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あの時の彼

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日織ひおりさんと高橋は仲がよかっただろう? そんな人間の、存在自体が嘘だったと言われたら、お前、どう思う?」

 修太郎しゅうたろうさんがお兄さんのお顔をしてそうおっしゃると、健二けんじさんはハッとしたお顔をなさった。

「すみません、日織さん。俺、そこまで考えられてなくてっ」

 高橋であったときと、健二として貴女に接していたときにさしたるへだたりは作っていなかったつもりではあったけれど、それでもやはり丸っきり同一人格ではなかったと反省なさると、健二さんが私に頭を下げていらした。

「俺……っていうより高橋か。彼のことを頼りにしてくださっていたのに……本当、すみませんでした!」

「わ、私の方こそ狭量きょうりょうでごめんなさいなのですっ」

 健二さんが非を認めてくださったことで、モヤモヤとしていたものが嘘みたいに晴れた。そればかりか、自分が怒ってしまったことさえ申し訳ないような気持ちになってしまって。

 考えてみると、今まで私はそういう人との軋轢あつれきとか……心の機微のようなものをあまり感じずにのほほんと暮らしてたような気がする。

 健二さんから、世間の荒波にも揉まれて欲しい、と言われて飛び込んだ臨職りんしょく体験だったけれど、荒波というのはある意味マッサージのような感じで、気持ちをほぐしてくれるものなのかなぁとか思ってしまう。

 途端、筋肉隆々きんにくりゅうりゅうな揉み師さんが頭の中に浮かんでくる。その方に肩とか腰とかモミモミされている妄想が炸裂して、おかしくて思わずクスッと笑ってしまう。

 すると、「日織さん?」と修太郎さんから声をかけられて。

「あっ、揉みっ……」
 と思わず言いかけて、慌てて口をつぐんだら、「また妄想の世界に行っておられましたね?」と笑われてしまった。

 このところ、少しそういう頻度が減ってきたかも?と自分のなかでルンルンだったのに……。
 やってしまいました……。

 恥ずかしくてしゅんとしたら、修太郎さんが「僕は日織さんのそういうところも含めて愛しく思っています」と言ってくださって。

「本当……ですか?」
 恐る恐る問い掛けたら、「だってそれは僕の影響なんでしょう?」と微笑まれた。

 幼い頃の、修太郎さんに読み聞かせをしていただいた頃の楽しくて堪らなかった気持ちを思い出した私は、にっこり笑って「はい!」とお答えした。



「――それじゃあ、そろそろお開きにしますか」

 健二さんがそうおっしゃったのを合図に、色々驚きの告白が目白押しだった会合は幕を閉じた。

 とりあえず、当人同士のお話は全て済んだ……のかな?

 だとしたら――次はいよいよ両親の番なのですっ……!

 そう思ったら、にわかに緊張してしまった。
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