182年の人生

山碕田鶴

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1878ー1913 吉澤識

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 私は民間人ということになっている。事実、吉澤しきと名乗る人物が軍人であったことはない。
 民間人の協力者には手を出さなかった山本は、あるはずのない私の軍歴をわざわざ掘り起こした上で私を消そうとした。第二部は、あったはずの軍歴を埋めた上で民間人として私を消そうとしているらしい。
 軍機漏洩の反逆者と、軍の諜報部隊と。どちらにもそれぞれ事情があるのだろう。山本が消えてなお私が狙われている。
 骨董商の助けを借りて不法滞在者となることも考えた。貨物船への密航も運行表を見ながら計算した。
 旅券の停止はともかく、吉澤組への圧力や影響を考えるとどれも実行不可能だった。私は吉澤組を人質にとられているようなものだ。隠れることができない。
 父はきっとこの件を知らない。私は本国へ連絡が取れない。
 山本の犯した情報漏洩と大陸への加担。共に第二部に所属する山本と宮田の、互いへの傷害致死。
 大陸部署内でこれだけの不祥事が起きたのは、かつてない一大事だ。そして隠蔽もまた一大事だ。だが、事情を知っているからといって、私を消す必要があるのか?  
   政府や軍と癒着している政商であれば、なおのこと口止めは易いと考えるのが妥当ではないのか。
 吉澤外海そとうみ組の後継者で大陸駐在所長の吉澤識が死ねば、これこそ大ごとではないか。第二部の大陸部署がそれを覚悟で私を消せるのか?
 吉澤組の駐在所長を消す。
   是とする者が他にいるのか。積極的関与でなくとも、便乗したい者がいるのか。
 第二部以外の思惑が絡んでいる、か。
 別の何者かと第二部とで目的は違えど利害が一致したならば、いよいよ私は手詰まりだな。

「なあ、加藤」
「はい」

 船会社の事務所へ行った帰りに、私は港から海を見ていた。本国とは全く異なる風景に特に郷愁も湧かず、ただ自分の置かれた環境と時代とを確認して満足していた。

「私は、これから始まるであろう戦争の終わりを知ることはなさそうだな」

 護衛の加藤は、すぐ後ろに控えている。

「戦争がいつ始まるのか、私にはわかりかねます。起きたとて、どれほど長引くかもわかりません」
「そうか」

 生真面目に答える加藤は、いつもの従者であった。

「ああ、そうだ。お前の解雇許可が出たらしいぞ。けいが今朝言っていた。あれほど機嫌の良い経は初めて見たな」
「さようでございますか」

 加藤はやはりいつもと変わらない。
 予定どおりということだ。
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