悪の怪人☆お悩み相談室

四季

文字の大きさ
上 下
116 / 116

第百五回 心は同じ

しおりを挟む
 突然現れた綾香とシュダルクは、嵐のように去っていった。僕はただそれをぼんやりと見ていることしかできなくて。けれど、二つ並んだ背中を目にしたら、何だか妙に心が温まった。

 人間と怪人。
 姿形は違っていても、心は同じ。

 だからきっと、仲良くもなれる。

 もちろん、心ないことをする怪人だって存在するだろう。でもそれは人間だって同じで。心ない人間もいれば、心優しい怪人もいる。

 そんなことを考えていた時。

「岩山手くん!」

 いつも怪人の相談に乗る時に使っている個室から、由紀が出てきた。

「あ、由紀さん」
「シュダルクさん元気そうだったね!」

 由紀の口からシュダルクの話が出てきたのは、少し驚きだった。

「聞いていらっしゃったのですか?」
「うん。よく聞こえてたよ」
「よく!?」
「元気そうだったね!」
「確かに。そうでしたね」

 元気でない、ということはなかった。

「幸せそうで何よりです」

 シュダルクは綾香にかなり乱雑に扱われていたが、嫌そうな顔をしてはいなかった。綾香は素直でないが、シュダルクのことを嫌っている雰囲気ではなかった。

 ある意味、ベストカップルと言えよう。

「それにしても、人間と怪人の夫婦なんて珍しいですよね」

 何げなく言うと、由紀は困り顔になる。

「うん。まだなかなかねー……」

 由紀を困り顔にしてしまったことに罪悪感を抱きつつも、「困り顔も悪くない」と少し思ってしまった。

 悪い男だなぁ、僕も。
 ……なんて、心の中で呟いてみる。

「あと十年もすれば、人間と怪人のカップルというのも、普通になりますかねー」
「どうかなぁ……」

 由紀は珍しく頷かなかった。
 不思議に思い、確認する。

「まだまだ無理そうですか?」

 その確認に、由紀は首を左右に動かす。

「いいえ。無理と決まっているわけではないわ。でも、それは皆の心次第」

 彼女はすべてをはっきり述べることはしない。でも僕には、彼女が言おうとしていることが、何となく分かる気がした。

 時が解決してくれることはたくさんある。
 でも、すべてがそうではない。

「ま、けど! いつかはそんな時代が来るといいよね!」
「はい。僕もそう思います」

 人間と怪人が同じように暮らす社会なんて、今はまだ、ちっとも想像できないけれど。

「そんな時代が来たら、楽しいことになりそうですよね」
「えぇ」

 僕の発言に、由紀は頷く。

「……あ。でも、そうなったら、このお悩み相談室の必要性がなくなってしまいますかね……」

 それは困る。
 もしお悩み相談室が潰れたら、僕はまた無職になってしまうから。

 ……それに。

 由紀とこうして一緒に過ごす時間がなくなってしまうのも、嫌だ。また孤独な世界に戻るのは、耐えられない。

「ふふ。そうかもね?」
「……正直、僕は嫌です」

 うっかり口を滑らせてしまった。

「え?」
「ここがなくなるのは……嫌です」

 気づけば僕は、自然と本心を話してしまっていた。
 僕の不自然な行動を不思議に思ったのか、由紀は困惑した顔で尋ねてくる。

「人と怪人が分かり合える時代、来てほしくないってこと?」

 その問いに、慌てて首を横に動かす。

 そうじゃない。
 そういうことじゃないんだ。

「違います。僕はただ……」
「ただ?」
「由紀さんと一緒に働けるこの場所を、失いたくないんです」

 僕が本心を述べた後、しばらく、由紀は言葉を失っていた。

 ——が、三十秒ほど経過してから、彼女は穏やかに微笑んだ。

「ありがと」
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...