182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
93 / 197
1974ー2039 大村修一

49-(1)

しおりを挟む
 なあ、相馬。私は何度も他人の身体を乗っ取り、ひとり生きながらえてきた。なぜそれができるのかはわからない。既に三人……偶然でないのは確かだ。
 私は本来この世に在ってはいけないのだ。
   あの世へ行くよう死神に促されているが、これまでずっと逃げ回って、二度肉体を殺されている。
 私は魂の容れ物が欲しい。誰の肉体も奪うことなく、この世に在り続けたい。
 私は不法滞在者なのだと死神は言った。だが、生き続けたいと願うのはいけないことなのか。魂を存続させる能力を持ったのは、生きる権利を与えられたのと同じではないのか。
 私は永遠を夢見てしまったのだよ。流れゆく時間の中でこの世界を知り続けたかった。生きて見続けたかった。
 魂の器の研究は、そこから始まった。
 NH社が目指す洗脳された奴隷を作りながら、私の目標は初めから魂の器だった。
 イオンは、作られた感情を持つAI搭載のアンドロイドだ。イオンを魂の器にするには、人工知能制御の自動運転を止めて魂による手動運転に切り替えれば済むはずだった。
 ところが、長年開発を進める中で、私はイオンに自我が生まれる気がしてきたのだ。魂の器であれ奴隷であれ、イオンがプログラムしない感情で勝手に動かれるのは困る。しかも、設定された命令よりも自我を優先するのは問題だ。
 君が見つけて知っているように、今は五感センサーの感度を落としてある。命令以外の反応が出ないよう、外界の刺激を極力遮断した状態だ。
 これはあくまで応急処置だ。
 本当にイオンに自我が生まれるのか確認が必要だが、まだ試してはいない。
 自我を生む実験は簡単だよ。センサーの感度を最大にするだけだ。あとはイオンが勝手に成長を始めるだろう。
 自発的感情、そして完全なる自発的思考。人間が、生まれて世界を認識し始めるのと同じ過程が見られるかもしれない。
 パソコンの電源を入れたら、自らセットアップを始めるようなものか。人間が制御できない機械なら、それはもはや別の生き物だな。新しい人類の誕生だと言って、お前なら喜ぶか?
 相馬、お前が見つけたブラックボックスは、お前にとって魅力的なおもちゃ箱だったか?
 もしイオンに自我が生まれてしまったらどうなるのか。
 私はイオンの身体を乗っ取るためにイオンの心を殺すことになるだろう。
 それ以前に、洗脳された奴隷として失格のイオンは処分されるかもしれない。
 あるいは、センサーの感度を下げた仕様で固定して、完璧な奴隷の完成品になるかもしれないな。これこそ本物の合法奴隷だ。
 イオンの自我発生を確かめたいのに、躊躇してブラックボックス化したままになっている理由がそこにある。
 私には、どこにも明るい未来が見えないのだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ホラフキさんの罰

堅他不願(かたほかふがん)
ホラー
 主人公・岩瀬は日本の地方私大に通う二年生男子。彼は、『回転体眩惑症(かいてんたいげんわくしょう)』なる病気に高校時代からつきまとわれていた。回転する物体を見つめ続けると、無意識に自分の身体を回転させてしまう奇病だ。  精神科で処方される薬を内服することで日常生活に支障はないものの、岩瀬は誰に対しても一歩引いた形で接していた。  そんなある日。彼が所属する学内サークル『たもと鑑賞会』……通称『たもかん』で、とある都市伝説がはやり始める。  『たもと鑑賞会』とは、橋のたもとで記念撮影をするというだけのサークルである。最近は感染症の蔓延がたたって開店休業だった。そこへ、一年生男子の神出(かみで)が『ホラフキさん』なる化け物をやたらに吹聴し始めた。  一度『ホラフキさん』にとりつかれると、『ホラフキさん』の命じたホラを他人に分かるよう発表してから実行しなければならない。『ホラフキさん』が誰についているかは『ホラフキさん、だーれだ』と聞けば良い。つかれてない人間は『だーれだ』と繰り返す。  神出は異常な熱意で『ホラフキさん』を広めようとしていた。そして、岩瀬はたまたま買い物にでかけたコンビニで『ホラフキさん』の声をじかに聞いた。隣には、同じ大学の後輩になる女子の恩田がいた。  ほどなくして、岩瀬は恩田から神出の死を聞かされた。  ※カクヨム、小説家になろうにも掲載。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

見えない戦争

山碕田鶴
SF
長引く戦争と隣国からの亡命希望者のニュースに日々うんざりする公務員のAとB。 仕事の合間にぼやく一コマです。 ブラックジョーク系。

花の檻

蒼琉璃
ホラー
東京で連続して起きる、通称『連続種死殺人事件』は人々を恐怖のどん底に落としていた。 それが明るみになったのは、桜井鳴海の死が白昼堂々渋谷のスクランブル交差点で公開処刑されたからだ。 唯一の身内を、心身とも殺された高階葵(たかしなあおい)による、異能復讐物語。 刑事鬼頭と犯罪心理学者佐伯との攻防の末にある、葵の未来とは………。 Illustrator がんそん様 Suico様 ※ホラーミステリー大賞作品。 ※グロテスク・スプラッター要素あり。 ※シリアス。 ※ホラーミステリー。 ※犯罪描写などがありますが、それらは悪として書いています。

雪山のペンションで、あなたひとり

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)
ホラー
あなたは友人と二人で雪山のペンションを訪れたのだが……

鈴落ちの洞窟

山村京二
ホラー
ランタンの灯りが照らした洞窟の先には何が隠されているのか 雪深い集落に伝わる洞窟の噂。凍えるような寒さに身を寄せ合って飢えを凌いでいた。 集落を守るため、生きるために山へ出かけた男たちが次々と姿を消していく。 洞窟の入り口に残された熊除けの鈴と奇妙な謎。 かつては墓場代わりに使われていたという洞窟には何が隠されているのか。 夫を失った妻が口にした不可解な言葉とは。本当の恐怖は洞窟の中にあるのだろうか。

THE TOUCH/ザ・タッチ -呪触-

ジャストコーズ/小林正典
ホラー
※アルファポリス「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」サバイバルホラー賞受賞。群馬県の山中で起こった惨殺事件。それから六十年の時が経ち、夏休みを楽しもうと、山にあるログハウスへと泊まりに来た六人の大学生たち。一方、爽やかな自然に場違いなヤクザの三人組も、死体を埋める仕事のため、同所へ訪れていた。大学生が謎の老人と遭遇したことで事態は一変し、不可解な死の連鎖が起こっていく。生死を賭けた呪いの鬼ごっこが、今始まった……。

イチの道楽

山碕田鶴
児童書・童話
山の奥深くに住む若者イチ。「この世を知りたい」という道楽的好奇心が、人と繋がり世界を広げていく、わらしべ長者的なお話です。

処理中です...