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実感してしまいました
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「日織さん、貴女が泣いていらしたとき、僕はこうして日織さんを抱きしめて差し上げたかった……。でもさすがにロビーでは目立ち過ぎると思ってずっと我慢してしまいました。今思えば人目なんてはばからず抱きしめるべきだったのかも、と後悔しています。頼りない男で本当にごめんなさい」
耳元で囁かれる修太郎さんの低音ボイスに、私はゾクゾクしてしまう。
「あ、あの……頼りないとかそんな。隠して頂いてすごく、すごく嬉しかったです。それに……」
私の方こそあんな場所で泣いてしまってすみません……と謝ると、修太郎さんが腕を緩めて私の顔を見つめていらした。
「何故泣いていらしたのかお聞きしても?」
心配そうなお顔で問いかけられて、私は戸惑ってしまう。
自分でもどうしてあんなに泣いてしまったのか、実はイマイチ理解できていなくて。
ただ、ひとつだけ分かっているのは――。
「健二さんと佳穂さんが仲良く連れ立って去っていかれたのを見送って……本当にお二人は付き合っていらっしゃるんだなぁって実感したんです。それで……私も。――私も、これからはもう、修太郎さんのことをお慕いするたびに健二さんに罪悪感を抱かなくてもいいんだって思ったら……」
何故だか分からないけれど感極まってしまいました、と小声で付け加えると、修太郎さんがもう一度優しく抱きしめてくださった。
「日織さんは、僕が思っているよりもずっと……許婚のことで苦しんでいらしたんですね。僕は自分の欲望ばかりで、佳穂に対する罪悪感など微塵も持ち合わせていなかったから、貴女の気持ちに気づいて差し上げられませんでした。すみません」
言って、頭を下げていらして。
ある意味、私も修太郎さんのように真っ直ぐ彼だけを想えていたならば……もっと違ったのかもしれない。
でも、そうじゃなかったから今がある気もして。
私はそこでふと、修太郎さんに惹かれつつも諦めようとしたことがあったのを思い出した。
「修太郎さん、管理係の中本さんが……修太郎さんにはどんなにアプローチしても自分には決められた女性がいるから、と相手にして頂けなかったと話しておられました。婚約者の方がいらっしゃるんじゃないか、って。それって佳穂さんじゃ……?」
私自身、中本さんの言葉で、私にもいずれ結婚を定められた男性がいらっしゃるのだからよそ見はいけない、と自分に言い聞かせようとしたのだ。
そうして修太郎さんと思いを通わせることができるようになってからも、ずっと“修太郎さんの婚約者”という存在が、澱のように心の底にわだかまっていた。
修太郎さんには私以外の想い人がいらっしゃる、と。
でも、今の修太郎さんのおっしゃり様だと、それは何だか矛盾している気がして。
「ああ、それは……佳穂のことじゃありません。日織さん、僕は貴女のことを想って……他の女性からのお誘いは全てお断りさせて頂いていました。許婚がいると言うのも嘘ではありませんでしたので、それを利用して嘘をついていたことは認めます。ですが、前にも申し上げたように、僕は貴女以外を自分の横に、なんて考えたことはないんです。それこそ貴女という女性を知った、十七の時からずっと。日織さんが手に入らないなら結婚なんてしなくてもいいとさえ思っていました」
女性、と表現されるとどこかくすぐったい気持ちがしたのは……出会った時の年齢が四歳と幼かったから、だけではなくて。
今でも佳穂さんと比べると随分子供っぽい私なのに、と思ってしまったから。
「私、こんなに子供っぽいのに……修太郎さんはお優しいです。一人前の女性として扱ってくださるのですから」
自信なさげにそう言うと「日織さんは僕を怒らせたいんですか?」と言われてしまった。
実際見上げた修太郎さんのお顔はとても怖くて。
耳元で囁かれる修太郎さんの低音ボイスに、私はゾクゾクしてしまう。
「あ、あの……頼りないとかそんな。隠して頂いてすごく、すごく嬉しかったです。それに……」
私の方こそあんな場所で泣いてしまってすみません……と謝ると、修太郎さんが腕を緩めて私の顔を見つめていらした。
「何故泣いていらしたのかお聞きしても?」
心配そうなお顔で問いかけられて、私は戸惑ってしまう。
自分でもどうしてあんなに泣いてしまったのか、実はイマイチ理解できていなくて。
ただ、ひとつだけ分かっているのは――。
「健二さんと佳穂さんが仲良く連れ立って去っていかれたのを見送って……本当にお二人は付き合っていらっしゃるんだなぁって実感したんです。それで……私も。――私も、これからはもう、修太郎さんのことをお慕いするたびに健二さんに罪悪感を抱かなくてもいいんだって思ったら……」
何故だか分からないけれど感極まってしまいました、と小声で付け加えると、修太郎さんがもう一度優しく抱きしめてくださった。
「日織さんは、僕が思っているよりもずっと……許婚のことで苦しんでいらしたんですね。僕は自分の欲望ばかりで、佳穂に対する罪悪感など微塵も持ち合わせていなかったから、貴女の気持ちに気づいて差し上げられませんでした。すみません」
言って、頭を下げていらして。
ある意味、私も修太郎さんのように真っ直ぐ彼だけを想えていたならば……もっと違ったのかもしれない。
でも、そうじゃなかったから今がある気もして。
私はそこでふと、修太郎さんに惹かれつつも諦めようとしたことがあったのを思い出した。
「修太郎さん、管理係の中本さんが……修太郎さんにはどんなにアプローチしても自分には決められた女性がいるから、と相手にして頂けなかったと話しておられました。婚約者の方がいらっしゃるんじゃないか、って。それって佳穂さんじゃ……?」
私自身、中本さんの言葉で、私にもいずれ結婚を定められた男性がいらっしゃるのだからよそ見はいけない、と自分に言い聞かせようとしたのだ。
そうして修太郎さんと思いを通わせることができるようになってからも、ずっと“修太郎さんの婚約者”という存在が、澱のように心の底にわだかまっていた。
修太郎さんには私以外の想い人がいらっしゃる、と。
でも、今の修太郎さんのおっしゃり様だと、それは何だか矛盾している気がして。
「ああ、それは……佳穂のことじゃありません。日織さん、僕は貴女のことを想って……他の女性からのお誘いは全てお断りさせて頂いていました。許婚がいると言うのも嘘ではありませんでしたので、それを利用して嘘をついていたことは認めます。ですが、前にも申し上げたように、僕は貴女以外を自分の横に、なんて考えたことはないんです。それこそ貴女という女性を知った、十七の時からずっと。日織さんが手に入らないなら結婚なんてしなくてもいいとさえ思っていました」
女性、と表現されるとどこかくすぐったい気持ちがしたのは……出会った時の年齢が四歳と幼かったから、だけではなくて。
今でも佳穂さんと比べると随分子供っぽい私なのに、と思ってしまったから。
「私、こんなに子供っぽいのに……修太郎さんはお優しいです。一人前の女性として扱ってくださるのですから」
自信なさげにそう言うと「日織さんは僕を怒らせたいんですか?」と言われてしまった。
実際見上げた修太郎さんのお顔はとても怖くて。
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