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サンダーランド王国編

ベルフォール帝国へ ~エリベルト

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 頭が痛い。・・気を抜くと体の制御権を奪われそうな気がする。
 あいつは・・エリベルトはそれを狙っているかもしれない。自分の体を傷つける事になっても構わないだろう。
 つくづく乱暴な奴だ。
 思うに、この世界に来てから私は夢を見ている感覚だった。残酷な体験をしているものの実感が全く無い状態だった。
 苦しみも痛みも無い。これを夢と思わずどう思えばいいんだ。
 
 夢じゃないと分かったのは突然だった。
 私の目の前に対峙している少年に腕を切り落とされた時だ。
 その時に激しい痛みを感じる事ができた。痛みを伴う夢はあり得ない。だが体は動かせない。変わらずエリベルトという男が経験している内容を見ているという状態だ。
 エリベルトは少年に手ひどいダメージを負わされた。完全に舐めていた相手に完敗したのだ。エリベルトの恐怖の感情を知るのは初めてだった。
 このままだと死ぬしかない、と本気で怯えている。それ程少年の覚悟は本物で、またそれを実行できる実力がある。それは私にも充分理解できた。
 私が理解できた状況はここまでだった。エリベルトの感情の乱れはとても激しいものだったからだ。外界の情報がその感情に圧迫されて入ってこなくなる。
 挙句エリベルトは気絶したようだ。外界の情報は遮断されてしまった。私もそれに伴い意識を失う事になってしまう。
 ああ、夢が覚めるのだ。その当時はそう思っていた。
 これで元に戻れると。戻れる?何処へ?

 ・・・・。

 
 目が覚めたのは見慣れた幕舎の中だった。ここは・・確かカゾーリア王国軍の中だ。そこで私・・エリベルトは司令官として駐屯しているのだ。
 意外だったのは体を動かせる事。腕を無くした喪失感までリアルに感じられる。勿論激しい痛みも味わう事になる。
 これは・・現実。そうだったのか。
 私の生活していた世界はどこに・・・。あちらが夢の世界だったのかもしれないと思う程に希薄になっている。どうやって生活していたのか、と思い出すのも怪しい。

 私はこの世界でエリベルトとして生きていかないといけないのだ。

 それを考え、失望してしまう。それ程エリベルトは残虐な事をしまくっている。私を介抱している兵達も恐怖や畏れの目で見ている。気分を害すると何をされるか分からないからだろう。
 彼らの認識は誤っていない。実際にエリベルトが行ってきた事は酷い。幼少期から過酷すぎる環境での生活がこのような人格を作ってしまったのだろう。
 他者を陥れ、利用する事を当たり前としているのだ。この世界では存在しない死霊魔術を駆使して隣国に戦争を仕掛け敵味方関係なく殺してきたのだ。そもそも魔法を使う人を見た事が無い。
 この死霊魔術はどうやら私がこの世界に来る時に獲得した魔法のようだ。エリベルトが私の存在を認識すると共に使えるようになったからだ。私の一番の失敗は死霊魔術をエリベルトに使われてしまった事だ。
 元々魔法の素養が無いエリベルト。どうやら私の意識にある死霊魔術を強引に引き出して使っているのだ。しかし、その精度は極めて杜撰だ。それに召喚の魔力すら私の魔力を使っている。お陰で何度気絶した事か。
 エリベルトが私の存在に気づいたのも私の失敗だった。稀に意識が遠のくときがあったようだ。おそらく私が体のコントロールを試みた時なのだろう。私は何度か試しているが未だに体を自由にできない。私はエリベルトの意識の中で映像や音を見せつけられているだけなのだ。
 この時に私と死霊魔術の存在に気づかれたのだ。そこからのエリベルトの行動はできれば直視したくなかった。それ程酷いものだった。
 なんとか体の自由を私のものにしたい。最早私はそれしか考えていなかった。
 
 その念願がかなった。遂に体を動かす事ができた。
 怪我の痛みも体が動かせる喜びが勝る。何よりうれしかったのだ。エリベルトはあの少年に完膚なきまでに叩きのめされ意思が弱くなっているようだ。存在は感じる。だがごくごく弱い。
 いずれこの体はすっかり私のモノになるかもしれない。だが長い間エリベルトが使っていた体だ。油断すると奪われるかもしれない。今の所は大丈夫そうだが十分に注意しよう。
 
 身体の自由を得てからの私のする事は一つだ。
 どういう形であれ目の前の戦争を終わらせる事だ。
 これまでの私の意識ではカゾーリア王国軍がサンダーランド王国に戦争を仕掛けている。エリベルトの作戦でレッドリバー河畔で大勝利。引き続き地方都市を包囲中。更に北上する部隊を編成し王都目指して進軍している所だ。
 サンダーランド王国軍は各地の領主が指揮をして戦うらしく、国をあげて軍団を編成する事はないそうだ。それを見越して大軍で各個撃破がエリベルトの作戦のようだ。
 エリベルトのプランではサンダーランド王国の完全支配のようだ。頃合いを見てカゾーリア王国から独立する計画だったようだ。従わぬ者は全て抹殺する問答無用な計画だった。
 
 そんな事は私がさせない。
 だが、ここまで戦端を開いて侵入した以上、簡単にカゾーリア王国には戻れない。元々の予定はレッドリバー地方の完全掌握だったのだ。これを達成せずして帰国すれば死罪だ。
 無念ではあるがレッドリバー地方は掌握するしかない。その後サンダーランド王国に脅威を刻み込み停戦を結ぶしかない。
 幕舎に残っている将校に状況を再度確認する。カルデナス将軍は既に北上中。順調に進軍中との事。その勢いはサンダーランド王国の王都に迫っているそうだ。
 レッドリバー地方の都市はグレシャムというそうだ。現在は攻めあぐねているとの事。死霊軍団が消えて攻め手として手詰まりらしい。エリベルトと私が気絶していたからコントロールできず消滅したのだろう。
 私としては死霊軍団を召喚するつもりは所ない。あれはこの世界で使ってはいけない魔法だ。決して死ぬ事のない戦士。あまりにもアンフェアな戦いを強いる。召喚してはいけない。
 
 私が悩んでいる間にも状況は進む。
 サンダーランド王国はベルフォール帝国に援軍を求めたらしい。
 カルデナス将軍率いるカゾーリア王国軍も王都まであと少しの所で敗退したようだ。アリスバリー地方のグリーンヒルで押し戻されたとか。
 急がねば。
 エリベルトが連れて来た外交官を交渉のために使う。私自身も同行する。移動中もいくつかの戦場を目撃する。
 予想以上にカゾーリア王国軍の死傷者が多い。私も同行者の外交官の足が速くなる。
 停戦交渉するには少しどころか、かなり遅いかもしれないからだ。
 
 道中でサンダーランド王国の交渉官と無事に会う事ができる。こちらの意図とサンダーランド王国側の意思を簡単に確認するだけであったが思いのほか良い条件で纏まりそうな事に安堵する。
 サンダーランド王国王都ブラックバーンにも無事に入る事ができた。
 程なく正式な交渉に入る。私は渉外は不得手だ。前世でも内勤で外に出た事なかった。交渉事が苦手なのだ。所謂コミュ障というやつだ。
 交渉事は退けないポイントだけ伝えて任せる事にする。最悪全面撤退でも構わない。罪に問われたらカゾーリア王国を出ればいい。どこか離れた国であればエリベルトの悪名も伝わってないだろう。
 
 程なく停戦が成立する。カルデナス将軍はベルフォール帝国軍に完敗したようだがサンダーランド王国にとっては問題なかったようだ。
 外交官の感触だが。サンダーランド王国の王家はレッドリバー地方の領主であるフレーザー侯爵を疎んじていたらしい。
 サンダーランド王国側ではフレーザー侯爵が寝返りカゾーリア王国を国内に呼び込んだと断罪されるそうだ。成程。王家側も最善では無いがフレーザー公爵を排斥できた事で一定の満足をしたという事なのだろうか。
 貴人の考える事は分からない。国土を敵国に渡してまで断罪したかったのか。私にはとうてい理解できない。
 
 この交渉結果はエリベルトが聞いていない事を願いたい。今の所生存しているのか分からない程気配を感じない。このまま消失してくれると私にとっては良い事になるのだが。
 エリベルトが知る所になれば喜んでサンダーランド王国攻略を始めるだろう。このような王家であればサンダーランド王国は長くはないと私も思うからだ。

 いずれにしてもレッドリバー地方はカゾーリア王国が領有する事になった。王に結果報告するよう外交官に指示して私もレッドリバー地方に戻る。
 
 幕舎に戻るとカルデナス将軍が疲労困憊な状態でいた。敗戦続きだったから無理も無い。一万の兵を率いて北上していったのが数千で戻って来る大敗だ。
 ベルフォール帝国軍は想像以上に強かったのだろう。
 できれば接触しないで帰国したいのだが。カルデナス将軍は今後の事もあるから話をしない訳にいかない。エリベルトのような口調は苦手なのだが極力口調を寄せエリベルトを演じよう。

「あ、もう戻って来たんですね。思ったより早かったですね。と、いう事はベルフォール帝国軍と戦ったんですね」
 
 カルデナス将軍はギロリと睨んでくる。
 あ・・ああ。
 ち、違う。
 エリベルトはこんな口調じゃなかった。だが今更口調の変更はできない。よく観察するとカルデナス将軍は怪しんでなさそうだ。一安心か。
 表向きは平静を保ちながら停戦となった結果を報告する。緊張で体が震えてくる。お、落ち着け。
 とりあえずカルデナス将軍は納得してくれたようだ。
 カルデナス将軍に今後の兵のまとめをお願いする。その後フレーザー領の掌握も依頼した。捲土重来を誓っているようで物凄い意欲を感じた。
 
 私は今後の行動を考える。
 カゾーリア王国内ではエリベルトという強烈なキャラクターが定着してしまっている。今更覆す事は無理だろう。この国に留まると更なる戦争に駆り出される可能性は高い。
 サンダーランド王国でもエリベルトという存在は脅威となっているだろう。今回の停戦交渉で王国の継続は難しいのではないかとも思う。
 ベルフォール帝国はどうだ。エリベルトという人物をどこまで調査しているかだ。いざという時は名前を変えていけばいいのかもしれない。
 これ以上私は戦いの場に居たくない。日々の生活の不安がない環境で静かに暮らしたい。幸い今回の成果で相当な褒賞は約束されている。忸怩たる思いがあるがお金は欲しい。
 それを手に入れたら早めにカゾーリア王国を去ろう。もとより今回の成果達成のため契約を結んだようなものだ。片腕が無くしたという負傷も後押しとなるだろう。
 いざとなれば今までのエリベルトを演じれば強く出てこれないだろう。
 カゾーリア王国を出よう。どこへ行くべきか。
 

 ・・・・。

 そうだベルフォール帝国に行くんだ。そこで新しい生活をするんだ。私一人だけなら移動も簡単だ。グリフォンは失ってしまったが別の使い魔はまだ呼びだせる。それで移動すればあっという間だ。
 もう戦は嫌だ。
 
 
 
 
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