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第百四回 樽倉 綾香(2)
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一分ほど経って、綾香はシュダルクをずるずると引きずりながら、事務所の中へ戻ってきた。
「なぜ怒るのかね、綾香。わたしはただ、綾香のことを思って……イタタタタ」
「何してんのよ、アンタ」
「愛する人の背を見守るのは男として当ぜ——」
「愛する人に恥をかかせるのは男として当然、ですって?」
「いや、違——アタタタタ!!」
電信柱から覗くなどという行為を平然とやってのけたシュダルクも凄いとは思うが、そんな彼を豪快に引っ張る綾香はもっと凄いと思ってしまう。
「岩山手くん! 教えてくれて、ありがとうございました!」
「いえ」
「おかげで恥を最小限にすることができました!」
「い、いえ……お気になさらず……」
綾香の真の姿を見てしまったような気がして、僕は完全に怯んでしまった。
「岩山手くん、本当に感謝していますからね!」
「綾香、嫉妬させようとしても無——」
「逆に岩山手くんが困った時があれば、いつでも呼んで下さいね!」
シュダルクは口を挟もうとしていたが、綾香はそれを完全に無視していた。意図的に無視している、というような雰囲気だ。
「……ふ。馬鹿馬鹿しいよ、綾香。そのような坊やに嫉妬するわたしではな——」
「あ、そういえば! 岩山手くん、今度お茶でも行きません?」
「それは認めんッ!!」
シュダルクは突如大声を出した。
「えー」
呆れたようにシュダルクの方を見る綾香。
「いくら岩山手くんとはいえ! 我が妻に手を出すことは許さな——ぐばっ!!」
攻撃的な発言をしようとしたシュダルクの頬に、綾香の拳が直撃する。いきなり殴られたシュダルクは、ふらぁ、とよろけていた。
「な、何をするのかね……綾香……」
「いちいち余計なこと言わなくていいから!」
「そうか、綾香は……わたしが愛を表現するのが恥ずかしかったのだ——」
「もう一回殴られたいの?」
「……いや、もういい」
怪人シュダルクも、愛する綾香の前では無力。
僕は今、それを学んだ。
妻の方が強い力を持っている夫婦も多いと聞くが、その説も間違いではないのかもしれない。
そんなことを考えると夢がないけれど。
でも、いつだって夢がないのが現実だ。
「ってことで、お世話になりました!」
「あ、いえ。わざわざありがとうございます」
綾香が丁寧に頭を下げてきたので、同じように頭を下げ返しておいた。
そこへ、シュダルクが言葉を挟んでくる。
「……気を取り直して。わたしからも礼を言うよ、岩山手くん」
シュダルクはうやうやしくお辞儀する。
「いえいえ。この前の件は解決なさったのですか?」
「あぁ、解決したとも。結局わたしの誤解だったのだよ」
誤解だったのか。
薄々そんな気はしたが、本当にそうだったとは驚きだ。
「岩山手くんのアドバイスを参考にして良かった。おかげでこうして、今も、綾香と仲良しでいられている」
引きずられ、叱られ、殴られ。
仲良しと言えるのだろうか……。
いや、僕の感覚だけで判断するのは良くない。
僕から見れば仲良しとは思えなくても、シュダルクの感覚で見れば仲良しなのかもしれない。そういうのは、広い世の中ではよくあることだ。
「では、失礼するよ」
「まったねー!」
シュダルクと綾香は、隣に並んで、一緒に出ていく。
「んな!? 『まったねー』など、わたしにも言ってくれないではないか!?」
「何でアンタにそんなことを言わなくちゃならないのよ」
「わたしにも言ってくれたまえ、綾香」
「……は? 嫌」
「なぜ怒るのかね、綾香。わたしはただ、綾香のことを思って……イタタタタ」
「何してんのよ、アンタ」
「愛する人の背を見守るのは男として当ぜ——」
「愛する人に恥をかかせるのは男として当然、ですって?」
「いや、違——アタタタタ!!」
電信柱から覗くなどという行為を平然とやってのけたシュダルクも凄いとは思うが、そんな彼を豪快に引っ張る綾香はもっと凄いと思ってしまう。
「岩山手くん! 教えてくれて、ありがとうございました!」
「いえ」
「おかげで恥を最小限にすることができました!」
「い、いえ……お気になさらず……」
綾香の真の姿を見てしまったような気がして、僕は完全に怯んでしまった。
「岩山手くん、本当に感謝していますからね!」
「綾香、嫉妬させようとしても無——」
「逆に岩山手くんが困った時があれば、いつでも呼んで下さいね!」
シュダルクは口を挟もうとしていたが、綾香はそれを完全に無視していた。意図的に無視している、というような雰囲気だ。
「……ふ。馬鹿馬鹿しいよ、綾香。そのような坊やに嫉妬するわたしではな——」
「あ、そういえば! 岩山手くん、今度お茶でも行きません?」
「それは認めんッ!!」
シュダルクは突如大声を出した。
「えー」
呆れたようにシュダルクの方を見る綾香。
「いくら岩山手くんとはいえ! 我が妻に手を出すことは許さな——ぐばっ!!」
攻撃的な発言をしようとしたシュダルクの頬に、綾香の拳が直撃する。いきなり殴られたシュダルクは、ふらぁ、とよろけていた。
「な、何をするのかね……綾香……」
「いちいち余計なこと言わなくていいから!」
「そうか、綾香は……わたしが愛を表現するのが恥ずかしかったのだ——」
「もう一回殴られたいの?」
「……いや、もういい」
怪人シュダルクも、愛する綾香の前では無力。
僕は今、それを学んだ。
妻の方が強い力を持っている夫婦も多いと聞くが、その説も間違いではないのかもしれない。
そんなことを考えると夢がないけれど。
でも、いつだって夢がないのが現実だ。
「ってことで、お世話になりました!」
「あ、いえ。わざわざありがとうございます」
綾香が丁寧に頭を下げてきたので、同じように頭を下げ返しておいた。
そこへ、シュダルクが言葉を挟んでくる。
「……気を取り直して。わたしからも礼を言うよ、岩山手くん」
シュダルクはうやうやしくお辞儀する。
「いえいえ。この前の件は解決なさったのですか?」
「あぁ、解決したとも。結局わたしの誤解だったのだよ」
誤解だったのか。
薄々そんな気はしたが、本当にそうだったとは驚きだ。
「岩山手くんのアドバイスを参考にして良かった。おかげでこうして、今も、綾香と仲良しでいられている」
引きずられ、叱られ、殴られ。
仲良しと言えるのだろうか……。
いや、僕の感覚だけで判断するのは良くない。
僕から見れば仲良しとは思えなくても、シュダルクの感覚で見れば仲良しなのかもしれない。そういうのは、広い世の中ではよくあることだ。
「では、失礼するよ」
「まったねー!」
シュダルクと綾香は、隣に並んで、一緒に出ていく。
「んな!? 『まったねー』など、わたしにも言ってくれないではないか!?」
「何でアンタにそんなことを言わなくちゃならないのよ」
「わたしにも言ってくれたまえ、綾香」
「……は? 嫌」
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