プリンセス・プリンス 〜名もなき者たちの戦い〜

四季

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episode.62 怒りの決意

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 壁も床も天井もすべて黒く塗り潰された部屋、棺の中で目覚めるアザリケ。ううんと声をこぼしてから、腕で支えるようにして上半身をゆっくりと縦にする。ちょうどそのタイミングで扉が開き、入ってきたのは剣のプリンセスと若干共通点のある容姿の男性。

「あぁ疲れた。やはり、情けない部下しかいないと駄目だな」
「誰?」

 見知らぬ人の登場に困惑したような顔をするアザリケ。

「調子に乗るなよアザリケ。俺は元影だ、お前より偉いんだ」
「その話……本当なんですか?」

 アザリケはまだ信じきっていない。

 だが信じられないのも無理はない、影は明らかに別のものへと姿を変えたのだから。もちろん、以前の姿をよく知ってはいても、である。今の彼があの影と同一人物であるとは簡単には信じられない、それは普通のこと。

「話し方とかまったく違いますよね? まだ信じられません」
「あ! れ! は! ……それらしく振る舞ってただけだ。そういうことだから、こっちが素なんだよ!!」
「ええ……」

 アザリケは言葉通りの面持ちを作っている。
 相手に良く思われようとするような振る舞い方ではない。

「しっかしアザリケ……どこまで馬鹿なんだ!」
「何ですかその言い方」
「脱走女を仕留めるなどという簡単な任務のためにプリンセスを二人も貸してやったというのに!
失敗してさらに負けるとは! 馬鹿だろ!」

 男性は一方的に鋭い言葉を投げつけた。
 それから少し間を空けて。

「ま、もういいや。決めた。アザリケ、お前、もう処分な」

 アザリケへの興味は一切なくなった、とでも言いたげな冷ややかな目つきをして、男性はそう言った。腕組みをしたまま真っ直ぐに立っている彼だが、冷めたような感情の滲む顔面をぴくりとも動かさない。ただし、瞳だけは、静かにアザリケへ向いている。

「え……。な、何ですかそれ! いきなり過ぎます!」
「仕方ないだろ無能なんだから」

 男性はアザリケに接近していく。
 アザリケは恐怖を感じてか棺から足を出して後退した。

「本気ですか!?」
「もちろーん」
「ま、待って! 待ってください! 処分は勘弁してください!」

 二人の足はほぼ同時に動く。アザリケは着実に後方へ移動しているのだが、男性が前に出てくるため、両者の間の距離は変わらない。そうしているうちに、アザリケの背に壁が触れる時が来て。逃げ場を失ったアザリケは表情をひきつらせる。

 だが男性は躊躇なく迫る。
 そして、禍々しい剣を取り出した。

「お前は失敗ばかり繰り返す」

 剣先をアザリケの胸もとへ突きつけ、男性は続ける。

「使えないやつは用済み」

 アザリケは壁を背にしてただ震えることしかできない。

「お別れだ」

 言い終わった時には、男性の剣がアザリケを仕留めていた。

 アザリケは塵となり消える。

 訪れる静寂。そこへ一人の女性がやって来る。その女性というのは、ここで多数働いている無機質な女性たちのうちの一人である。つまり、今はアオと呼ばれている彼女の元同僚。髪型に多少の差はあれど、基本的にはアオと同じような仕様である。

「終わられたようですね」
「あぁ、今な」
「この後はどう致しますか」

 女性は淡々と言葉を紡ぐ。

「そうだなー、ま、あの馬鹿女を退治したいとこだが……」

 男性は握っていた剣を一旦消す。

「例の脱走個体ですね」
「そうそう。だがなぁ、やることは他にもあるんだよこれが。あーあー忙しー」
「他、と言いますと?」
「まずはプリンセスプリンスの仕組みをぶっ潰す。で、護られてるくせに調子に乗ってやがるあのクソ生意気な人間どももぶちのめす。負の情を掻き立てて互いに殺し合わせるーってのも悪くないかもな」

 男性の言葉には気持ち不自然なくらい感情が乗っている。

「それはやはりプリンス経験者であるがゆえの心情でしょうか――元・剣のプリンス」

 女性は、淡々とした調子のまま、しかし少し興味があるかのような調子で言葉を発した。
 男性――先代である、元・剣のプリンスに対して。

「ま、あんなことされたら誰でもこう思うだろ」
「あんなこと、とは?」
「はーあぁ、思い出すだけでも溜め息止まらねえわ」

 元・剣のプリンスはあからさまな大きな溜め息をわざとらしく連発。
 それから女性へ視線を向ける。

「愚痴さ、ちょこっと聞いてくれよ」

 女性は眉一つ動かさなかったが、一礼して「承知しました」と返した。

 その後、元・剣のプリンスは部屋の床に腰を下ろし、愚痴という名の昔話を始める。

「俺らはさ、最初からそうなるって決められてて、それで戦ってたんだ。運命だから仕方ないー、人間は弱いから仕方ないー、って。思ってたよ。でもなぁ……あいつらは俺らがどうやって生きてきたか知りもしないくせにある時俺らに向かって言ったんだ『化け物だ』って」

 そこまで言い、彼は振り上げた片足を勢いよく下ろして足の裏で床を叩いた。

「酷すぎんだろ!!」

 今の彼はまるで酔っ払いのようである。

 女性は近くに立ったままで真面目に話を聞いている。

 彼女の青い瞳には感情のようなものは存在しない。話を聞くことはするが、心に波が生まれることはない。常に夜の湖の水面のように静まり返っている、それが彼女――否、彼女たちの本来の精神だ。作られた生命の、本来の姿。

「こっちだってやりたくてやってねぇんだよ! 俺だって、見ず知らずの人間なんぞを護るために傷つきたくねえよ! 俺らだけ傷ついて俺らだけ暴言吐かれるとか、理不尽過ぎるだろ!」
「はい」
「こんな制度、もう終わりにする。それが未来の誰かを救うだろう。だから俺はやる。たとえ今のプリンセスプリンスに敵とみなされても! それでも変える!」
「すべて破壊する気であるからこそ、娘さんはこちらへ連れてこられたのですね」
「そういうことー」

 立ち上がる元・剣のプリンス。

「じゃ、俺は次進むから。愚痴に付き合わせて悪かったなぁ」
「いえ」
「またなー。……ま、次会ってもどれがどれだか分からねぇけどな」
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