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第12話

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 田原と過ごす日々は、大学時代の感覚が蘇ってきて楽しい。
 久しぶりに夜の街へ飲みにも出た。
 そうそう、こんな感じ!
 こうやってキラキラした時間を過ごしてたなぁと懐かしむ。

 携帯電話は必要な時以外はずっと電源を切っている。東京に来たら、いつもの自分を忘れたくなった。とにかく山口での日常の生活から気持ちを離したかった。
 夫は多分連絡してきているだろうと思ったけど、絶対に出たくない。
 子ども達のことは考えるけど、もう大人だし、正月は元気だったし、何かあれば夫が何とかするだろうと思ったので、携帯のチェックすらしていない。

 何日か経って、夫から田原に電話がかかってきた。
 私は両手でバッテンして、田原に合図を送ったら、とっても上手にしらばっくれてくれた。田原、最高!

 しばらくして、たまには携帯をチェックしておこうと思って電源を入れたら、すんごくいっぱいの不在着信やらメールやら入ってる。麻智からも…。
 あいつ、麻智にも言ったんだ…と思った。この頃は、私の中で、“夫”ではなく“あいつ”になってた。

 ちょっと迷ったけど、子ども達には心配かけて申し訳ないと思い、麻智には連絡した方がいいかな?とは思っていた。
 でも、理由は電話で言うことでもないし、私の不安が払拭されない限り、子ども達には話せないと思った。
 その時ちょうど麻智から電話がかかってきて、かなり躊躇したけど、電話に出た。
「ごめん麻智、私は大丈夫やけえ、しばらく放っておいて欲しいの。もう少し時間経ったらまた連絡するけえ、それまで待って。」
と、それだけを伝えた。
 私の気持ちがグラグラ揺らいで、目的に集中出来なくなると思ったから、それからまた連絡を取らないと決めた。

 田原には[まいうい]ちゃんと連絡取ってもらうことにしたけど、田原が[まいうい]ちゃんに電話をかけると、[まいうい]ちゃんには繋がらず、電話番号が変わっていると判明した。なので、大変申し訳なかったけど[まいうい]ちゃんのアイドル時代に所属していた事務所にも連絡してもらった。でも今は連絡が取れないということだった。

 私は昔のアルバイト先を訪ねることにする。お店の名前は“マパドレ”。個人経営のファミリーレストランだ。お店はまだあったけど、オーナーも従業員も変わっていて、昔の人の情報は全然分からないと言われた。
 なんとか前のオーナーに連絡を取ってもらって、会ってもらえることになった。

 少し時間が開いたけど、後日元オーナーの自宅を訪ねる。
 元オーナーはすごくウェルカムな感じで出迎えてくれた。私のことをまだ覚えていてくれ、好印象で思っていてくれたことを嬉しく思った。
 元オーナーはもう80歳を超えたので、引退したとのこと。家族の中で跡を継いでくれる人がいなかったから、他の人に売り渡したので、自分の時代の書類は全部自宅に持ってきていたのだと言う。

「私はなかなか捨てられない性分でね、もうそろそろ処分しないとと思っていたんだけど、まだ出来てなくてね。ここにあるのは全部私の歴史だからさ。まあ、個人情報に関わるものは責任持ってちゃんとするつもりだよ。」
と言って、昔の履歴書のファイルと、葉書や手紙を出してきてくれた。

「えーっと、大高さんの書類だよね…?あったかなー?もう20年以上経つのか。早いなあ。あの頃の君たちは、皆仲良くて、店の雰囲気がとっても良くて楽しかったなぁ。
 でも、大高さんが急に辞めちゃったんだよね…。」
 元オーナーが履歴書をペラペラとめくりながら、懐かしそうに話する。

「あった、あった、これか。」
 元オーナーが大高さんの履歴書を探し当てた。
「うーん、大学時代に住んでたアパートの住所だけだね。それから、あの頃は携帯とかPHSとか持ってる子が少なくて、履歴書出してもらった時は家電いえでんだからねぇ、繋がるかどうか…?」

「ありがとうございます!ダメ元で連絡してみます。」

「前後になってしまったけど、理由…聞いてもいいかな?
 昔のことで、バイト仲間だけどさ、履歴書っていうのは見せちゃダメなものだからね。」

 確かにそうだ。一応、聞かれても大丈夫なように理由は前もって考えていた。

「あの…この前、実家の片付けしてたら、大高さんに借りてたものを見つけまして…。てっきり返したと思っていたんですけど、返せてなかったんです。
 あの頃のこと思い出したんですけど、大高さんが突然アルバイト辞めて、私は大学が違うので会うこともなく、連絡も取れなくなったので…。
 その借りてたものはアクセサリーなんですけど、結構な高価なものみたいだったので、見つけた以上はなんとかお返ししたいと思って…。」
 もちろん作り話だ。

「ああ、そうですか。横川千夏の旧姓さんは昔も真面目で律儀な人でしたからね、全然変わってないですね。」
 と元オーナーは優しく微笑んだ。

 私は嘘をついた事にすごく胸が痛んだけど、すみませんと心の中で一生懸命謝った。

 他に何か手掛かりが無いか、他の物も見せてもらう。
 ハッと目に止まったのは、大高さんと同じ大学に通っていた関口さんだ。

「そういえば、関口さんと大高さんて同じ大学で仲良かったんですよね。私も、関口さんともよく遊んでました。」

「あー、関口さんもいたね。関口さんは、そうそう、ウチの店で出会った森丘くんと結婚したんだったよね。」

「そうでしたね!すごいですよねー。」

「そういえば、関口さんからは“結婚しました”の葉書が届いたんですよ。嬉しかったなー。」
 元オーナーはその葉書を探して見せてくれた。

「うわー、懐かしい!2人共若いですよね!」
 私はその葉書も、写真を撮らせてもらった。

 丁寧に御礼を言って、元オーナーの家を出て、さっそく大高さんの履歴書の番号に電話する。案の定、“現在使われておりません”のアナウンス。
 まあ、そうだろう。
 
 一応、アパートにも行ってみたけど、アパート自体がもう無く、どこかの会社のビルになっている。
 さすがにここにはいないだろう。
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