182年の人生

山碕田鶴

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1974ー2039 大村修一

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 相馬の仕事は速くて正確だ。自分で宣言したとおり、私が隠して相馬が見つけたイオンのブラックボックスは完全なステルス仕様となった。相馬は何も言わなかったが、私と彼だけは互いに理解した。
 相馬に過去を話した後、私は彼の来室を断った。死神は一度繋がってしまえば、毎夜でも私の元へやって来る。たとえ夢の中とはいえ、死神に支配される無様な姿を彼には見せたくなかった。
 何より私の身体が一日の終わりに悲鳴を上げていた。夜が来るたび、ぐったりと重い肉体が私の魂に被さってくる。まるで濡れた毛布のような鬱陶しさだ。精神も徐々に湿気を含み、沈みがちになっていく。

「シキ、俺と来い。お前はこの世を十分楽しんだろう? いくらこうして俺のエネルギーを求めても、肉体が若返ることはない。お前の肉体は、もはや器として機能しない」

 夢の中の死神は、私を優しく包んでささやく。目が覚めれば重い身体に押し込められた現実に絶望するしかない今、死神に抱かれ安寧を得る私は生きる屍も同然だ。

「肉に囚われ不自由を生きるのは苦行だろう。被虐の快楽を得られるうちはよかろうが、今のお前に耐えられるのか? 長くこの世に在ると、肉と共に魂が腐るやもしれないぞ」
「……腐るとは初耳だな」
「俺は前例を知らない。朽ちる肉に古い魂が耐えられるのか、お前が実験台だ」
「それで私を放っておいたのか? いくら繋がりが切れようと、お前ほどのストーカーなら夜這いに来られたろう」
「なんだ、待っていたのか。可哀想なことをしたな。だが、お前はらされるのも好きだろう?」

 夢の中の空間に嘲笑の声が響く。それでいて影は私の髪を撫でるのをやめない。
 実験台などありえないだろう。規則違反の不法滞在者に前例を作る必要などない。確実に排除する。そのためにお前は私を追い続けている。

「私は哀れか?」

 精神が卑屈になるのも、朽ちる肉体に囚われているせいか。
 死神に甘やかされることで傷つくような高潔な精神はそもそも持ち合わせていない。放置されて嘆くほど依存もしていない。
 私が生き続けるために利用できるのであれば、お前でも構わない。この一瞬を癒し、明日を与えてくれるのであれば何であろうと身を委ねる。
 ……なんのために?
 変わりゆく世界を当事者の一人として見続けたいのではなかったか?
 その意欲は……どこへ消えた?

「シキ、お前は美しかったな」

 ククッ。既に過去形か。
 髪を撫でる影が頬をかすめた。
 私は泣いているのか?

「お前は自らを哀れむか。だが、存在はなお尊い。シキ、お前は尊い。俺は決してお前を否定することはない。俺と来い。魂がそれ以上傷つく前に帰るのだ」

 帰る。
 ……どこへ?
 私は天を見上げていた。
 死神の影が私の見る先を静かに指し示す。
 天は暗く、何も見えない。これが私の夢の中だからなのか。望めばあの先が見えてくるのか。
 身体が軽くなったような気がした。このまま浮かび上がれば、暗がりの向こうまで行くことができる。
 帰るのか……。
 帰る……
 吸い込まれるように天へ意識を向けた時、遠くから声が聞こえてきた。

 ……教授……教授!

 誰かが私を呼んでいる。死神ではない誰かだ。
 意識が混濁していく。夢と現実とが混ざり合い、うねり、揺らぐ。

「教授!」
「……シキ!」

 ……シキ……

 重い肉の感覚が戻り目を開くと、いつもの白い天井が見えた。同時に二つの声に呼ばれた気がするが、こちらは現実の側だ。
 私は死神を振り切ったのだ。
 自室のベッドの上で、相馬が覆い被さるように私を抱きしめていた。

「ああ……呼んだのは君だったのか。相馬君」

 相馬は無言でうなずいた。私にしがみつく腕も身体も震えている。
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