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結人の誕生日とクリアリーブル事件2。
結人の誕生日とクリアリーブル事件2③
しおりを挟むそれから数十分、結人はコウに喧嘩の練習相手になってもらい、全身が温まって機敏な動きに慣れてきたところで身体を休めた。
「もうこれくらいで十分だろ。 動きも、最初に比べてよくなったぞ」
「あぁ。 練習に付き合わせちまって悪いな」
「いいって、このくらい。 ちゃんと休んでおけよ」
肩で息をしながら言葉を発する結人とは反対に、コウは呼吸など少しも乱れておらず、練習を終えた後だというのにサッカーをしている椎野たちの方へと走って戻っていく。
そんな彼の背中をぼんやりと見つめながら、倉庫の壁にもたれかかるようにそっと腰を下ろした。
―――喧嘩が強い奴は、体力もあんのか・・・?
―――いや、俺が入院していて、運動不足だっただけか。
しばらく仲間のことを見渡しながら体力を回復させると、ポケットから携帯を取り出し時間を確認する。 時刻は丁度、16時だった。
―――そういや俺、伊達に礼を言わねぇと。
突然そのようなことを思い出し、その場に立ち上がってボードゲームをしている伊達の方へと足を進める。
彼の隣には藍梨もいて、二人の間に入り込むように身を乗り出した。
「お、何だよ。 一緒に交ざるか?」
いきなりの結人の登場に一瞬驚くも、すぐさま誘いの言葉を並べる伊達。 そんな彼に対し、結人は用件だけを切り出した。
「伊達、今からお前のお母さんに会わせてくれないか?」
「は?」
「藍梨を泊まらせてくれた礼は必ずしに行くって、前に言っただろ」
「だから礼はいらないって、前に俺も言っただろ」
「・・・。 ま、とりあえず来い!」
「え、ちょ!」
この場から動こうとしない伊達の腕を思い切り引っ張り、その場に立ち上がらせる。 そしてその勢いがついたまま、倉庫の扉へ向かって歩き出した。
「おいユイ!」
「悪いみんなー! ちょっと俺と伊達、出かけてくるわー!」
「了解ー! 扉は閉めておくから、そのまま行っていいよー」
「さんきゅー!」
伊達の発言をよそに、結人は遠くにいる椎野と言葉を交わし、仲間の方を見ながら片手をひらひらと小さく振る。 そんな結人を見て、伊達は軽く溜め息をついた。
“今更止めても無駄か”と思ったのか、彼は文句を言わずに家まで案内する。 だが向かっている途中、突然結人はそわそわしながら呟き出した。
「あぁ、伊達! やっぱりお礼をしに行くんだから、何か手土産一つでも持っていった方がいいのかな」
不安そうな表情をしながら口早で言う結人に対し、適当な返事をしてくる。
「いや、そんなもんいらねぇよ」
「でもさ! ただ礼の言葉を言うだけっていうのも」
心配そうな面持ちで尋ねると、伊達は苦笑しながら言葉を返した。
「高校生がそんなに気を遣うなよ。 そういう気持ちだけでも、十分だっての」
その後も結人と伊達は言い合いを続けるが、足は休まずに動かし続けていたためあっという間に伊達の家に着いてしまう。
「あぁ・・・。 着いちまった」
「待っていろよ。 呼んでくるからさ」
そう言うと、彼は結人の返事も聞かずに家の中へと入っていく。 “伊達の家はいつ見ても立派だなぁ”と目の前にある建物に見とれていると、ゆっくり家のドアが開いた。
その瞬間礼儀正しくその場に立ち直し、ドアから出てきた伊達のお母さんに向かって言葉を発する。
「こんにちは。 この前藍梨を家に泊めてもらった、そのお礼に来ました」
優しい笑顔で口にした結人を見て、伊達のお母さんも一瞬にして笑顔になる。
「結人くん! 全然いいのよー! 藍梨ちゃんは可愛くていい子だし、全然迷惑じゃなかったわ」
「そうですか。 ならよかったです」
「結人くんは、もう退院したの?」
「えぇ、今日退院しました。 身体はもう自然と動くようになったし、大丈夫ですよ」
「そう! よかったわ、心配していたもの。 直樹に結人くんのことを聞いても、なかなか話してくれなくてね」
お母さんはそう言いながら、斜め後ろにいる伊達の方へ顔を向ける。 それと同時に、伊達は顔を背けた。
そんな二人を気まずそうに見ていると、突然何かひらめいたのかお母さんは急に結人の方へ向き直り、笑顔であることを提案する。
「そうだ! 結人くん、今日家に泊まっていかない?」
「え?」「は!?」
結人と伊達の反応が被るのをよそに、彼女は続けて言葉を口にしていく。
「そうしましょう! 退院祝いも含めて、晩御飯を作ってあげるから。 部屋も余裕あるし、着替えも直樹のを借りればいいから問題はないわよ」
「いや、でもそれは流石に・・・」
「決まりね! そうとなれば、早速晩御飯を作らなくちゃ!」
「ッ、おい母さん! 勝手に決めんなよ!」
楽しそうに家の中へと戻っていくお母さんを伊達は必死に止めるが、彼女は一度上機嫌になってしまえばもう元には戻らない。 結人は彼らのやりとりを見て、一人そう確信した。
そしてお母さんは家の中へと入り、そんな彼女の背中を見つめていた伊達は溜め息をつきながら結人の方へ振り返る。
「いいのか、ユイ」
「え。 あぁ、俺はこの後用事とか何もねぇし、構わねぇけど・・・」
それから少しの間沈黙が訪れるが、伊達はそれを打ち消すようにそっと口を開いた。
「・・・まぁ、ならいいや。 母さんはユイが来ることをすげぇ楽しみにしていたし、今日だけでも泊まっていってくれ」
「あぁ、そうするよ」
結人は苦笑しながらそう返し、伊達に促され中へと入った。 彼の家の中に入るのは初めてで、北野の家にお邪魔した時と同様、結人の目の前には素晴らしい光景が一気に広がる。
―――えっと・・・お屋敷か?
―――つかマジで広過ぎて、迷子になりそう・・・。
「ユイ? 俺の部屋はこっち」
「え? あぁ、悪い」
あまりにも立派な家に圧倒され動けなくなっていると、伊達は結人の方へ振り返りながらそう口にした。 だが突然何かを思い出したかのように、続けて言葉を放つ。
「あ、そういやユイは自分の部屋が必要か?」
「自分の部屋?」
「ほら、寝る場所のこと。 来客用の部屋があるんだけど、そこへ行くか? 俺の部屋から少し離れるけど」
その言葉に、本気となって考える。
―――いや、確かに自分が寝る部屋は必要だ。
―――だからと言って伊達と離れるとなると、俺は確実に迷子になるじゃないか・・・!
そう確信した結人は、伊達に向かって彼女の名を口にした。
「藍梨はどこに泊まったんだ?」
すると彼は答えにくそうに目をそらしながら、おどおどとした口調で言葉を紡ぎ出す。
「藍梨は・・・流石に一緒の部屋では寝られないから、来客用の部屋を勧めたんだけど・・・。 怖くて一人じゃ寝られないっつーから、俺の部屋で寝かせた」
「なッ」
「あ、でも! 俺のベッドでは寝かせたけど、俺は布団を敷いてちゃんと床で寝たから!」
いや――――結人が反応したのは、そこではなかった。
「藍梨だけズリぃ! 俺も伊達の部屋で寝かせろ!」
「・・・は?」
「怖いからとかそういうのじゃなく、迷子になったら恥をかくのはこの俺だ! だからそうならないためにも、伊達は俺を同じ部屋で寝かせるべきだ!
あ、でも俺はちゃんと、床で寝るから」
必死になって説得させると、伊達はあまりにもあっさりとその返事をする。
「あぁ、別にいいよ」
「ッ!?」
「俺の部屋っつっても広いから、別に問題はない」
「え・・・?」
伊達はそう口にすると、自分の部屋へと足を進める。 そんな彼を見失わないよう、結人は慌てて後ろを付いていき――――ある一つの部屋の前で、伊達は足を止める。
そしてドアをゆっくりと開け、結人を先に入らせるよう道を開けた。 その気遣いに感謝しつつ、部屋へ足を踏み入れると――――またもや綺麗な光景が、目の前に一気に広がる。
―――うわ、広ッ!
―――つかリビング並みの広さじゃん!
北野の部屋には上がったことがなく分からないが、彼の部屋もこんな感じの広さなのだろうか。 この部屋が一人用の部屋だと、少し勿体ないような気もする。
流石男子高校生と言ったところか、伊達の机の回りには問題集や辞書などがたくさん置かれていた。
だけどこれらは全てきちんと整頓されているため、見ていて気持ちがいい。 そして部屋は青で統一されており、より綺麗に見えた。
―――こんなに広かったら、逆に落ち着かないんじゃねぇか・・・?
「ユイ、そこらへんに荷物を置いていいから」
「あ、あぁ・・・」
「そういや、みんなには連絡した? 一度倉庫へ戻ってもいいけど」
―――倉庫・・・。
―――そういや、荷物は全部そこに置いてあるんだっけ。
―――でもたくさんあるから、取りに行くのは面倒だな・・・。
「藍梨は他の奴に任せる。 そんでついでに荷物も、俺の家まで運んでもらおうかな」
「何だよ、ユイだけ楽して」
「たまにはいいだろ」
笑いながら答えると、早速仲間に連絡をし始めた。 そして彼らからの了解を得て携帯をしまうと、伊達が口を開きこう尋ねる。
「でも、今日は本当によかったのか? ユイの誕生日なんだろ」
心配そうに尋ねてくる彼に、微笑みながら言葉を返した。
「大丈夫だよ。 誕生日の日に大切なダチと一緒に過ごせるなんて、それも最高じゃないか」
「・・・そっか」
その答えに、伊達も微笑み返した。 だけど部屋にいてもすることがなく、続けて一つの提案を出してくる。
「家にいてもつまんねぇから、外にでも行くか? 特に行く場所とかはないけど、適当に散歩でもさ」
「ん、賛成」
二人の意見がまとまったところで、結人たちは玄関へと向かう。 キッチンの横を通り過ぎた時、伊達は何かを思い出したかのようにお母さんに向かって言葉を発した。
「あ、母さんー。 今日、ユイの誕生日だからー」
―ガッシャーン。
―――・・・え?
「ちょっと、直樹! それ本当!?」
「・・・マズい、行くぞ」
彼女はその言葉を聞き、驚いて皿でも割ってしまったのだろうか。 そんな音を聞いた瞬間、伊達は急いで玄関へと走る。
「おい、いいのか?」
キッチンの方からお母さんの声が聞こえてくるが、彼は何も返事をせずに足だけを動かし続けた。 そして玄関へ着き、結人の方へ振り返る。
「いいの。 ま、言いたいことが言えたからいいや。 さっさと出ようぜ」
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