上 下
66 / 109
第二章『召喚された少年と禁忌の魔法術』

66 魔術師の煩悩と懊悩

しおりを挟む
「先生は無事なのですか」
「中枢の暗部組織に捕らわれているところを保護しました」
「聞いていた状況と違うようですね」

 投獄されていたはずなのに、ジョエルの頭に浮かんできたのは『暗殺』の文字。ゾッと悪寒がした。

「それだけ微妙な立ち位置にいるということです。ですのでこちらも少々厳重な警戒を施しました。アルトリアさんにはショッキングかもしれません」

 そうして華宮を離れて、星宮というハワードに与えられた宮殿に移動した。

「ここで働く者たちは古くからの私の身内が多い、ある程度は信用していい」

 ハワードがシーレハウス学園のシスターの顔を兼任するようになってから以前の使用人はいったん全て解雇し、ハワードが選んだ者を雇い直したという。王弟の住まいとは思えないほど最小限の人員しかいない。

「私はほとんど使いませんからむしろ合理的でしょう」

 先頭を歩くハワードの口から感情は読めなかった。星宮内を見まわしたジョエルは思う。最小限なのは人員だけでなく、家具調度品全部において言えることだった。
 これまで過ごした華宮の煌びやかさは必要性があってのことだけれど、どうしても比べてしまう。どちらもロンダールの城壁内の建物なのにハワードの御殿は質素と呼ぶより捨て置かれた空き家だ。まるでここにひとが住むことを許されていないような。

「兄に追い出されたんです」

 ハワードがジョエルの表情を読んだ。

「アルトリアさんの横でコタローさんも同じ顔をしていましたよ」

 クツクツと笑み、ハワードはまたもジョエルの心情を読む。

「あ、やべ」

 コタローがうなじを掻く。ジョエルと目を合わせぺろっと舌を出したので、ジョエルは照れ笑いをして返すと、すぐさまハワードに問うた。

「あの・・・ご兄弟の仲が悪かったんでしょうか」
「良い方だったと思います」
「えっ、それならなんで」

 ジョエルは不思議でたまらない。だが、わざとか、中途半端になることを想定して話をふったのだろう。ハワードはジョエルに返事をせず振り返る。

「グレッツェルはこの部屋にいます」

 二重の施錠が解かれ、扉が開く。
 狭い部屋にベッドが置かれており、ギュンターが寝かされている。ひとが入ってきた音に目を覚まして体を起こしたが、ギュンターの手は木枷で拘束されていて不自由だった。

「先生!」
「やぁ、アルトリアくん、惨い様だろう? これじゃ背中が痒くなった時に掻けやしない」
「ええ、・・・なんと言ったらいいか」

 肩をすくめたギュンターにジョエルが笑いかけようとしたところ、琥太郎がズイッと前に立つ。

「はぁ? おっさん、ジョエルに謝るのが先なんじゃねぇのか」
「そうですね」

 ハワードが同調する。その後、「とはいえ」と、使用人から何かを受け取った。

「貴殿のおかげで危機を脱することができました。感謝します」

 ベッドの上に茶色いクシャクシャの帽子が置かれる。

「あっ、それは僕の部屋の帽子。あれ? 枯れてる」

 ギュンターが出会い頭に置いていった葉っぱと蔓で巻かれていた帽子だ。

「この植物には危険を予知する力があるのだよ。フェロモンを与えてくれる身近な人間が危機に瀕するとこのように枯れて教えてくれる」
「見せかけじゃなかったんですね。先生は僕たちの味方ですよ。早く拘束を解いてあげてください!」

 いつにも増してクマが濃く顔色の悪い恩師を思ん量り、ハワードにすがる。

「待ちなさい。グレッツェル氏には曖昧な立場をはっきりさせていただきましょうか。拘束を解くのはそれからです」
「ずっと捕まえてりゃいいんじゃね?」
「駄目、コタロー」

 おのおのが意見するが、ギュンターは不満げな暗い顔をして黙っていた。
 気まずい空気の中でハワードの目が光る。

「答えづらいようなのでこちらから質問します。貴殿はアルトリアさんに近づき、魔法術とフェロモンの関係を教え、オメガに対する偏った思想を植えつけようとした。しまいには危険極まりない古書を渡した。しかし一方で、これで示されたようにアルトリアさんの身を守ろうともしていた。はたして・・・・・・貴殿はあれが暴走すると知っていてアルトリアさんに託したんでしょうか」
「ちがうっ!」

 ギュンターは叫んで否定した。しかし表情はいささか置きどころがなさそうな顔をしている。

「・・・だがかなり強力な『言霊ことだま』が込められていることは感じ取っていた。そうするしかなかったんだ! 君ならわかるだろう?」

 やけっぱちになったような必死なギュンターの目はセスに向けられていた。

「私は国王陛下と魔法術式の主従契約を結んだ。騙しだまし対抗するにも限度がある、裏切れば死んでしまう」
「やはり兄の命令でしたか。甘い餌に釣られましたね?」
「研究者としての欲に抗えなかったんだ」

 いっそ清々しいほど考えを曲げないギュンター、心を見せないポーカーフェイスのハワード、「同一視しないでほしい」と憤慨したセスの三人のうちでは理解が一致したらしい。

「先生」

 ジョエルの呼びかけにギュンターはそこで初めて気弱な顔をした。まるで可愛い孫に嫌いと拒絶された祖父のように肩を落とす。

「ああ、申しわけなかった。アルトリアくんには悪いと思っている」
「コタローにもです」
「そうだね。二人ともこのとおりだよ」

 ギュンターが頭を下げ、木枷を見つめたまま関わった全てを白状した。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

非モテ最底辺Ω VS 特権階級α

めへ
BL
ゲスなΩが特権階級にあぐらをかくαに襲いかかる!クズVSクズなノワールオメガバース! Ω×Ω、α×Ω、何でもアリのクライムのベル!

運命なんて知らない[完結]

なかた
BL
Ω同士の双子のお話です。 双子という関係に悩みながら、それでも好きでいることを選んだ2人がどうなるか見届けて頂けると幸いです。 ずっと2人だった。 起きるところから寝るところまで、小学校から大学まで何をするのにも2人だった。好きなものや趣味は流石に同じではなかったけど、ずっと一緒にこれからも過ごしていくんだと当たり前のように思っていた。そう思い続けるほどに君の隣は心地よかったんだ。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

たとえ月しか見えなくても

ゆん
BL
留丸と透が付き合い始めて1年が経った。ひとつひとつ季節を重ねていくうちに、透と番になる日を夢見るようになった留丸だったが、透はまるでその気がないようで── 『笑顔の向こう側』のシーズン2。海で結ばれたふたりの恋の行方は? ※こちらは『黒十字』に出て来るサブカプのストーリー『笑顔の向こう側』の続きになります。 初めての方は『黒十字』と『笑顔の向こう側』を読んでからこちらを読まれることをおすすめします……が、『笑顔の向こう側』から読んでもなんとか分かる、はず。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

処理中です...