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episode.104 仲間なのですから
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一般人ではただ暮らすことさえ難しいような熱気が漂う剣のキャッスルにて、剣のプリンセスは父親である先代と剣の練習をする。
剣と剣が交わるたび、刃がぶつかるような甲高い音が響く。
湧き上がった汗の粒は彼女が動くたび宙に散り小さな宝石のように煌めく。
最初こそ違和感のようなものを感じていた剣のプリンセスだが、次第にそれも薄れ、剣を振っているうちに違和感などというものは手放してしまった。
「そろそろ休憩挟むかぁ」
やがて、先代はそんなことを言った。
「もう終わり!?」
「何だぁ? もっと続けたいのか?」
先代は剣のプリンセスに近づく。
そして。
「えぇ、まだまだ動けるわ」
そんなことを言う剣のプリンセスの頭を片手の手のひらでぽんと叩く。
「休憩も大事なことだ、一旦休め」
「……分かった」
「ああ、良い娘だなぁ!」
そう言われ、剣のプリンセスは息苦しそうに目を細める。
それから二人は休憩することとなった。先代は座に腰を下ろし、プリンセスはその近くの椅子として使えそうな黒い岩に座った。二人の距離は非常に近いということはない、が、小声でも話せるくらいの距離ではある。
岩に座った剣のプリンセスは、何か反応してほしそうな雰囲気で、はぁ、と溜め息を漏らす。
「どうしたあ?」
「……あたし、プリンセス向いてないかも」
剣のプリンセスは岩に座ったままで、太ももの上で両手を組む。
「馬鹿だし」
「何言ってんだぁ? 馬鹿なわけねぇだろ」
「でも!」
「何かあったのか?」
先代は座に腰を下ろしたまま目を開く。
それに対してプリンセスは少しばかり言いづらそうな顔をした、が、彼から「言えよ」と声をかけられたことで口を開く。
「あたし迷惑かけてばっかり! 悔しいよ!」
すると先代は立ち上がる。
そして手をぷるぷるさせている彼女に耳打ち。
「ならもう帰るな」
かけられた言葉が意外だったからか、口をぽかんと空けてしまう剣のプリンセス。
「え……」
「もうずっとここにいればいい。そうすれば悔しい思いをすることもないだろ」
剣のプリンセスは、それはそうだ、と思ったような顔をする。が、すべてを捨てることには多少迷いがあるようで、数秒してから「でもあたしはプリンセスだから」と発した。その言葉は己を鼓舞するもののようでもあるのだが、捉え方によっては一種の呪いのようでもある。
「帰っても希望はねぇんだろ?」
父娘、二人の視線が重なった。
少しして先に目を逸らしたのは剣のプリンセス。
「……周りは悪い人ばかりじゃないから、フォローもしてくれる、けど」
彼女の目もとは心なしか潤んでいた。
「本当はどう思ってるかなんて分かんない……」
その時、剣のプリンセスは黒に覆われる。
「えっ」
驚いた彼女は慌てて周囲を見回す。
視界の状態が直前までとは明らかに違っている。
確かにそこにいた先代も、座っていた岩も、座も――どれも今は目には入らない。
迷宮に入り込んでしまったかのような状況に陥る彼女の耳に飛び込んでくる追撃は言葉だった。
「情けないわねー。敵に操られて裏切るなんてー」
「ったく、やってらんねー。追放しろよ、あんなやつ」
「愚か者め」
「馬鹿だ」
「んもぉーダメダメですねっ」
「しっかりしてもらわなくては困りますよ」
一斉に聞こえてくる、批判するような声。
プリンセスプリンスらの声を利用して発される言葉たちの鋭利な先端は、剣のプリンセスの下へ傾き気味な心を躊躇なく抉ってゆく。
そして留めに。
「実は思っていたんですけど……剣のプリンセスさんて、強そうに見えて雑魚ですね」
クイーンの声が軽やかに告げた。
「いや……どうして……こんなの、って……」
誰も味方してくれない。
何が嘘か本当か分からなくなっている剣のプリンセスにとっては、聞こえるものすべてが本当で。
「嫌だ嫌だ嫌だ……どうして、どうして……!!」
彼女の瞳から涙が溢れた。
一度決壊するともはやどうしようもない。
剣のプリンセスは地に伏せて号泣する。時折片腕で目もとを擦るが、溢れる涙の勢いは決して止まらず。悲しみと絶望をはらんだ滴はぽろぽろとこぼれ落ち、黒だけの地面を濡らす。
溢れ出す黒い感情に涙することしかできずにいた――その時、身体に痺れるような痛みが走った。
そして彼女は目を覚ます。
「はっ……」
剣のプリンセスが意識を取り戻した時、彼女の傍には杖のプリンセスがいた。
「気がつきましたか」
「……杖、のプリンセス」
倒れていた剣のプリンセスはゆっくりと目を開き、杖のプリンセスが目の前にいることを改めて確認する。それから両腕に力を込め、少しずつ上半身を起こす。そんな彼女の目もとにはまだ涙の跡があった。
「あたし、一体」
「倒れていたのです。泣きながら」
「かっこ悪……」
「気にすることはありません」
杖のプリンセスは慣れない環境下だからか汗を拭っていた。
「少し攻撃しました、すみません」
「攻撃?」
「呼び掛けても反応がなかったので軽い攻撃を当ててみたのです。すると意識が戻りました」
あの痛みはそういうことか、と納得する剣のプリンセス。
味方に対して攻撃するとはかなりおかしなことだ。でも、今は状況が状況なので、剣のプリンセスとしては責めたり批判する気は一切ない。それどころか、目を覚まさせてくれたのだからむしろ感謝するところだと思っている。
「痛くありませんか」
「もう平気です」
二人は目を合わせてそう言葉を交わした。
「剣のプリンセス、何を泣いていたのです?」
「見られてました!? ……恥ずかし」
ほんのり顔を赤らめる剣のプリンセス。
「馬鹿にしているのではありません」
「ええと……嫌な夢? おかしな夢? そんな感じのを見たんです」
「夢。ではやはり、最近噂の敵ですか」
言ってから僅かに間を空け、杖のプリンセスは剣のプリンセスの身体を優しく抱き締めた。
「辛かったでしょう」
杖のプリンセスの口調は落ち着いたものだが、そこには、確かに優しさの色があった。
「え……ちょ、え……?」
「一人で抱えることはありません」
「杖のプリンセス……?」
「本当に辛い時には頼ってください、わたくしたちは仲間なのですから」
剣と剣が交わるたび、刃がぶつかるような甲高い音が響く。
湧き上がった汗の粒は彼女が動くたび宙に散り小さな宝石のように煌めく。
最初こそ違和感のようなものを感じていた剣のプリンセスだが、次第にそれも薄れ、剣を振っているうちに違和感などというものは手放してしまった。
「そろそろ休憩挟むかぁ」
やがて、先代はそんなことを言った。
「もう終わり!?」
「何だぁ? もっと続けたいのか?」
先代は剣のプリンセスに近づく。
そして。
「えぇ、まだまだ動けるわ」
そんなことを言う剣のプリンセスの頭を片手の手のひらでぽんと叩く。
「休憩も大事なことだ、一旦休め」
「……分かった」
「ああ、良い娘だなぁ!」
そう言われ、剣のプリンセスは息苦しそうに目を細める。
それから二人は休憩することとなった。先代は座に腰を下ろし、プリンセスはその近くの椅子として使えそうな黒い岩に座った。二人の距離は非常に近いということはない、が、小声でも話せるくらいの距離ではある。
岩に座った剣のプリンセスは、何か反応してほしそうな雰囲気で、はぁ、と溜め息を漏らす。
「どうしたあ?」
「……あたし、プリンセス向いてないかも」
剣のプリンセスは岩に座ったままで、太ももの上で両手を組む。
「馬鹿だし」
「何言ってんだぁ? 馬鹿なわけねぇだろ」
「でも!」
「何かあったのか?」
先代は座に腰を下ろしたまま目を開く。
それに対してプリンセスは少しばかり言いづらそうな顔をした、が、彼から「言えよ」と声をかけられたことで口を開く。
「あたし迷惑かけてばっかり! 悔しいよ!」
すると先代は立ち上がる。
そして手をぷるぷるさせている彼女に耳打ち。
「ならもう帰るな」
かけられた言葉が意外だったからか、口をぽかんと空けてしまう剣のプリンセス。
「え……」
「もうずっとここにいればいい。そうすれば悔しい思いをすることもないだろ」
剣のプリンセスは、それはそうだ、と思ったような顔をする。が、すべてを捨てることには多少迷いがあるようで、数秒してから「でもあたしはプリンセスだから」と発した。その言葉は己を鼓舞するもののようでもあるのだが、捉え方によっては一種の呪いのようでもある。
「帰っても希望はねぇんだろ?」
父娘、二人の視線が重なった。
少しして先に目を逸らしたのは剣のプリンセス。
「……周りは悪い人ばかりじゃないから、フォローもしてくれる、けど」
彼女の目もとは心なしか潤んでいた。
「本当はどう思ってるかなんて分かんない……」
その時、剣のプリンセスは黒に覆われる。
「えっ」
驚いた彼女は慌てて周囲を見回す。
視界の状態が直前までとは明らかに違っている。
確かにそこにいた先代も、座っていた岩も、座も――どれも今は目には入らない。
迷宮に入り込んでしまったかのような状況に陥る彼女の耳に飛び込んでくる追撃は言葉だった。
「情けないわねー。敵に操られて裏切るなんてー」
「ったく、やってらんねー。追放しろよ、あんなやつ」
「愚か者め」
「馬鹿だ」
「んもぉーダメダメですねっ」
「しっかりしてもらわなくては困りますよ」
一斉に聞こえてくる、批判するような声。
プリンセスプリンスらの声を利用して発される言葉たちの鋭利な先端は、剣のプリンセスの下へ傾き気味な心を躊躇なく抉ってゆく。
そして留めに。
「実は思っていたんですけど……剣のプリンセスさんて、強そうに見えて雑魚ですね」
クイーンの声が軽やかに告げた。
「いや……どうして……こんなの、って……」
誰も味方してくれない。
何が嘘か本当か分からなくなっている剣のプリンセスにとっては、聞こえるものすべてが本当で。
「嫌だ嫌だ嫌だ……どうして、どうして……!!」
彼女の瞳から涙が溢れた。
一度決壊するともはやどうしようもない。
剣のプリンセスは地に伏せて号泣する。時折片腕で目もとを擦るが、溢れる涙の勢いは決して止まらず。悲しみと絶望をはらんだ滴はぽろぽろとこぼれ落ち、黒だけの地面を濡らす。
溢れ出す黒い感情に涙することしかできずにいた――その時、身体に痺れるような痛みが走った。
そして彼女は目を覚ます。
「はっ……」
剣のプリンセスが意識を取り戻した時、彼女の傍には杖のプリンセスがいた。
「気がつきましたか」
「……杖、のプリンセス」
倒れていた剣のプリンセスはゆっくりと目を開き、杖のプリンセスが目の前にいることを改めて確認する。それから両腕に力を込め、少しずつ上半身を起こす。そんな彼女の目もとにはまだ涙の跡があった。
「あたし、一体」
「倒れていたのです。泣きながら」
「かっこ悪……」
「気にすることはありません」
杖のプリンセスは慣れない環境下だからか汗を拭っていた。
「少し攻撃しました、すみません」
「攻撃?」
「呼び掛けても反応がなかったので軽い攻撃を当ててみたのです。すると意識が戻りました」
あの痛みはそういうことか、と納得する剣のプリンセス。
味方に対して攻撃するとはかなりおかしなことだ。でも、今は状況が状況なので、剣のプリンセスとしては責めたり批判する気は一切ない。それどころか、目を覚まさせてくれたのだからむしろ感謝するところだと思っている。
「痛くありませんか」
「もう平気です」
二人は目を合わせてそう言葉を交わした。
「剣のプリンセス、何を泣いていたのです?」
「見られてました!? ……恥ずかし」
ほんのり顔を赤らめる剣のプリンセス。
「馬鹿にしているのではありません」
「ええと……嫌な夢? おかしな夢? そんな感じのを見たんです」
「夢。ではやはり、最近噂の敵ですか」
言ってから僅かに間を空け、杖のプリンセスは剣のプリンセスの身体を優しく抱き締めた。
「辛かったでしょう」
杖のプリンセスの口調は落ち着いたものだが、そこには、確かに優しさの色があった。
「え……ちょ、え……?」
「一人で抱えることはありません」
「杖のプリンセス……?」
「本当に辛い時には頼ってください、わたくしたちは仲間なのですから」
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