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第二章『召喚された少年と禁忌の魔法術』
66 魔術師の煩悩と懊悩
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「先生は無事なのですか」
「中枢の暗部組織に捕らわれているところを保護しました」
「聞いていた状況と違うようですね」
投獄されていたはずなのに、ジョエルの頭に浮かんできたのは『暗殺』の文字。ゾッと悪寒がした。
「それだけ微妙な立ち位置にいるということです。ですのでこちらも少々厳重な警戒を施しました。アルトリアさんにはショッキングかもしれません」
そうして華宮を離れて、星宮というハワードに与えられた宮殿に移動した。
「ここで働く者たちは古くからの私の身内が多い、ある程度は信用していい」
ハワードがシーレハウス学園のシスターの顔を兼任するようになってから以前の使用人はいったん全て解雇し、ハワードが選んだ者を雇い直したという。王弟の住まいとは思えないほど最小限の人員しかいない。
「私はほとんど使いませんからむしろ合理的でしょう」
先頭を歩くハワードの口から感情は読めなかった。星宮内を見まわしたジョエルは思う。最小限なのは人員だけでなく、家具調度品全部において言えることだった。
これまで過ごした華宮の煌びやかさは必要性があってのことだけれど、どうしても比べてしまう。どちらもロンダールの城壁内の建物なのにハワードの御殿は質素と呼ぶより捨て置かれた空き家だ。まるでここにひとが住むことを許されていないような。
「兄に追い出されたんです」
ハワードがジョエルの表情を読んだ。
「アルトリアさんの横でコタローさんも同じ顔をしていましたよ」
クツクツと笑み、ハワードはまたもジョエルの心情を読む。
「あ、やべ」
コタローがうなじを掻く。ジョエルと目を合わせぺろっと舌を出したので、ジョエルは照れ笑いをして返すと、すぐさまハワードに問うた。
「あの・・・ご兄弟の仲が悪かったんでしょうか」
「良い方だったと思います」
「えっ、それならなんで」
ジョエルは不思議でたまらない。だが、わざとか、中途半端になることを想定して話をふったのだろう。ハワードはジョエルに返事をせず振り返る。
「グレッツェルはこの部屋にいます」
二重の施錠が解かれ、扉が開く。
狭い部屋にベッドが置かれており、ギュンターが寝かされている。ひとが入ってきた音に目を覚まして体を起こしたが、ギュンターの手は木枷で拘束されていて不自由だった。
「先生!」
「やぁ、アルトリアくん、惨い様だろう? これじゃ背中が痒くなった時に掻けやしない」
「ええ、・・・なんと言ったらいいか」
肩をすくめたギュンターにジョエルが笑いかけようとしたところ、琥太郎がズイッと前に立つ。
「はぁ? おっさん、ジョエルに謝るのが先なんじゃねぇのか」
「そうですね」
ハワードが同調する。その後、「とはいえ」と、使用人から何かを受け取った。
「貴殿のおかげで危機を脱することができました。感謝します」
ベッドの上に茶色いクシャクシャの帽子が置かれる。
「あっ、それは僕の部屋の帽子。あれ? 枯れてる」
ギュンターが出会い頭に置いていった葉っぱと蔓で巻かれていた帽子だ。
「この植物には危険を予知する力があるのだよ。フェロモンを与えてくれる身近な人間が危機に瀕するとこのように枯れて教えてくれる」
「見せかけじゃなかったんですね。先生は僕たちの味方ですよ。早く拘束を解いてあげてください!」
いつにも増してクマが濃く顔色の悪い恩師を思ん量り、ハワードにすがる。
「待ちなさい。グレッツェル氏には曖昧な立場をはっきりさせていただきましょうか。拘束を解くのはそれからです」
「ずっと捕まえてりゃいいんじゃね?」
「駄目、コタロー」
おのおのが意見するが、ギュンターは不満げな暗い顔をして黙っていた。
気まずい空気の中でハワードの目が光る。
「答えづらいようなのでこちらから質問します。貴殿はアルトリアさんに近づき、魔法術とフェロモンの関係を教え、オメガに対する偏った思想を植えつけようとした。しまいには危険極まりない古書を渡した。しかし一方で、これで示されたようにアルトリアさんの身を守ろうともしていた。はたして・・・・・・貴殿はあれが暴走すると知っていてアルトリアさんに託したんでしょうか」
「ちがうっ!」
ギュンターは叫んで否定した。しかし表情はいささか置きどころがなさそうな顔をしている。
「・・・だがかなり強力な『言霊』が込められていることは感じ取っていた。そうするしかなかったんだ! 君ならわかるだろう?」
やけっぱちになったような必死なギュンターの目はセスに向けられていた。
「私は国王陛下と魔法術式の主従契約を結んだ。騙しだまし対抗するにも限度がある、裏切れば死んでしまう」
「やはり兄の命令でしたか。甘い餌に釣られましたね?」
「研究者としての欲に抗えなかったんだ」
いっそ清々しいほど考えを曲げないギュンター、心を見せないポーカーフェイスのハワード、「同一視しないでほしい」と憤慨したセスの三人のうちでは理解が一致したらしい。
「先生」
ジョエルの呼びかけにギュンターはそこで初めて気弱な顔をした。まるで可愛い孫に嫌いと拒絶された祖父のように肩を落とす。
「ああ、申しわけなかった。アルトリアくんには悪いと思っている」
「コタローにもです」
「そうだね。二人ともこのとおりだよ」
ギュンターが頭を下げ、木枷を見つめたまま関わった全てを白状した。
「中枢の暗部組織に捕らわれているところを保護しました」
「聞いていた状況と違うようですね」
投獄されていたはずなのに、ジョエルの頭に浮かんできたのは『暗殺』の文字。ゾッと悪寒がした。
「それだけ微妙な立ち位置にいるということです。ですのでこちらも少々厳重な警戒を施しました。アルトリアさんにはショッキングかもしれません」
そうして華宮を離れて、星宮というハワードに与えられた宮殿に移動した。
「ここで働く者たちは古くからの私の身内が多い、ある程度は信用していい」
ハワードがシーレハウス学園のシスターの顔を兼任するようになってから以前の使用人はいったん全て解雇し、ハワードが選んだ者を雇い直したという。王弟の住まいとは思えないほど最小限の人員しかいない。
「私はほとんど使いませんからむしろ合理的でしょう」
先頭を歩くハワードの口から感情は読めなかった。星宮内を見まわしたジョエルは思う。最小限なのは人員だけでなく、家具調度品全部において言えることだった。
これまで過ごした華宮の煌びやかさは必要性があってのことだけれど、どうしても比べてしまう。どちらもロンダールの城壁内の建物なのにハワードの御殿は質素と呼ぶより捨て置かれた空き家だ。まるでここにひとが住むことを許されていないような。
「兄に追い出されたんです」
ハワードがジョエルの表情を読んだ。
「アルトリアさんの横でコタローさんも同じ顔をしていましたよ」
クツクツと笑み、ハワードはまたもジョエルの心情を読む。
「あ、やべ」
コタローがうなじを掻く。ジョエルと目を合わせぺろっと舌を出したので、ジョエルは照れ笑いをして返すと、すぐさまハワードに問うた。
「あの・・・ご兄弟の仲が悪かったんでしょうか」
「良い方だったと思います」
「えっ、それならなんで」
ジョエルは不思議でたまらない。だが、わざとか、中途半端になることを想定して話をふったのだろう。ハワードはジョエルに返事をせず振り返る。
「グレッツェルはこの部屋にいます」
二重の施錠が解かれ、扉が開く。
狭い部屋にベッドが置かれており、ギュンターが寝かされている。ひとが入ってきた音に目を覚まして体を起こしたが、ギュンターの手は木枷で拘束されていて不自由だった。
「先生!」
「やぁ、アルトリアくん、惨い様だろう? これじゃ背中が痒くなった時に掻けやしない」
「ええ、・・・なんと言ったらいいか」
肩をすくめたギュンターにジョエルが笑いかけようとしたところ、琥太郎がズイッと前に立つ。
「はぁ? おっさん、ジョエルに謝るのが先なんじゃねぇのか」
「そうですね」
ハワードが同調する。その後、「とはいえ」と、使用人から何かを受け取った。
「貴殿のおかげで危機を脱することができました。感謝します」
ベッドの上に茶色いクシャクシャの帽子が置かれる。
「あっ、それは僕の部屋の帽子。あれ? 枯れてる」
ギュンターが出会い頭に置いていった葉っぱと蔓で巻かれていた帽子だ。
「この植物には危険を予知する力があるのだよ。フェロモンを与えてくれる身近な人間が危機に瀕するとこのように枯れて教えてくれる」
「見せかけじゃなかったんですね。先生は僕たちの味方ですよ。早く拘束を解いてあげてください!」
いつにも増してクマが濃く顔色の悪い恩師を思ん量り、ハワードにすがる。
「待ちなさい。グレッツェル氏には曖昧な立場をはっきりさせていただきましょうか。拘束を解くのはそれからです」
「ずっと捕まえてりゃいいんじゃね?」
「駄目、コタロー」
おのおのが意見するが、ギュンターは不満げな暗い顔をして黙っていた。
気まずい空気の中でハワードの目が光る。
「答えづらいようなのでこちらから質問します。貴殿はアルトリアさんに近づき、魔法術とフェロモンの関係を教え、オメガに対する偏った思想を植えつけようとした。しまいには危険極まりない古書を渡した。しかし一方で、これで示されたようにアルトリアさんの身を守ろうともしていた。はたして・・・・・・貴殿はあれが暴走すると知っていてアルトリアさんに託したんでしょうか」
「ちがうっ!」
ギュンターは叫んで否定した。しかし表情はいささか置きどころがなさそうな顔をしている。
「・・・だがかなり強力な『言霊』が込められていることは感じ取っていた。そうするしかなかったんだ! 君ならわかるだろう?」
やけっぱちになったような必死なギュンターの目はセスに向けられていた。
「私は国王陛下と魔法術式の主従契約を結んだ。騙しだまし対抗するにも限度がある、裏切れば死んでしまう」
「やはり兄の命令でしたか。甘い餌に釣られましたね?」
「研究者としての欲に抗えなかったんだ」
いっそ清々しいほど考えを曲げないギュンター、心を見せないポーカーフェイスのハワード、「同一視しないでほしい」と憤慨したセスの三人のうちでは理解が一致したらしい。
「先生」
ジョエルの呼びかけにギュンターはそこで初めて気弱な顔をした。まるで可愛い孫に嫌いと拒絶された祖父のように肩を落とす。
「ああ、申しわけなかった。アルトリアくんには悪いと思っている」
「コタローにもです」
「そうだね。二人ともこのとおりだよ」
ギュンターが頭を下げ、木枷を見つめたまま関わった全てを白状した。
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