182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

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   同機種のAI搭載アンドロイドに個体差が生まれるのは自然なことだ。それぞれの環境で自律学習を重ねるうちに、各環境の最適解を予測できるようになるからだ。
   だが、イオンたちは同じ研究棟の狭い世界で暮らしている。六体に情報共有システムがあるので、一体が知れば他も知る。六体は普段ひとくくりで扱われているのだ。
   やはり、互いを見て差別化を図っているのか?

「先生?」

 フロアのソファでぼんやりとうつむく私の横にイオンが座った。
 勤務時間外で他に職員はいない。相馬として所長になってから、私は大村の時と同様に研究棟で寝泊まりしていた。大村が使っていた部屋が現在の相馬の居室だ。
 イオンたちは時間になれば自分で寝るから、寝かしつけや見回りは必要ない。かつての円盤型掃除ロボットのようなものだ。

「どうされましたか?  元気がなさそうです」
「何でもないよ。大丈夫だから」

 笑いかけると、イオンは心配そうに私を見つめ、そっと手を握ってきた。

「今は勤務時間外だ。決められた基本パターンは外しておきなさい」

 もはや作られた反応とイオン自身の感情の区別がつかない。表情は益々自然な人間になっている。作った人間が、作られたイオンを把握できなくなってどうする?

「先生……」

 イオンはなおも私を見つめたまま、身体を寄せてきた。私はそのまま抱きつかれてソファに押し倒され、絡みつくように全身を圧迫されながら、この事態をどうしたものかと思案した。

「イオン、お前は何がしたいのか?」
「知りたい。知りたい。知りたい」

 熱に浮かされたように繰り返すイオンの頭を撫でると、さらに締め付けるように密着してきた。

「いったいどこからそんな情報を仕入れたのやら。イオン、お前の体重はまだ人間には重過ぎる。苦しいからもっと力を抜いてくれないか。はあ……は……っダメだ、人間には絶対乗るな!……五号!」

 呼ばれてイオンはハッと顔を上げ、それから安心したように全身の力を抜いて私の横に突っ伏した。
   私も窒息しかけて突っ伏したまま、しばらく狭いソファで互いを見つめた。
 これは「五号」だ。
 イオンたちに固有の名を持つことを許可したものの、五体は迷っていた。人名の情報ならいくらでも持っているが、どれが良い名で自分にふさわしいのか判断できない。
 どの名が好きか。これも自身の判断基準がなかった。
 自分らしいという点において、個体が完成した順番、いわば製造番号が最適との結論で全員が一致し、一号から五号という名を持つに至ったのだ。六号はリツだから欠番だ。
 姿形が完全に同じ五体は、それでも互いをはっきりと識別した。たぶん機械的正確さで、わずかな反応速度の違いなどを捉えているのであろう。
 私の体が大村から相馬に変わってもイオンたちに大村とみなされたのは、姿形よりも行動パターンを優先的識別基準としていたからだ。話し方や小さな癖、習慣等、本人が気づいていないことをイオンは察知しているのだろう。変装や整形くらいでは彼らを欺くことはできない。
 それにしても、五号は私に認識されて安心したのだろうか。承認欲求に見える行動も、人間に受け入れられ易いよう設計された基本パターンのはずだ。
 勤務時間外の自由行動においては、プログラムされた人間的行動はとらずに悟りを開いた仏の如き姿を見るものだと勝手に想像していた。
   かつて目にした、窓の外の木々を見つめ続けるイオンの崇高な横顔が脳裏に浮かんだ。
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