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ベルフォール帝国編

悔恨 ~ラインハルト・アルノルト・ヴェッツェル

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 思い返せば兄が死んでしまった後からだろうか。
 私の心持ちが変わってしまったのは。
 
 だから簡単に宰相職のボドワン・オベールの甘言に酔ってしまっていたのだろうか。
 自身が皇帝になれると思っていなかったからだ。
 心の奥底にしまっていた野心が燃え上がったのだ。
 皇帝であった父や祖父のような立場になれるのだ。断る者などいる筈もない。
 その甘言に乗ってしまったのだ。

 その結果長い苦しみが続くとは想像もしなかった。
 
 ・・苦しい。
 
 私がどれだけ喚こうが呼び鈴を鳴らそうが誰も来ない。
 皇帝の寝所であるにも関わらずだ。
 
 どの程度の時間放置されているのだろうか。
 既に声を張りあげる力もないようだ。
 
 身体の痺れが収まらない。
 ・・意識も途切れ途切れだ。私はどの世界にいるのだろうか。
 夢の世界にいるのだろうか。
 このまま放置されままならば・・・死は確定だろう。
 
 自身でも不思議だがこのまま生きていたいとは思わない。
 このまま死を迎えるのもいいだろう。
 私は操り人形に過ぎないのだ。代わりは直ぐに見つかるだろう。
 
 
 即位当時は自身の考えを統治に反映しようと意気込んだものだ。
 実態は全く違った。
 私が出来る事など何一つなかった。
 宰相に確認しても先帝との約定であるという主張を曲げない。
 更に食い下がると代々の伝統であるで終わらせてしまう。

 私は椅子に座っているだけで良いという事を遠回しに伝えているのだと思った。

 絶望するしかなかった。私は能力で選ばれたわけではなかったのだから。
 宰相は皇帝の座に座る飾りが欲しかっただけなのだ。
 能力が必要でないのであれば私より継承順が高い妹のエリーゼが相応しいだろう。
 見た目も美しく女帝として君臨できる筈だ。
 おそらくエリーゼでは思うように制御できないと考えたのだろう。
 エリーゼの根は苛烈だ。性格は祖父に最も近いと兄弟間では評価されたいた程だ。
 しかも文武の才能もある。
 私が選択されたのは真逆の性格だからだ。
 理解できないのでもない。
 
 その事について宰相に確認するも答えてくれない。
 大人しく椅子に座ってろという圧すら感じる。
 何を主張しても誰も取り合ってくれないという考えに至る。
 私の中で後悔が広がる。
 だがどうする事もできなかった。
 
 その待遇に甘んじる事十数年。

 側近と共に私は成長した。
 その自負はあった。
 即位当時の私とは違う。
 今の私であれば皇帝として行動できる筈だ。
 宰相に政務を執りたいと訴える。
 
 しかし、繰り返される言葉は即位当時のままだった。
 形容しがたい怖い目で私を睨むのみだった。殺意に近いような目だ。

 その日から周囲の環境が変わってしまった。
 我が側近達が出仕しなくなったのだ。
 代わりに宰相の意を受けた者が側近となる。何の報告もない突然の交代だった。
 側近の消息を尋ねても誰も答えてくれない。
 
 私の信頼おける話し相手となる相手は全くいなくなってしまった。
 
 触れてはいけないモノに近づいてしまったのだろうか。
 翌日からは妻子にも容易に会えなくなってしまった。
 
 屈辱すら覚える待遇に耐えるしかなかった。妻子の命を天秤に掛けられたのだ。
 無力な私には耐えるしかなかった。

 しかし、その忍耐も終わりになるだろう。
 
 毒を盛られたようだ。
 ・・いつ盛られたのだろうか。
 
 日々の食事には十分に注意していた。
 毒見役は信頼おける者だ。皇帝の健康を保つためにも必要と唯一勝ち取った権利でもある。これだけは譲らなかった。
 食事への混入は考えられない。
 新しい側近達は全く信頼のおけない者達だ。この者達を危険な距離に接近させた事は一度も無い。
 
 いつ毒を盛られたのかの確認のしようもない。誰にも頼めないからだ。

 だが、もういい。
 ・・・考えるのも億劫になってきた。
 
 私の命が尽きるのは確実なのだ。
 原因を知っても未来が開けるわけではない。
 

 ・・私は皇帝になりたかったのだろうか。
 
 あの時皇帝になる決断をしなければ今頃どうなっていたのだろう。
 どこか公国の王となり贅沢はできないが安泰な生活ができていたのかもしれない。
 
 ・・どうして皇帝になりたかったのだろうか。
 皇帝という地位が私を狂わせたのだろうか。
 
 勇猛な長兄が死ななければ。
 知恵が回る豪快な三兄が継承権を放棄しなければ。
 才媛の誉れが高い妹が帝位を主張していれば。
 
 今更だ。
 ・・私が兄弟に素直に相談していれば良かったのだ。
 やはり私はどうしようも無い男だ。
 甘言に惑わされ相応しくない帝位を望んでしまったのだ。
 
 皇帝となってからも妹からはご機嫌伺いと称した話し合いを何度も申請されていた。
 最後には宰相が握りつぶしていたようだが結局は私が拒絶したのだ。
 嫉妬心からだった。
 帝位を奪われたくなかったのだ。

 才能ある兄弟に囲まれた・・ちっぽけな私が皇帝になるのは痛快だった。
 今となってはどうでもいい事だ。
 
 後継がどうなるかは明白だ。
 私の二番目の息子になるだろう。
 ・・・アレは私によく似ている。上手く操られてしまうだろう。
 願わくば私のような末路にならないよう。
 私は願うしかない。
 
 次兄は私の死をどう捉えるだろう。仲が良い間柄ではなかった。悼んでくれるだろうか。
 妹は私の死に疑念を抱くだろうか。今の幸せを壊して欲しくない。
 
 私にはどうする事もできない。
 彼らが争いに巻き込まれないように・・・祈る事しかできない。
 
 ・・・もう目が見えなくなってきた。
 意識が遠のく。
 
 
 私が皇帝にならなければ・・・。
 
 どうにもならない。
 
 ・・・・に・・・・・を・・・・・詫びる・・・な・・・・。
 
 息が・・できない・・・。
 
 ・・身体・・強張って・・。

 み・・・。




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