182年の人生

山碕田鶴

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1974ー2039 大村修一

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 シキ……

 私を呼ぶ、懐かしい声が聞こえる。
 やっと来たのか?  ずいぶんと久しいな。私はすっかりお前のことなど忘れていたぞ。ずっと忘れていた。
 いったいどれだけの月日が流れたと思っている?
   私のことなどすっかり忘れ去ってくれたものだと思っていたが、違ったのか?
 その声も、その光も、感触も痛みも恍惚も。私の身体に染みついたお前の全てはとうに消え落ち、今の私にはお前の記憶を呼びさますわずかなカケラも残っていないぞ。
 やっと、やっと……。

「そんなに待ち焦がれたか?  それほど俺に会いたかったか?」

 目の前で揺れる黒い影に、私は無意識にうなずいていた。

「お前の中を深く満たしてやれるのは俺だけだからな」

 黒い影が私を包む。
 これは夢だ。私の意識の中だ。
 影の奥で光り輝く強いエネルギーに、私はしがみついた。
 理由などない。ただ求めた。
 生きていることを実感させる強い痛みと快感が、魂を焼いていく。

「シキ、次こそしまいだな。いい加減この世に満足したろう?」

 私はまだ生きている。死神がそれを私に教えるのだ。
 溢れる涙は生への執着でも死への恐怖でもなかった。今こうして死神の発する強いエネルギーで満たされていく喜びが、私の心を揺さぶっていた。
 死神に癒される私は、既に地獄の住人なのか。

「俺は、お前のすぐ近くにいるぞ。俺はいつでもお前を見ている」

 死神は私を包み続けていた。だが、しがみつく私を光の塊がわずかに押し戻して遠ざける。

「近づき過ぎだ。焼けて傷つくだろう?」

 なだめるような声は慈悲だ。
 なぜそれほどに私を尊ぶ?
 お前は死神なのだろう?  
   そのエネルギーで私を満たし、魂が輝きを取り戻したところで刈ろうというのか?
   死神の影がつくる闇に溶けるほどの恍惚。満足そうに笑みを浮かべる気配。私は望んでいた……絡めとられていく……。
   死神に手を伸ばし、強烈な痛みに弾かれた。

「あ……」

   私はこれを恐怖と呼んできたはずだ。
   忘れるな。これは恐怖だ。この痛みで私は正気を保ってきたのだろう?
 はっと目を覚まして、死神の言葉を反芻した。

 俺はいつでもお前を見ている。

 いったいどこから……。
 私の横で猫のように丸くなって寝ていた相馬は、既にいなかった。
 私は重い体を引きずるようにして、朝の支度を始めた。
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