182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
99 / 199
1974ー2039 大村修一

50

しおりを挟む
 シキ……

 私を呼ぶ懐かしい声が聞こえる。

 シキ……シキ……

 なんだ、やっと来たのか? ずいぶんと久しいな。私はすっかりお前のことなど忘れていたぞ。ずっと忘れていた。
 いったいどれだけの月日が流れたと思っている?
 私のことはとうの昔に忘れ去ってくれたものだと思っていたが、違ったのか?
 その声も、その光も、恐怖も痛みも恍惚も。私の身体に染みついたお前の全ては何もかも消え落ち、私にはお前の記憶を呼びさますわずかなカケラも残っていないぞ。
 今ここに現れたお前は幻ではないのか?
 やっと、やっと……。

「そんなに待ち焦がれたか? それほど俺に会いたかったか?」

 目の前で揺れる黒い影に、私は無意識にうなずいていた。

「お前を深く満たしてやれるのは俺だけだからな」

 黒い影が私を包む。
 これは夢だ。私の意識の中だ。
 闇の奥で光り輝く強いエネルギーに手を伸ばし、そのまま倒れ込むようにしてしがみついた。
 生きていることを実感させる強い痛みと快感が、魂を焼いていく。

「シキ、次こそ終いだな。いい加減この世に満足したろう?」

 私はまだ生きている。死神がそれを私に教えるのだ。
 溢れる涙は生への執着でも死への恐怖でもなかった。今こうして死神の発する強いエネルギーで満たされていく喜びが、私の心を揺さぶっていた。
 死神に癒される私は、既に地獄の住人なのか。

「俺はお前のすぐ近くにいるぞ。俺はいつでもお前を見ている」

 死神の闇は私を包み続けている。だが、わずかに押し戻すような力が働き、私は光から離された。

「近づき過ぎだ。焼けて傷つくだろう?」

 なだめるような声が私の内に染みていく。全てを肯定されているような安らぎが広がる。
 なぜそれほどに私を尊ぶ?
 お前は死神なのだろう?
 そのエネルギーで私を満たし、魂が輝きを取り戻したところで狩ろうというのか?
 闇に意識が溶けるほどの恍惚。
 満ちる。溢れる。
 お前の与える慈悲で溺れていくのがわかる。
 息が……できない……。
 満足そうに笑みを浮かべる気配があった。
 私は望んでいた。絡めとられていく……。
 再び光に手を伸ばしたところで強烈な痛みに弾かれた。

「あ……」

 私はこれを恐怖と呼んできたはずだ。
 これは拒絶だ。
 私の内の熱が波のように引いていった。
 思い出せ。忘れるな。この痛みで私は正気を保ってきたのだろう?
 いま一度手を伸ばし、躊躇なく焼けるような痛みを求めた。
 意識が現実へ戻るのは一瞬だった。
 はっと目を覚まして、死神の嘲笑を聞いた気がしたことに気づく。

 俺はいつでもお前を見ている。

 いったいどこから……。 
 私の横で猫のように丸くなって寝ていた相馬は、既にいなかった。
 私は重い体を引きずるようにして、朝の支度を始めた。



しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 0

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

The Last Night

泉 沙羅
ホラー
モントリオールの夜に生きる孤独な少女と、美しい吸血鬼の物語。 15歳の少女・サマンサは、家庭にも学校にも居場所を持てず、ただひとり孤独を抱えて生きていた。 そんな彼女が出会ったのは、金髪碧眼の美少年・ネル。 彼はどこか時代錯誤な振る舞いをしながらも、サマンサに優しく接し、二人は次第に心を通わせていく。 交換日記を交わしながら、ネルはサマンサの苦しみを知り、サマンサはネルの秘密に気づいていく。 しかし、ネルには決して覆せない宿命があった。 吸血鬼は、恋をすると、その者の血でしか生きられなくなる――。 この恋は、救いか、それとも破滅か。 美しくも切ない、吸血鬼と少女のラブストーリー。 ※以前"Let Me In"として公開した作品を大幅リニューアルしたものです。 ※「吸血鬼は恋をするとその者の血液でしか生きられなくなる」という設定はX(旧Twitter)アカウント、「創作のネタ提供(雑学多め)さん@sousakubott」からお借りしました。 ※AI(chatgpt)アシストあり

不労の家

千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。  世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。  それは「一生働かないこと」。  世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。  初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。  経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。  望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。  彼の最後の選択を見て欲しい。

逢魔ヶ刻の迷い子3

naomikoryo
ホラー
——それは、閉ざされた異世界からのSOS。 夏休みのある夜、中学3年生になった陽介・隼人・大輝・美咲・紗奈・由香の6人は、受験勉強のために訪れた図書館で再び“恐怖”に巻き込まれる。 「図書館に大事な物を忘れたから取りに行ってくる。」 陽介の何気ないメッセージから始まった異変。 深夜の図書館に響く正体不明の足音、消えていくメッセージ、そして—— 「ここから出られない」と助けを求める陽介の声。 彼は、次元の違う同じ場所にいる。 現実世界と並行して存在する“もう一つの図書館”。 六人は、陽介を救うためにその謎を解き明かしていくが、やがてこの場所が“異世界と繋がる境界”であることに気付く。 七不思議の夜を乗り越えた彼らが挑む、シリーズ第3作目。 恐怖と謎が交錯する、戦慄のホラー・ミステリー。 「境界が開かれた時、もう戻れない——。」

さまよう首

ツヨシ
ホラー
首なし死体が見つかった。犯人は首だった。

【完結】人の目嫌い/人嫌い

木月 くろい
ホラー
ひと気の無くなった放課後の学校で、三谷藤若菜(みやふじわかな)は声を掛けられる。若菜は驚いた。自分の名を呼ばれるなど、有り得ないことだったからだ。 ◆2020年4月に小説家になろう様にて玄乃光名義で掲載したホラー短編『Scopophobia』を修正し、続きを書いたものになります。 ◆やや残酷描写があります。 ◆小説家になろう様に同名の作品を同時掲載しています。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...