あくまで私の創作論

大沢敦彦

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三人称と視点

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○人称の問題(三人称について)



 三人称小説とは、「彼」や「彼女」などを視点人物として物語る小説のことで、私はこちらの方が好きですし、書きやすいです。




 男の朝は早かった。午前四時には起床し、身支度を整えるとジョギングに出かける。男が住む街はまだ眠っている。

 アパートメントの内階段を静かに降りると、外の冷たい空気に目が覚める。吐く息は白く、男の髪も白い。雪が降るにはまだ早い季節だが、暗い空には雪の結晶のような星が瞬いている。この街もじきに雪が積もる。――『冬の呼び声 The Call of Winter』




 この例は冒頭の部分なのですが、主人公(=視点人物)の名前はまだ読者に明かしておらず、主人公である男の様子を環境も交えて書き出しています。私がハードボイルドを好む性格もあるでしょうが、淡々と物語が進み、男の心情は読み取れません。代わりに環境を描くことで読者に「寒そうだ」と感じさせ、男の生活習慣や動き、髪の色から、「この男は真面目な性格で、歳を取っている」といった情報を伝えています。

 三人称小説の良い所は、書き手が主人公たちキャラクターを俯瞰して、自由に動かせる所です。以下の例文は、主人公ヨシノブに対し、チンピラが喧嘩を挑んだがまったく相手にならずに終わった、直後のシーンとなります。少し引用が長いです。




「はいはい、退いて退いて」

 立ち並ぶ見物人の輪の一部がさっと崩れ、奥から制服警官二人がやってきた。手に特殊警棒を握っている。

「……何だゲンジ、お前か」

 歳上の警官がチンピラの顔を覗き込んでいう。

「懲りない奴だな。そんなにムショ暮らしが恋しいか。何なら特別に長六四背負わせてもいいんだぞ」

「かっ、勘弁してください……」

 ゲンジはスーツの袖で涙を拭いた。

「……お兄さん、身分証持ってる?」

 歳下の警官にゲンジを任せると、ヨシノブに向き直って訊いた。ヨシノブはスーツの内ポケットから身分証を取り出して提示する。

「……デビルリーパー?」

 警官がぽつりと漏らすと、耳聡く聴きつけた見物人たちから声が上がる。

「デッ、デビルリーパーだ!」

「ほ、本物の?」

「嘘でしょう……」

「あり得ない……」

「あれが噂の……」

 見物人の輪が乱れると、明らかにその場から逃げ出す者や、好奇の視線を向ける者、構うことなくスマートフォンのシャッターを切り続ける者、動画撮影を始める者など様々だった。

「デビルリーパーといったら、確か悪魔退治屋だな。つい最近、国から認められたっていう。つまりあんたもおれと同じ公務員ってわけだ」

 警官は淡々と表情を変えずにいった。ヨシノブも無表情のまま見返した。

「デビルリーパーって、儲かるのかい」

「いや」

「何でそんな仕事してるの。他に仕事幾らでもあるでしょ」

「俺には合ってるから」

「ふうん」

 警官はじっと身分証に目を落としていたが、無言で返却した。

「ま、あんたがほんとのデビルリーパーかどうか確かめるからさ、ちょっと待っててよ」

 警官が胸に付けた無線機を外し、連絡を取ろうとした。

「その必要はないわ」

 女の声がして二人が振り向くと、見物人の輪の中から白のワイシャツ姿の美人が歩いてきた。――『TOKYO DEVILREAPERS トーキョーデビルリーパーズ』




 このシーン、没作品を説明するのも恐縮なのですが、名前付き(ネームド)の重要キャラクターが四人登場し、間に「歳下の警官」と「見物人」という無名(モブ)キャラを交えて書いています。

 このシーンの私の”見え方”は、ヨシノブの前にゲンジというチンピラがうなだれている、見物人の輪が崩れ、奥から警官が二人走ってくる、ヨシノブへの職質中に見物人が騒ぐ、職質が終わった後に見物人の輪の中からヒロインが登場する…といった感じ。

 何を説明しているのかといいますと、これ、”監督”のカメラアングルなんです。カメラを構えて現場を撮影している監督は、私(=書き手)です。ネームドもモブも、キャラクターは全員”俳優さん”で、私の場合、彼らに演技指導は不要(=プロットや設定を作る必要がない)で、勝手に各々がその場で必要と思われる演技をしてくれます。

 もちろん、時々不規則な発言や行動をしようとすることもありますが、その時は監督である私が吟味し、採用、不採用を決定します。不規則な発言や行動を採用した場合、そのシーンの流れは崩れたり跳ねることとなり、物語の幅を広げることになるでしょう。不採用の場合は、俳優さんとよく話し合い、それまでの流れに沿った順当な演技に戻してもらうことになります。

 こうやって書き出すと煩雑になりますが、ある程度書き慣れた人は、みな頭の中でこれらを捌いているはずです。

 三人称小説の良い所として、キャラクターを自由に動かせる所だといいましたが、それはつまりキャラクターを駒として扱うということです。生殺与奪の権利はすべて書き手である私にある。初登場の瞬間から、「こいつはいつか死ぬ」とわかっていて動かすキャラもいます。それでもプロットを作りませんから、書いているうちに「あれ、こいつ生き残りそうかも」と思って生かす可能性もある。私は、作品世界に書き手が入ってしまう一人称小説より、三人称小説の”離れた場所で現場の様子を確認できる”方が性に合っているのです。



 最後に、前回、一人称の話の中で「視点のブレ」がありましたが、三人称ですとそれが起きる確率は格段に上がるかと思われます。



「……んっ……」

 と、後ろの方からかすかに声がして、竜也は息を呑んだ。

「おおっ? 誰かいんのか!?」

 背後に話しかける。

「……すみません……ここは、どこですか……?」

 若い女性の声だった。か細く透き通るような声。竜也は少し興奮する。

「あっ、あのぅ……何か俺ら、誰かに拉致されたみたいで、この部屋に閉じ込められてるんすよ」

 相手が若い女性、狭い部屋に二人きり、縛られている状況……竜也は急に雄弁になる。

「拉致……? どうして……?」

「いや、理由はわかんないんすけど、とにかく今はここから脱出することを考えましょう!」

 竜也は自分の体の状況を説明し、足元にカッターナイフがあることも伝えた。

「あの……わたし、手は動かせて……でも足は縛られてるんです……」

 女性の説明に竜也はいよいよ興奮した。

「えっ、マジすか!? 胴体は?」

「縛られてます」

「かがんで床に手が付きませんか?」

「……ちょっと待ってください……んんっ」

 人が動く気配がする。

「……だめ、みたい、です……きつくて……」

「頑張ったら付きません? 命がかかってるんですから!」

「……頑張って……るん、です……!」

 ハァハァと、女性が息を吐く。――『シカバネゲーム』



 主人公の竜也の三人称一視点で物語が進んでいます。執筆時は、竜也の目から見た描写が、推敲時は、離れた場所から全体を見渡す”監督”の視点が必要になってきます。

 まず、椅子に縛られた状態の竜也は、背後から声が聞こえたとしてもすぐに後ろの様子は確認できません。よって、「若い女性の声だった。か細く透き通るような声」と、声だけしか情報は得られない。それを「白い服を着ていて、髪型はこうで~」などと書いてしまっては、「誰の目から見てるの?」となり、視点のブレが起きてしまいます。

 また例文では、竜也と女性が問答を重ねることにより、お互いが置かれた状況を細かく把握し、理解しようとしていますが、これは読者への説明も兼ねています。三人称小説なら、いわゆる”神の視点”で「竜也と見知らぬ女性が椅子に縛り付けられている」などと一言で状況説明も可能ですが、拙作では竜也の焦燥感を演出するために彼の視点で描いています。

 要は、視点の選び方は、書き手の考え次第というわけですね。
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