一気に放出して通常時とは違うボスモンスターを呼び出すこともあるという。

 ただし、難易度が低いダンジョンだと同じボスモンスターの出現数が増えたり、あるいはお供の雑魚が増えたりするだけのようだが。

 人気の高いダンジョンだと色んなパーティが挙って攻略する為、そういうダンジョンはよく休眠期に入るのだが、人気のないダンジョンがそうなるのは珍しい。

 休眠期はダンジョンによって個体差があるようで、数週間から数ヵ月ほどで復活するダンジョンもあれば、数十年単位で続くダンジョンもあるとか。

 何はともあれ、俺達はトアールの町周辺の―――ひいてはアルトリーチュ地方の平和に大きく貢献し、その社会貢献を評価された結果、冒険者ランクがまた一つ上がることになった。

 Eランクの鉄等級アイアンから、Dランクの銅等級ブロンズへ。冒険認識票アドベンチャータグも鋼鉄製から青銅製のモノに変わった。

 新人が銅等級Dランクに昇級するまで、どんなに早くとも半年から一年はかかると言われているらしい。冒険者としては異例のスピード出世である。

 ちなみにDランクへの昇級試験は、内容自体はEランクのそれよりもずっと簡単である。

 試験内容はトアール支部の冒険者ギルドへ酒や食料などを卸している行商人の馬車に同行し、仕入れのために町から村まで往復する何日かの間、護衛を務めるというもの。

 Eランクの昇級試験は実際にダンジョン攻略をやらされて戦闘力を測られたが、Dランクの昇級試験は単純な腕っ節の強さではなく、冒険者ギルドの看板で依頼を斡旋するのに関わる信用度や、野営したり野外で長時間活動できるか否かを確かめられた。

 行商人が運ぶ商品に手を出したり、野宿に耐えられなくなって途中で護衛の仕事を放り出したりしたら不合格になってしまうというもので、それが試験だったと冒険者ギルドから明かされるのは護衛依頼の報酬を受け取る時。

 特に護衛役としての実績があるわけでもないのに、名指しで俺のパーティに護衛を依頼したいという行商人を冒険者ギルドの受付嬢から紹介されて「何かあるんじゃないか」と勘繰ってしまったが、蓋を開けてみれば冒険者ランクの昇級試験だったとは。

 確かに「この護衛依頼は試験です」と事前に言ってしまったら信用やサバイバル能力を確かめるテストにならないので、こんな内偵やドッキリみたいな真似をするのも致し方ないのかもしれないが。

 何はともあれ、俺は想定よりも早いペースで銅等級Dランクまで昇級することができた。

「これで今度は一つ上の初級ダンジョンに挑めるようになった―――というわけで、そろそろアルトリーチュ地方から旅立とうと思うんだが」

「ついにトアールの町ともお別れかー、次はどこへ?」

 ベッドの端に腰かけ、寄せたテーブルの上で突っ伏すようにしているライラが言った。

「当初の予定通り、次というか当面の拠点はヴァナランド地方の貿易都市ディントレーグスにしたいと思う。クレアさんから届けるように頼まれている手紙もあるしな」

 宿の部屋のテーブルの上に広げた地図の脇に置いた封筒へ横目を向けた後、俺は再び視線を地図に戻す。

「ここからですと西隣にあるリナート地方を経由して更に西進していくことになりますが……徒歩で向かうには少々厳しい距離になってしまいますわ」

 形のいい顎に手をあてながら、もう片方の手の指で地図をなぞって大まかな距離を測り出すノエル。

「貿易都市ディントレーグスはヴァナランド地方の東端に位置しますので、一ヶ月ほどかかってしまうかと」

「……ノエルの黒魔法は攻撃専門で、移動魔法ワープが使えないんだよな?」

「はい、その通りです……お役に立てず申し訳ありません……。」

「あー、いや……別に攻めてるつもりじゃないんだが……。」

 申し訳なさそうにするノエルを慌てて慰める。

「仮に〈ワープ〉が使えたとしても術者が一度訪れた場所でないといけませんから……奴隷に身を窶すまでずっと帝国北方直轄領ノースインペリアルにいた私ではお力になれません」

 そもそもの話、黒魔法の中でも移動魔法は異彩というか独特な魔法らしく、黒魔導士の中でも〈ワープ〉が使える者は珍しい傾向にあるという。

 習得できたとしても移動距離や人数に応じて消費する魔力が増加するという使用上、よほど魔力の高さに自身が無いと長距離移動は出来ず、中々どうして使い勝手のいい便利な移動手段とは言い辛い。

「飲み水なんかはノエルが水魔法を使えるから大丈夫だと思うけど……それでも食べ物をどうにかするのが大変そう」

 貿易都市ディントレーグスまで一ヶ月―――約30日の旅程と仮定し、一日の食事を朝晩で二食に抑えたとしても、三人で180食分の食糧が要る計算になる。

 もちろん、途中で休息のために町や村に立ち寄るので、その度に補給も行うから一ヶ月分の食事を持ち運ぶわけではないにしても、荷物は何も食料だけではない。

 調理器具や食器はもちろん、野営用のテントも運ばなくてはいけないし、加えて各々の私物もあるので荷物の重量は増える。

「馬を三頭用意して、それに乗って一気に行く……っていうのは駄目だよな、やっぱり」

「あははっ……ごめんね、私だけ馬に乗れなくて……。」

 バツが悪そうにライラは苦笑する。

 元々が本職の騎士様で、騎馬戦もできるノエルの馬術には遠く及ばないものの、実は俺も乗馬の経験はそれなりにある。

 北海道で牧場をやっている親戚が馬主もやっているので、よく夏休みに遊びに行って馬に乗せて貰ったりしたから、よほどの暴れ馬でもない限りは乗って走らせられる。

「大人しいアニーとクララベルでも背中に乗るのも無理だったから、私に乗馬はキツいかも……。」

 アニーとクララベルというのは、クレアさんの馬車を引く二頭の姉妹馬の名前だ。

 俺に買われるまでライラもよく世話をしていたようだが、犬を散歩させるように手綱を持って誘導させるのと、馬の背で手綱を掴んで望む方向に走らせるのとでは訳が違う。

「調教済みの馬となれば、下手な奴隷よりもずっと高いですし……馬具や餌代も考慮すると、今回の移動のためだけに馬を三頭も購入するのは少し無謀が過ぎるかと……。」

 ノエルの言う通り、馬を購入するには決して安くない金が必要で、購入した後もかなりの維持費がかかる。

 馬だけでなく、馬車も買えば更に持ち運べる荷物の積載量も増えるが、代わりに馬車が通れない道や場所には行けなくなるし、ダンジョンへ潜る時はパーティを割って馬車の護衛要員を残さなくてはいけなくなる。

 便利には便利なのだが、だからと言ってメリットばかりでもないのだ。

「とりあえず、まずは折り返し地点になるリナートの町を目指そう」

 どの道、このままトアールの町で立ち止まっていても仕方がない。

 アルトリーチュ地方は最初級ダンジョンばかりなので、一つ上の難易度になる初級ダンジョンへ挑むためにもリナート地方に行く必要がある。

「初めての長距離移動だね……ご主人様、それならいっそのこと、もう一人奴隷を買わない?」

「私もライラ様の意見に賛成です。パーティの人数が増えれば、それだけ必要な荷物を分散して持てますから一人あたりの負担を減らせますし、夜間の見張りも楽になりますので」

 ライラの提案をノエルも押す。

 俺自身、トアールの町から旅立つ前にもう一人奴隷を購入し、パーティを4人体制にするのは以前から考えていた。

「(とは言っても、もう春の奴隷市は終わって撤収準備の頃合いだしな……。)」

 既にクレアさんをはじめ、いい奴隷を扱う奴隷商人達はとっくに今回の奴隷市の売り上げを手にしてトアールの町を後にしている。

 まだ町の広場で奴隷が売られてはいるかもしれないが、お世辞にも今の今まで買い手がつかなかった奴隷にロクなのが残っているとは思えない。

 もしかしたらライラやノエルような奴隷にまた巡り合えるかもしれないが、そういう幸運は何度も続かないだろう。

「まあ、駄目で元々ってヤツでさ、明日は奴隷市の方を見て見ようよ? どうせ買い出しに行って町から旅立つ準備もしなきゃだし」

「そうだな。じゃあ、そろそろ寝ようか」

 そう言ってベッドで眠ろうとする俺の両肩に、ライラとノエルの手が一本ずつ伸びてくる。

「ちょっと、ご主人様……寝る前にヤルことあるでしょ?」

「あ、あの……今宵もお情けを頂けないのでしょうか?」

 ベッドの上で左右を固めるように、二人の美少女奴隷が俺を挟み込む。

「今日は俺、村々を抜いてないんだが……。」

 村々の呪いは一切蓄積していない。なので、今日の夜は解呪のために彼女達を抱く必要性がない。

 だがライラもノエルもヤル気満々。ベビードールを肌蹴させると、お風呂上がりでしっとりとした二人の柔らかい女体が左右から押し当てられる。

 当然ながら股間は敏感に反応してしまい、それを同意と捉えた二人は既にセックスを始める雰囲気を醸し出していた。

「……避妊薬が切れてるんだから、本番は無しだぞ?」

「わかってるって。明日はトリシアちゃんのところにも行って、避妊薬を買わないとね」

 別に避妊薬に限った話ではないが、この世界の水薬ポーションには消費期限がある。

 必要に応じて薬師に処方してもらうのが普通なので、冒険者も必要最低限な量だけを常備するのが一般的。

 ライラとノエルの二人と肌を重ね、その場の雰囲気に流されるがまま彼女達を抱きながら、目下最大の問題であるトアールの町から出た後の冒険中の避妊方法について思考する。

「(……行く先々でいい薬屋が見つかるとも限らないし、避妊薬の安定した調達方法もちゃんと考えておかないと……。)」

 どうしたものかと模索しつつ、俺は今日の夜も性交を通じてライラ達との親睦を深めるのだった。











 翌日。

 閑散とした奴隷市を覗きに町の広場へ行ったが、案の定、パーティに迎え入れて冒険に連れ回しても大丈夫な奴隷は見当たらなかった。

 小さな子供か、あるいは老人ばかり。どちらにしても荷物持ちとして雇うのも躊躇してしまう奴隷ばかりだった。

 ひとまず三人目の奴隷は保留とし、貿易都市ディントレーグスまでの長旅に備えて必要な品物を先に揃えることにした。

 まずは切らしてしまった避妊薬を買い足すついでに、別れの挨拶も兼ねてバーサさんとトリシアの薬屋へと足を運ぶ。

 今までこの町の拠点としていた『とある恋人達の隠れ家』や、毎日のように訪れている冒険者ギルドを除けば、大変お世話になったバーサさんの薬屋。 

「あれ?」

 普段のように扉が開かず、俺は何度かノックしたり、ガチャガチャとドアノブを回す。

 普段なら店番をしているトリシアが出てくる様子もない。今日は休業日なのだろうか。

「あっ、そこの薬屋さんならもうやってないと思うわ」

 店先で佇んでいる俺達に目が留まった通行人のおばさんが、そう言って声をかけてきた。

「……えっ?」

「あたし、丁度この斜め後ろに住んでる者なんだけどね。三日くらい前に倒れちゃったのよ、ここの薬屋さんをやってたバーサお婆ちゃんが」

「嘘っ!? ば、バーサさんが!?」

 驚きのあまり、ライラは持っていた錫杖を落としてしまった。隣にいたノエルが慌ててそれをキャッチする。

「倒れたってことは、どっかに運ばれたんですか?」

「ええ、そうよ。でもこの辺りにバーサお婆ちゃん以外の薬師はいないから、教会に運ばれて神父さんやシスター達が回復魔法をかけたそうなんだけど……残念ながら亡くなってしまったみたい」

 近所に住んでいてバーサさんとも顔見知りだったらしいおばさんは、心底から残念そうに訃報を口にした。

 俺達はおばさんから教会の場所を聞き、すぐに向かった。

 町はずれにある小さな教会で、そこには共同墓地―――所謂、無縁塚もある。

 弔ってくれる親族がいない者達が埋葬される墓の前で、見習い薬師なハーフリングの奴隷少女トリシアが佇んでいるのを見つける。

 本当の孫みたいに可愛がられていた彼女の腫れぼったい目と涙の跡、そして墓石に供えられたばかりの生花が、そこでバーサさんが眠りについているのを物語っていた。
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