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Four-leaf Cross〔Shota〕
◆第五十四話◆
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電車のアナウンスが終点を告げる。ああ、やっと着いた。須藤は重い腰を上げた。ビアガーデンの日を程なくして、アパートを引っ越した。律が実態の無いストーカーを怖がるようになり、以前住んでいた地域から離れざるを得なかった。
最寄りの駅から職場のある駅まで、電車に乗っている時間だけでも一時間半以上、乗り換えがうまく出来ない時だと二時間近くかかる。これを朝と晩、ほぼ毎日。残業して帰らなけらばいけない日だと、家に着くころには夜中〇時を回っている日もザラだ。
売り上げに支障をきたさないために、早朝に家を出て早めに出勤し、昼間は休憩なしで接客にあたっている。
駅を出ると、出口の真前にあるバス乗り場の列に並ぶ。列と言っても、並んでいるのは三人程度。駅前唯一の居酒屋の中から、賑やかな声が聞こえてくるのを除けば、とても静かで人も少ない。数時間前まで人々が大勢行き交っている街中を歩いていたのが信じられないくらいに思う。
五分もしないうちにバスが乗り場に停車し、前に並んでいた客に次いで須藤も乗り込んだ。新しいマンションまでは歩いても帰れる距離なのだが、空腹と疲れも相まってか、クラクラと眩暈がして歩けそうもなかった。
間もなくしてバスが動き出し、空っぽの腹から胃液が迫り上がってくる。胃腸が絞られているように痛んで気持ちが悪い。帰りたくない。
須藤は最初のバス停で降りて、のろのろと歩いた。途中にあった川沿いの錆びたベンチで一度休もうかと思い立ったけれど、あまり遅くなると律に咎められる気がする。
ぐっと歯を食いしばってベンチを通り過ぎ、マンションのエントランスでオートロックを解除する。今借りているのは完成したばかりの新築マンション。以前住んでいたアパートに比べ、格段にセキュリティ設備が充実している。
ビジネスバッグからキーケースを取り出し、鍵穴に差し込む前にハッと手を止めた。危なかった、うっかり忘れていた。スマートフォンで『遅れてごめん、今部屋の前に居る』と律にメッセージを送り、返信が来るのを待つ。なかなか読まれないので、壁に背をもたれて座り込んだ。
十分後、ようやく『わかった』とメッセージが届く。鍵を開けて中に入り、暗い玄関から明かりの漏れるリビングに向かって「ただいま」と声をかけた。
「あっ、彼が帰ってきたからそろそろ今日はお終いにするね」
奥の方で何やら喋っている律の声がする。
「ん、なになに? ええー、どうしようかなぁ。じゃあ、ちょっとだけだよ」
パタパタと律が走ってきて、無言のまま腕を掴まれた。
「祥太さん、こっち来て」
「えっ、ちょっと待ってっ!」
慌てて革靴を脱ぎ、引っ張られるようにリビングに連れられ、有無を言わさない勢いでキスをされた。戸惑う自分に構わず、チュッ、チュッ、と何度も角度を変えては唇を重ねる。恋人同士というよりは、子供が好きなものにキスしているような可愛らしいものだった。
ガチガチに固まっていた心がわずかに和らぎ、チラリとテーブルを見て、一瞬で血の気が引いた。律を乱暴にならないように気を付けながら、やんわりと引き離す。
「これ、まだ映ってるんじゃないのか?」
「うん、みんながいちゃいちゃしてるとこ見たいって言うから」
律は悪気の無さそうなハツラツとした笑顔で、PCに繋げられたカメラに向き直り手を振った。
「これ以上すると通報されちゃうからここまでね、じゃあまた明日ぁ」
最寄りの駅から職場のある駅まで、電車に乗っている時間だけでも一時間半以上、乗り換えがうまく出来ない時だと二時間近くかかる。これを朝と晩、ほぼ毎日。残業して帰らなけらばいけない日だと、家に着くころには夜中〇時を回っている日もザラだ。
売り上げに支障をきたさないために、早朝に家を出て早めに出勤し、昼間は休憩なしで接客にあたっている。
駅を出ると、出口の真前にあるバス乗り場の列に並ぶ。列と言っても、並んでいるのは三人程度。駅前唯一の居酒屋の中から、賑やかな声が聞こえてくるのを除けば、とても静かで人も少ない。数時間前まで人々が大勢行き交っている街中を歩いていたのが信じられないくらいに思う。
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間もなくしてバスが動き出し、空っぽの腹から胃液が迫り上がってくる。胃腸が絞られているように痛んで気持ちが悪い。帰りたくない。
須藤は最初のバス停で降りて、のろのろと歩いた。途中にあった川沿いの錆びたベンチで一度休もうかと思い立ったけれど、あまり遅くなると律に咎められる気がする。
ぐっと歯を食いしばってベンチを通り過ぎ、マンションのエントランスでオートロックを解除する。今借りているのは完成したばかりの新築マンション。以前住んでいたアパートに比べ、格段にセキュリティ設備が充実している。
ビジネスバッグからキーケースを取り出し、鍵穴に差し込む前にハッと手を止めた。危なかった、うっかり忘れていた。スマートフォンで『遅れてごめん、今部屋の前に居る』と律にメッセージを送り、返信が来るのを待つ。なかなか読まれないので、壁に背をもたれて座り込んだ。
十分後、ようやく『わかった』とメッセージが届く。鍵を開けて中に入り、暗い玄関から明かりの漏れるリビングに向かって「ただいま」と声をかけた。
「あっ、彼が帰ってきたからそろそろ今日はお終いにするね」
奥の方で何やら喋っている律の声がする。
「ん、なになに? ええー、どうしようかなぁ。じゃあ、ちょっとだけだよ」
パタパタと律が走ってきて、無言のまま腕を掴まれた。
「祥太さん、こっち来て」
「えっ、ちょっと待ってっ!」
慌てて革靴を脱ぎ、引っ張られるようにリビングに連れられ、有無を言わさない勢いでキスをされた。戸惑う自分に構わず、チュッ、チュッ、と何度も角度を変えては唇を重ねる。恋人同士というよりは、子供が好きなものにキスしているような可愛らしいものだった。
ガチガチに固まっていた心がわずかに和らぎ、チラリとテーブルを見て、一瞬で血の気が引いた。律を乱暴にならないように気を付けながら、やんわりと引き離す。
「これ、まだ映ってるんじゃないのか?」
「うん、みんながいちゃいちゃしてるとこ見たいって言うから」
律は悪気の無さそうなハツラツとした笑顔で、PCに繋げられたカメラに向き直り手を振った。
「これ以上すると通報されちゃうからここまでね、じゃあまた明日ぁ」
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