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2.毎週水曜日のお楽しみ
何か理由があったりします?
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それからと言うもの、私は毎週水曜日に彰久さんに会いに行くためだけに仕事の鬼になっていた。
初めて彰久さんにお会いしたのは、校庭の桜の木が柔い新緑の若葉を纏っていた頃。
それが、今ではすっかり濃い緑の硬い葉っぱになってしまっている。
もう少ししたら赤くなったり黄色くなったり茶色くなったりして、枝からハラハラと離れていってしまうだろう。
***
「最近の大野先生、何だか鬼気迫るものがありますね」
たまたま事務室に水糊の詰め替えをしにいらした土井教頭にそんな風に言われて、私は思わず「えっ」と声を上げた。
「前から仕事の出来る人だなぁとは思っていましたけど、ここ最近はさらに拍車がかかったと言いますか」
言われた私は「はぁ」と、何とも気のない微妙な返しをしてしまう
補充用の大きなボトルから自分の手持ちの容器に水糊を入れ終えた土井教頭が、内キャップを嵌めようとしてふと手を止めた。
「――キャップの替えも一つもらいますね」
言われて、私は先が薄くなって穴の開きかけた、使い古しのキャップを「捨てときますよ」と受け取った。
受け取る時に手に糊が付いたのでティッシュで拭っていたら、
「何か理由があったりします?」
再度話を戻されて、「毎週水曜日に来る、移動販売のイケメンお手製のクレープが食べたくて躍起になっています!」なんて真相、言えやしませんよぅ、と心の中で吐息を落とす。
「いや、別にない……かーなっ?」
それで、自分のことなのに語尾が変な疑問形になってしまった。
そこでふと、自席で全校児童に配るためのお知らせプリントを仕分けしていらっしゃる校務の北藤先生を気にしてしまったのは、彼が黙っていてもしっかりと会話だけは聞いている人だと知っていたから。
「本当ですかぁ? あっ! もしかして水曜に早く帰られるようになったことと何か関係が?」
「ふぁっ⁉︎」
ちょっ! いきなり核心を突いていらっしゃいますね⁉︎
思わず変な声が出た私に、土井教頭がしたり顔でニヤリとする。
「習い事でも始められました?」
くぅ~。確信犯的なそのお顔! 性質が悪いですよ、教頭っ。
なんて思いながらも、「はぁ、まぁそんなところです」ってお茶を濁したら、北藤先生が俯いたまま小さく肩を震わせて。
一生懸命笑いを堪えていらっしゃるのが分かるから、申し訳ないやら恥ずかしいやら。
すみません、嘘つきで。北藤先生は本当の理由、知っておられますもんね。
***
そんなこんなで今日は待ちに待った水曜日。
私はルンルンで仕事を早く終わらせて、アルンの駐車場で今日も真っ青な移動店舗を開いている『クレープショップ青空』に顔を出す。
「こんにちは」
声を掛けたら、
「わぁ~。今日も来てくれたの?」
青空エプロンと三角巾がとってもよく似合う照子おばあちゃんが、ニコニコ笑顔で応対してくれた。
「あっくぅーん。みぃーちゃん、来てくれたよぉー」
ここに通い始めて早四ヶ月。
初めて来た時は空気が青臭い新緑の頃だったのに、いつの間にか真夏のとろけるような暑さも過ぎ、最近では少しずつ秋の気配が朝晩の空気に混ざり込むようになってきた。
照子おばあちゃんにも顔を覚えられた常連客の私は、彼女から「みぃちゃん」という猫ちゃんのような愛称で呼ばれるようになっていた。
初っ端の時に彰久さんと連絡先を交換しそびれて……結局あのままなぁなぁで今日に至る。
要するに――まだ連絡先、交換出来てません!
「実迦ちゃん、今日は何作ろう?」
死角になっている調理場の辺りから彰久さんの声がする。
私は「小豆抹茶生クリームで」と二人に答えて。
初めて彰久さんにお会いしたのは、校庭の桜の木が柔い新緑の若葉を纏っていた頃。
それが、今ではすっかり濃い緑の硬い葉っぱになってしまっている。
もう少ししたら赤くなったり黄色くなったり茶色くなったりして、枝からハラハラと離れていってしまうだろう。
***
「最近の大野先生、何だか鬼気迫るものがありますね」
たまたま事務室に水糊の詰め替えをしにいらした土井教頭にそんな風に言われて、私は思わず「えっ」と声を上げた。
「前から仕事の出来る人だなぁとは思っていましたけど、ここ最近はさらに拍車がかかったと言いますか」
言われた私は「はぁ」と、何とも気のない微妙な返しをしてしまう
補充用の大きなボトルから自分の手持ちの容器に水糊を入れ終えた土井教頭が、内キャップを嵌めようとしてふと手を止めた。
「――キャップの替えも一つもらいますね」
言われて、私は先が薄くなって穴の開きかけた、使い古しのキャップを「捨てときますよ」と受け取った。
受け取る時に手に糊が付いたのでティッシュで拭っていたら、
「何か理由があったりします?」
再度話を戻されて、「毎週水曜日に来る、移動販売のイケメンお手製のクレープが食べたくて躍起になっています!」なんて真相、言えやしませんよぅ、と心の中で吐息を落とす。
「いや、別にない……かーなっ?」
それで、自分のことなのに語尾が変な疑問形になってしまった。
そこでふと、自席で全校児童に配るためのお知らせプリントを仕分けしていらっしゃる校務の北藤先生を気にしてしまったのは、彼が黙っていてもしっかりと会話だけは聞いている人だと知っていたから。
「本当ですかぁ? あっ! もしかして水曜に早く帰られるようになったことと何か関係が?」
「ふぁっ⁉︎」
ちょっ! いきなり核心を突いていらっしゃいますね⁉︎
思わず変な声が出た私に、土井教頭がしたり顔でニヤリとする。
「習い事でも始められました?」
くぅ~。確信犯的なそのお顔! 性質が悪いですよ、教頭っ。
なんて思いながらも、「はぁ、まぁそんなところです」ってお茶を濁したら、北藤先生が俯いたまま小さく肩を震わせて。
一生懸命笑いを堪えていらっしゃるのが分かるから、申し訳ないやら恥ずかしいやら。
すみません、嘘つきで。北藤先生は本当の理由、知っておられますもんね。
***
そんなこんなで今日は待ちに待った水曜日。
私はルンルンで仕事を早く終わらせて、アルンの駐車場で今日も真っ青な移動店舗を開いている『クレープショップ青空』に顔を出す。
「こんにちは」
声を掛けたら、
「わぁ~。今日も来てくれたの?」
青空エプロンと三角巾がとってもよく似合う照子おばあちゃんが、ニコニコ笑顔で応対してくれた。
「あっくぅーん。みぃーちゃん、来てくれたよぉー」
ここに通い始めて早四ヶ月。
初めて来た時は空気が青臭い新緑の頃だったのに、いつの間にか真夏のとろけるような暑さも過ぎ、最近では少しずつ秋の気配が朝晩の空気に混ざり込むようになってきた。
照子おばあちゃんにも顔を覚えられた常連客の私は、彼女から「みぃちゃん」という猫ちゃんのような愛称で呼ばれるようになっていた。
初っ端の時に彰久さんと連絡先を交換しそびれて……結局あのままなぁなぁで今日に至る。
要するに――まだ連絡先、交換出来てません!
「実迦ちゃん、今日は何作ろう?」
死角になっている調理場の辺りから彰久さんの声がする。
私は「小豆抹茶生クリームで」と二人に答えて。
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