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2.学園編
第14章 確執、しかも2つも
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「いててててっ。もしかして……これが筋肉痛?」
「今まで筋肉痛の経験ないってどれだけ温室育ちなんですか」
マクシミリアンとグランは授業の合間の休み時間に廊下で立ち話をしていた。クラウディアは男子棟までは入ってこれない。2人は別々のクラスなので、グランもマクシミリアンの普段の授業の様子まで把握できず、直接本人に聞いて変わったことがないか定期的にチェックしていた。
「ジュリアンと外遊びした時もそれなりに疲れたけど、今回は半端じゃない。小さいころは病気がちだったから余り外に出られなかったし……大きくなってからは森によく行ったから歩くのだけは得意だったけど」
「部活は最近どうですか。筋肉痛になってるくらいなら下働き以外のこともやってるんでしょ」
「部長に話したらなぜか洗濯物の量が減ったからトレーニングをする時間もできた。それでこの筋肉痛なんだけど」
「お嬢様が、殿下がいじめられていないか心配してましたよ。全く過保護なんだから」
「今のところそういうのは特にないよ。鈍いからよく分かんないけど」
「鈍いくらいの方がいいと思いますよ。気にしてたらキリがないし。そろそろ鐘が鳴りそうだからこの辺で、またお昼に」
グランと別れた後、マクシミリアンは2階の講義室へと急いだ。今のところ学園生活は順調、だと思う。マクシミリアンは人の悪意に触れた経験が余りないから、クラウディアが心配していることがピンとこなかった。クラウディアは折に触れ「学園は伏魔殿ですのよ!殿下も取って食われないように注意してください!」と言うが、今のところ怖い思いはしたことがない。何となくこのまま続くんじゃないかな、マクシミリアンは漠然とそんな風に考えていた。
3時限目は選択授業のアッシャー帝国史だ。自国の歴史は必修授業のためクラスで受けるが、選択授業は教室を移動して違う学年の生徒と一緒に受けることになっていた。家庭教師やシーモア夫人経由で知っている内容も多かったが、学校ではどう教えているのか興味があった。将来外交官になる者もおり近隣諸国の歴史も知っておく必要があるので、そこそこ人気の講義である。講堂には40人くらいの生徒がいた。短髪に丸眼鏡をかけた50代くらいの教師が板書しながら解説をしていた。
「近隣諸国の中で良くも悪くも因縁が深いアッシャー帝国だが、最も大きな戦は建国暦1556年、ジブレル砦の戦いだ。この戦は双方に大きな犠牲を出し、1万人もの戦死者が出たとされる。さてこの戦の発端となった事件は?」
前の席にいた赤毛の少年が指された。
「アッシャー帝国に派遣された我が国の王女が殺害された事件です」
「その通り。他に付け足す者はいるか?」
マクシミリアンはこういう時手を挙げていいのか少し迷ったが、思い切って発表してみることにした。
「王女は実はアッシャー帝国の貴族と恋仲になっていて、それを聞いたマール王国側が王女を裏切り者とみなし殺害して、帝国に罪をなすりつけたと聞いています」
教室がざわっとした。あれ? 僕間違っていた? マクシミリアンは確かにそう伝え聞いていた。しかし、出所がシーモア夫人だったため、アッシャー帝国の一方的な解釈かもしれない。
「あっ……そこまでは学校では教えていない。殿下は家庭教師からそれ以上のことを学ばれたかもしれないが……」
教師はもごもご言って急に話題を変えた。もしかして言ってはいけないことだったのかもしれない。マクシミリアンは後悔したがすでに遅かった。先ほど発表した赤毛の少年がこちらをにらんでいる。もう授業では発表せず目立たないようにしようと思った。
「現在もなお我が国とアッシャー帝国は難しい関係だが、民間の交流は盛んだし友好を結ぼうという機運も高まっている。近々向こうの皇太子が遊学に来るという噂もあるし、国境を接している国と仲良くするのはいつでもどこでも至難の業だから長い目で見ないとな。では今日はここまで」
その後は何事もなく進み、教師が当たり障りない結論めいたことを言ったところで鐘が鳴った。マクシミリアンは、どうしても先程の赤毛の少年が気になっていた。自分のせいで恥をかかせてしまったかもしれない。一言断っておいた方がよい気がして、帰り支度をしていた少年に近づいた。
「あのー、さっきのことだけど、僕が言った内容はアッシャー帝国出身のお世話係から教えてもらったことだからちょっと偏っているかもしれない。まるっきり真実ではないかもしれないから、気分を害したらごめん、謝っとく」
ここまで言えば相手も許してくれるだろうと軽く考えていたが、少年は怒気をはらんだ声で言い返してきた。
「いつも先に仕掛けてくるのは帝国の方じゃないか! 半分帝国人のお前にとっては向こうが正義なんだろうけど」
そんなことを言われたのは初めてだったので、マクシミリアンは固まってしまった。少年の隣にいた生徒が「バカ! お前何言ってんだよ! すぐに謝れよ」と慌てて叫ぶが、少年はひるまずになおもマクシミリアンを睨みつけた。
「僕はマール王国人だよ。アッシャー帝国には一度も行ったことがないし、あの国のことは何も知らない」
「その見た目で王国人なわけがないだろ! だから今まで隠れていたんだろ!」
そうだったの? マクシミリアンは全く意識してなかったのでびっくりした。父上が僕の存在を隠したのは毒殺されるのを恐れただけではなかったのか。そう考えると、たまにしか会わない親戚から冷たい視線を向けられたり、村の学校でも異分子扱いされたことが腑に落ちる。同時になんでもっと早く気付かなかったんだろうと、自分がとんでもないバカのような気持ちになった。
「今までそんなこと考えたこともなかった。でもどうして君は僕に辛く当たるの? 僕が何かした?」
マクシミリアンは、それでも信じられないと言ったように食い下がった。
「お前の母親が死んだ時、反帝国派だった父上が疑われた。それ以来うちは要職からも外され左遷された。お前がいなけりゃこんなことにはならなかったんだ」
「これ以上やめろ! 申し訳ありませんでした、どうかお許しください! さあ行こう!」
隣の生徒が赤毛の少年の頭を無理やり下げさせ、袖を引っ張って足早に講義室から出て行った。マクシミリアンは呆然としたまま、しばらくその場を離れられなかった。
**********
「そいつ死刑ですわね」
その日の昼休み、話を聞いたクラウディアはきっぱり断言した。
「お嬢様が言うとシャレになんないからやめろよ! 下手に実行力あるから怖いんだよ」
「あら、わたくしは本気でしてよ? 第一これがアレックス殿下ならここまでズケズケと言えまして? マクシミリアン殿下だから舐めた態度を取るんです。不敬にも程がありますわ。殿下、相手の名前は聞いておかなかったんですの?」
「名前聞くの忘れちゃった……でも気にすることはないよ。僕も無神経だったし、学園なんだから色んな人がいるってこと忘れてた」
「真相が明らかになったんだから、全て打ち明けて誤解を解いたらいいんじゃないの? 陛下にも相談して、そいつの家の名誉回復してもらえれば?」
「それはまだできない。アレックスが知ったらきっと傷つくし、僕が学園に入学したことが負担になってるみたいだから、これ以上嫌な思いをさせたくない」
シンシアの死の真相は、ごく限られた範囲の人物しか教えられなかった。国王とマクシミリアン以外は、クラウディアとその家族、グランくらいしか知らないことだ。アレックスもまた、幼い頃に父が自害し、持病と心労が祟って母も早世したのだから、被害者の一人と言ってもよかった。ほぼ大人とは言え、事実を知ったら衝撃を受けるに違いない。仲がいいとは言えないはずの兄弟(実際は従兄弟)だが、それでもマクシミリアンはアレックスのことを気遣っていた。
「このことで殿下が引け目を感じることは少しもないんですよ。堂々と胸を張ってください」
「ありがとう。クラウディアはいつも優しいね。でも僕は気にしてないから大丈夫だよ」
マクシミリアンはそう言って、にこっといつもの笑顔を見せた。
彼はいつも大丈夫と言うが、心が傷ついていないはずがない。人の悪意に気づきにくいのも、幼いころから悪意に晒されてきたから鈍感でなければ生きていけなかったのかもとクラウディアは考えた。身近にいたシーモア夫人は肉親のような愛情を注いだとは言えないし、父は遠い存在で、常に愛情に飢えていたはずだ。そんな環境なら、図太くなることで心を守るしかない。
クラウディアは殿下が心配ですわと食い下がったが、そろそろ時間だからとグランに引き離された。そして、マクシミリアンはグランと男子棟に戻り、自分のクラスに帰ってから次の授業の準備をしていた。
にわかに教室がざわざわとしたのでふと顔を上げた。出入口を見るとアレックスがマクシミリアンの教室まで来ている。一人のクラスメートが緊張した面持ちで「殿下に用があるって」と伝えに来た。やれやれ、今日は面倒くさい日だ。二人の王子が学内で会うことなど今までなかったし仲もよくないと噂されていたので、アレックスの方から会いに来たというのは誰もが驚いた。マクシミリアンが廊下に出ると、アレックスは顎をくいと階段のある方向に向けた。ここでは人の目があるから、人気のないところまで着いてこいという合図と解釈して、マクシミリアンはアレックスの後を着いていった。
屋上へと続く階段の踊り場まで来てアレックスは立ち止まり、真正面からマクシミリアンを見た。マクシミリアンも見つめ返したが、今までまじまじとアレックスの顔を見たことがないことに気が付いた。男性の目から見ても、アレックスは王族特有の美しく整った顔つきをしていた。その反面、瞳の色は深い青で長いまつ毛も色素が薄く、繊細さを内側に秘めている印象を受ける。年齢は同じ17歳で、マクシミリアンの方が数か月先に生まれたが、よく鍛えられた均整の取れた体格を見ると、向こうの方が年上に見えるのも仕方なかった。
「午前中の授業のことだけど」
ぶっきらぼうにアレックスが切り出した。
「帝国の話題は学園ではするな。お前のような奴がしていい話じゃないだろ」
「デリケートな話題というのは分かったけど、どうして僕が触れちゃいけないの?」
マクシミリアンは正直に分からないと言ったが、それを聞いてアレックスは呆れた表情を隠さなかった。
「いくら父上の実子とはいえ、その黒い髪と目でお前はマール王国の人間と見られていないんだよ。ぽっと出の王子では信頼もされないし、受け入れない者も多い。帝国には親族を殺されたりして恨みを持つ者が多いから、お前の存在は王室にとっても都合が悪いんだ。父上を思うなら目立たないようにしろ。最近部活にも入ったみたいだが、お前みたいのが拳闘部とか冗談だろ? その辺の雑草でも観察してりゃ十分じゃないか」
マクシミリアンは黙って聞いていたが、聞き終わると微笑しながらもアレックスの目を見据えてはっきりした口調で言った。
「僕のことを心配してくれてありがとう。帝国の話題はもうしないよ。でもそれ以外は好きにさせてもらう。見た目が他の人と違うからって、引け目に感じたり遠慮したりするのはおかしいと思う。迷惑をかけたら申し訳ないけど、でもそれは僕のせいじゃない」
「はっ、お前何を言ってるんだ? 人がせっかく忠告してやったのに」
「僕の人生は僕しか生きられないってことだよ。幸せにするのは自分しかいない。だから悔いが残らないように今を精一杯生きる。それは誰にも邪魔させない」
「勝手にしろ! 俺は言ったからな。後悔しても知らないぞ」
そう言うと、アレックスは憤然として去って行った。マクシミリアンはしばらくその場に残っていたが、一言「森に行きたいなあ」とつぶやきため息をついてから、ゆっくりした足取りでその場を去った。
「今まで筋肉痛の経験ないってどれだけ温室育ちなんですか」
マクシミリアンとグランは授業の合間の休み時間に廊下で立ち話をしていた。クラウディアは男子棟までは入ってこれない。2人は別々のクラスなので、グランもマクシミリアンの普段の授業の様子まで把握できず、直接本人に聞いて変わったことがないか定期的にチェックしていた。
「ジュリアンと外遊びした時もそれなりに疲れたけど、今回は半端じゃない。小さいころは病気がちだったから余り外に出られなかったし……大きくなってからは森によく行ったから歩くのだけは得意だったけど」
「部活は最近どうですか。筋肉痛になってるくらいなら下働き以外のこともやってるんでしょ」
「部長に話したらなぜか洗濯物の量が減ったからトレーニングをする時間もできた。それでこの筋肉痛なんだけど」
「お嬢様が、殿下がいじめられていないか心配してましたよ。全く過保護なんだから」
「今のところそういうのは特にないよ。鈍いからよく分かんないけど」
「鈍いくらいの方がいいと思いますよ。気にしてたらキリがないし。そろそろ鐘が鳴りそうだからこの辺で、またお昼に」
グランと別れた後、マクシミリアンは2階の講義室へと急いだ。今のところ学園生活は順調、だと思う。マクシミリアンは人の悪意に触れた経験が余りないから、クラウディアが心配していることがピンとこなかった。クラウディアは折に触れ「学園は伏魔殿ですのよ!殿下も取って食われないように注意してください!」と言うが、今のところ怖い思いはしたことがない。何となくこのまま続くんじゃないかな、マクシミリアンは漠然とそんな風に考えていた。
3時限目は選択授業のアッシャー帝国史だ。自国の歴史は必修授業のためクラスで受けるが、選択授業は教室を移動して違う学年の生徒と一緒に受けることになっていた。家庭教師やシーモア夫人経由で知っている内容も多かったが、学校ではどう教えているのか興味があった。将来外交官になる者もおり近隣諸国の歴史も知っておく必要があるので、そこそこ人気の講義である。講堂には40人くらいの生徒がいた。短髪に丸眼鏡をかけた50代くらいの教師が板書しながら解説をしていた。
「近隣諸国の中で良くも悪くも因縁が深いアッシャー帝国だが、最も大きな戦は建国暦1556年、ジブレル砦の戦いだ。この戦は双方に大きな犠牲を出し、1万人もの戦死者が出たとされる。さてこの戦の発端となった事件は?」
前の席にいた赤毛の少年が指された。
「アッシャー帝国に派遣された我が国の王女が殺害された事件です」
「その通り。他に付け足す者はいるか?」
マクシミリアンはこういう時手を挙げていいのか少し迷ったが、思い切って発表してみることにした。
「王女は実はアッシャー帝国の貴族と恋仲になっていて、それを聞いたマール王国側が王女を裏切り者とみなし殺害して、帝国に罪をなすりつけたと聞いています」
教室がざわっとした。あれ? 僕間違っていた? マクシミリアンは確かにそう伝え聞いていた。しかし、出所がシーモア夫人だったため、アッシャー帝国の一方的な解釈かもしれない。
「あっ……そこまでは学校では教えていない。殿下は家庭教師からそれ以上のことを学ばれたかもしれないが……」
教師はもごもご言って急に話題を変えた。もしかして言ってはいけないことだったのかもしれない。マクシミリアンは後悔したがすでに遅かった。先ほど発表した赤毛の少年がこちらをにらんでいる。もう授業では発表せず目立たないようにしようと思った。
「現在もなお我が国とアッシャー帝国は難しい関係だが、民間の交流は盛んだし友好を結ぼうという機運も高まっている。近々向こうの皇太子が遊学に来るという噂もあるし、国境を接している国と仲良くするのはいつでもどこでも至難の業だから長い目で見ないとな。では今日はここまで」
その後は何事もなく進み、教師が当たり障りない結論めいたことを言ったところで鐘が鳴った。マクシミリアンは、どうしても先程の赤毛の少年が気になっていた。自分のせいで恥をかかせてしまったかもしれない。一言断っておいた方がよい気がして、帰り支度をしていた少年に近づいた。
「あのー、さっきのことだけど、僕が言った内容はアッシャー帝国出身のお世話係から教えてもらったことだからちょっと偏っているかもしれない。まるっきり真実ではないかもしれないから、気分を害したらごめん、謝っとく」
ここまで言えば相手も許してくれるだろうと軽く考えていたが、少年は怒気をはらんだ声で言い返してきた。
「いつも先に仕掛けてくるのは帝国の方じゃないか! 半分帝国人のお前にとっては向こうが正義なんだろうけど」
そんなことを言われたのは初めてだったので、マクシミリアンは固まってしまった。少年の隣にいた生徒が「バカ! お前何言ってんだよ! すぐに謝れよ」と慌てて叫ぶが、少年はひるまずになおもマクシミリアンを睨みつけた。
「僕はマール王国人だよ。アッシャー帝国には一度も行ったことがないし、あの国のことは何も知らない」
「その見た目で王国人なわけがないだろ! だから今まで隠れていたんだろ!」
そうだったの? マクシミリアンは全く意識してなかったのでびっくりした。父上が僕の存在を隠したのは毒殺されるのを恐れただけではなかったのか。そう考えると、たまにしか会わない親戚から冷たい視線を向けられたり、村の学校でも異分子扱いされたことが腑に落ちる。同時になんでもっと早く気付かなかったんだろうと、自分がとんでもないバカのような気持ちになった。
「今までそんなこと考えたこともなかった。でもどうして君は僕に辛く当たるの? 僕が何かした?」
マクシミリアンは、それでも信じられないと言ったように食い下がった。
「お前の母親が死んだ時、反帝国派だった父上が疑われた。それ以来うちは要職からも外され左遷された。お前がいなけりゃこんなことにはならなかったんだ」
「これ以上やめろ! 申し訳ありませんでした、どうかお許しください! さあ行こう!」
隣の生徒が赤毛の少年の頭を無理やり下げさせ、袖を引っ張って足早に講義室から出て行った。マクシミリアンは呆然としたまま、しばらくその場を離れられなかった。
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「そいつ死刑ですわね」
その日の昼休み、話を聞いたクラウディアはきっぱり断言した。
「お嬢様が言うとシャレになんないからやめろよ! 下手に実行力あるから怖いんだよ」
「あら、わたくしは本気でしてよ? 第一これがアレックス殿下ならここまでズケズケと言えまして? マクシミリアン殿下だから舐めた態度を取るんです。不敬にも程がありますわ。殿下、相手の名前は聞いておかなかったんですの?」
「名前聞くの忘れちゃった……でも気にすることはないよ。僕も無神経だったし、学園なんだから色んな人がいるってこと忘れてた」
「真相が明らかになったんだから、全て打ち明けて誤解を解いたらいいんじゃないの? 陛下にも相談して、そいつの家の名誉回復してもらえれば?」
「それはまだできない。アレックスが知ったらきっと傷つくし、僕が学園に入学したことが負担になってるみたいだから、これ以上嫌な思いをさせたくない」
シンシアの死の真相は、ごく限られた範囲の人物しか教えられなかった。国王とマクシミリアン以外は、クラウディアとその家族、グランくらいしか知らないことだ。アレックスもまた、幼い頃に父が自害し、持病と心労が祟って母も早世したのだから、被害者の一人と言ってもよかった。ほぼ大人とは言え、事実を知ったら衝撃を受けるに違いない。仲がいいとは言えないはずの兄弟(実際は従兄弟)だが、それでもマクシミリアンはアレックスのことを気遣っていた。
「このことで殿下が引け目を感じることは少しもないんですよ。堂々と胸を張ってください」
「ありがとう。クラウディアはいつも優しいね。でも僕は気にしてないから大丈夫だよ」
マクシミリアンはそう言って、にこっといつもの笑顔を見せた。
彼はいつも大丈夫と言うが、心が傷ついていないはずがない。人の悪意に気づきにくいのも、幼いころから悪意に晒されてきたから鈍感でなければ生きていけなかったのかもとクラウディアは考えた。身近にいたシーモア夫人は肉親のような愛情を注いだとは言えないし、父は遠い存在で、常に愛情に飢えていたはずだ。そんな環境なら、図太くなることで心を守るしかない。
クラウディアは殿下が心配ですわと食い下がったが、そろそろ時間だからとグランに引き離された。そして、マクシミリアンはグランと男子棟に戻り、自分のクラスに帰ってから次の授業の準備をしていた。
にわかに教室がざわざわとしたのでふと顔を上げた。出入口を見るとアレックスがマクシミリアンの教室まで来ている。一人のクラスメートが緊張した面持ちで「殿下に用があるって」と伝えに来た。やれやれ、今日は面倒くさい日だ。二人の王子が学内で会うことなど今までなかったし仲もよくないと噂されていたので、アレックスの方から会いに来たというのは誰もが驚いた。マクシミリアンが廊下に出ると、アレックスは顎をくいと階段のある方向に向けた。ここでは人の目があるから、人気のないところまで着いてこいという合図と解釈して、マクシミリアンはアレックスの後を着いていった。
屋上へと続く階段の踊り場まで来てアレックスは立ち止まり、真正面からマクシミリアンを見た。マクシミリアンも見つめ返したが、今までまじまじとアレックスの顔を見たことがないことに気が付いた。男性の目から見ても、アレックスは王族特有の美しく整った顔つきをしていた。その反面、瞳の色は深い青で長いまつ毛も色素が薄く、繊細さを内側に秘めている印象を受ける。年齢は同じ17歳で、マクシミリアンの方が数か月先に生まれたが、よく鍛えられた均整の取れた体格を見ると、向こうの方が年上に見えるのも仕方なかった。
「午前中の授業のことだけど」
ぶっきらぼうにアレックスが切り出した。
「帝国の話題は学園ではするな。お前のような奴がしていい話じゃないだろ」
「デリケートな話題というのは分かったけど、どうして僕が触れちゃいけないの?」
マクシミリアンは正直に分からないと言ったが、それを聞いてアレックスは呆れた表情を隠さなかった。
「いくら父上の実子とはいえ、その黒い髪と目でお前はマール王国の人間と見られていないんだよ。ぽっと出の王子では信頼もされないし、受け入れない者も多い。帝国には親族を殺されたりして恨みを持つ者が多いから、お前の存在は王室にとっても都合が悪いんだ。父上を思うなら目立たないようにしろ。最近部活にも入ったみたいだが、お前みたいのが拳闘部とか冗談だろ? その辺の雑草でも観察してりゃ十分じゃないか」
マクシミリアンは黙って聞いていたが、聞き終わると微笑しながらもアレックスの目を見据えてはっきりした口調で言った。
「僕のことを心配してくれてありがとう。帝国の話題はもうしないよ。でもそれ以外は好きにさせてもらう。見た目が他の人と違うからって、引け目に感じたり遠慮したりするのはおかしいと思う。迷惑をかけたら申し訳ないけど、でもそれは僕のせいじゃない」
「はっ、お前何を言ってるんだ? 人がせっかく忠告してやったのに」
「僕の人生は僕しか生きられないってことだよ。幸せにするのは自分しかいない。だから悔いが残らないように今を精一杯生きる。それは誰にも邪魔させない」
「勝手にしろ! 俺は言ったからな。後悔しても知らないぞ」
そう言うと、アレックスは憤然として去って行った。マクシミリアンはしばらくその場に残っていたが、一言「森に行きたいなあ」とつぶやきため息をついてから、ゆっくりした足取りでその場を去った。
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