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18.臨界点

とりあえず飲みなよ

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「――ん?」

 偉央いおはグラスの中身をひとくち口に含んで、そんな結葉ゆいはに視線を向けると「ああ」と柔らかく微笑んだ。

「今日は何の日だろう?って気にしてる?」

 聞かれてグラスを手にしたまま小さくうなずけば、偉央いおがクスッと声に出して笑って。

「ここに来る時はいつも〝何かの節目〟の時だったもんね。結葉ゆいはが気にするのも当然か……」

 そうつぶやくように言ってグラスを置くと、

「――けど、今日のはだから結葉ゆいはには分からなくて当然だよ。気にしなくていい」

 偉央いおはそんな意味深な言葉を残す。

 偉央いおのはっきりしない物言いに、結葉ゆいははますます混乱して。


「――まあ、とりあえず飲みなよ」

 眉根を寄せて偉央いおを見詰めたら、結葉ゆいはが乾杯をしてからひとくちも付けずに手にしたままのグラスに視線を転じて偉央いおが微笑んだ。


偉央いおさんが穏やかに微笑んでいるときは怖い〟


 この数年でそう脳内に叩き込まれてしまった結葉ゆいはは、ギュッと目をつぶってグラスの中身を半分以上一気に飲み干した。

 何となくそうしないといけない気がしてしまったから。

 飲酒自体数年ぶり。
 そんな状態で空きっ腹にいきなりアルコールを入れてしまった結葉ゆいはは、お酒の回りがいつも以上に早いのを感じて「少しペースを落とさなきゃ」と頭の中で思って。

 それなのに偉央いお結葉ゆいはのその行動を満足そうに眺めると、「いい飲みっぷりだね、結葉ゆいは。キミの好きなスパークリングワインもあるし、後でそれも頼もうね」と嬉しそうにドリンクメニューを指差す。

 結葉ゆいはは「もうこれ以上は」と言いたいのに、偉央いおの顔を見るとそんな言葉でさえも言えなくて。

 ふわふわとした頭で偉央いおの手元を見つめることしか出来なかった。

 追加のお酒をお断り出来ないにしても、とりあえず何かを口にしないと、と酔いの回ってきた頭で一生懸命考えた結葉ゆいはは、食前酒アペリティーボ付け合わせストゥッツィーノとして一緒に運ばれてきた、バゲットにオリーブオイルを塗って焼いたブルスケッタに手を伸ばす。


 結葉ゆいはは手にしたブルスケッタを一口大に千切って口に運びたいのに、指先の感覚が鈍くなっているのか、なかなかうまくいかなくて。

 自分のそんなモタモタした様を、偉央いおが何も言わずに見つめているんだと思うと、余計に気持ちばかりが焦って全然千切り取ることが出来ない。


結葉ゆいはは本当に可愛いね」

 不意に吐息混じりに偉央いおからそう告げられて、結葉ゆいはは手の中のパンを思わず取り落としそうになってしまった。


「……偉央いお、さん?」

 恐る恐る手元から顔を上げて正面に座る偉央いおを見つめたら、心底愛しい者を見る目で見つめ返された。
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