182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

69-(2)

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「すまない、相馬。すまない……」

 私は何度も声にした。床に倒れたままリツを引き倒してしがみついた。
 お前にもらった人生を私は全うできそうにない。この身体を守ることができない。「魂の器」として完成したであろうイオンに入って、お前の魂と共に永遠を見続けることも叶いそうにない。
 謝罪?  違う。ただの独り言でしかない。相馬はここにはいない。どこにもいない。

「シキ。僕に謝られても困ります。僕には、相馬の記憶がない」

 リツは申し訳なさそうに言った。

「すまない、リツ」

 カイ、お前はなぜ相馬に記憶を残さなかった?
 相馬は私を責めない。私がどれほど謝罪しても、リツが困惑するだけだ。
 私の甘えは許されないのだ。生き続けようとする限り、謝ることは許されない。私が赦されることもない。私は誰にも罪を認められないまま、自分で罪を背負い続けなければならない。
 それを死神は、あの目で見続ける。お前も私を責めることはない。ただ見続けて、私に己のしてきたことを忘れさせないのだ。

「シキ……カイがいたの?  今の赤ちゃんがカイなんですか?」
「間違いない。あれは、カイだ」

   こんなところに生まれていたのか。こんなに近くにいたのか。
   笠原の死後も私は死神の名を呼び続けてきた。それなのに、お前は夢にさえ現れなかった。
   私が肉体を失い彷徨さまようのを待っているのか。ただ遠くから眺めるだけか。なぜ私のもとに来ない?
   カイが欲しい。
   カイに全てを覗かれ、魂に触れられ、喰らわれる。絶望的な歓喜に沈んで狂いたい。魂の痛みに震えて、生きていることを実感したい。
   カイは私が恐怖と快楽に正体をなくし、天を見上げるのを待っているのではなかったのか?

「シキ、震えている。こんなに手が冷たくて、顔も青ざめて、やっぱりカイが……怖いんだ。でも、それなのに……それでも待っている。あなたはカイだけを待っている」

 リツは私を温めるように抱きしめてきた。

「ククッ。機械の身体はやはり重いな」
「何笑っているんですか?  せっかく優しくしているのに。ねえシキ、僕は相馬ではない。でも、相馬だった。だからあなたの罪を聞いてあげる。だから、大丈夫だからなんでも言って」
「他人の心を勝手に読むな」
「いいから。声に出して言ったら楽になるでしょう?」

 言っただけで楽になるわけがなかろう。私はリツに慰められているのか。情けない。

「……相馬の荷物を全て捨てた。相馬を下品な男にした。相馬が嫌いな高瀬に身体を触れさせた」
「はい?  それが重大な罪ですか?  最後のは何?  セクハラ⁉︎」
「手を掴まれた」
「それだけ?」
「相馬の身体は嫌がっていた」
「……」

 私はリツを突き放して背を向けた。どうでもいいことを話して気が紛れた自分を悟られたくなかった。
 そうだ。思い出せ。
 もし目の前に相馬がいても、やはり相馬は私を責めないだろう。
 私は身勝手にも後悔はしない。相馬は常に前を向いている。相馬は私に未来を託したわけではない。相馬自身が未来を作ろうとしたのだ。
 だからこそ、ここにリツがいる。
 我々はバカの同志だったはずだ。
 諦めるな。未来を見続けろ。
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