Welcome to Another Earth

八神獅童

文字の大きさ
上 下
45 / 75

第6章 第2話 日笠美玲 アイドルデビュー

しおりを挟む
「ゲームのNPCが誘拐された…?話の筋が見えませんわね」

「順を追って説明します」

巴はまず“lunar eclipse project”というゲームに、自我を持つNPCがいる事を伝えた。そしてNPC達の一人がゲームの領域外に出た事、自分の友人が奮闘したがテロ組織に誘拐された事を秋亜に話した。

「自我を持つNPC…元はユーザーだったかも知れないという事ですわね」

「はい、本来ゲームの外に出られないはずの存在がストリートに現れて、最後はテロ組織に誘拐されてしまった…どんな事態を招くか分かりません」

秋亜は神妙な面持ちで、巴からの情報を聞いていた。本来自我など必要ないはずのNPCに心があるというのは信じ難い話だが、巴の事は信用していた。

「分かりましたわ。すぐに手伝ってもいいのですが…」

秋亜が持ち出したのは、日笠美玲というアイドルの資料だった。デビュー前のアイドルらしく、財団外に資料を持ち出すのは禁止とされている。

「彼女のアイドルとしてのデビューを、手伝ってくれるでしょうか? 015はアイドルへの注目度が低いのですわ…」

ーー

「あなたが手伝ってくれるの?アイドルをプロデュースした経験とか無さそうだけど?」

「…プログラマーやってるよ」

アナザーアース、アカデミーブロックの研究室にやって来たのは明るい茶色の髪の少女だった。中々に気が強い性格らしく、狭い研究室の中でも堂々と立っている。

「あなたも007出身なんだ。田舎を出たかったの?」

「あんなジジババばっかりのエリア、退屈過ぎて住んでられないよ」

鼎は同じエリア出身の美玲に興味を持ったが、彼女はその事についてはあまりに気にしていなかった。それよりも、巴の研究室にいた鼎と桃香がちゃんと協力してくれるのかが、気になっていた。

「あなた達も手伝ってくれるの?何できる?」

「私は探偵やってる」

「探偵の仕事でアイドルに関わった事は?」

「…犯罪に手を染めている可能性があるアイドルに関する調査はやった事がある」

アナザーアースにもアイドルはいるが、現実と同じで裏がある者もいる。鼎はそういう人物の調査をした結果、彼氏がいる事を突き止めてしまったり薬物の売買に手を染めている現場を撮影した事もある。

「ふーん…まあそういうの見た事ある人なら、むしろいい味方かも」

「私はパパラッチみたいな奴じゃなくて探偵だから」

美玲が次に視線を向けたのは、鼎の近くにいた桃香の方だった。桃香の方は美玲に対する興味がほとんど無いらしく、デバイスでブラックエリアの様子をチェックしている。

「あなたは何をしているの?」

「ブラックエリアで賭場を仕切ってるよ」

「賭場ってそれ違法でしょ?!犯罪者じゃん!」

「帰る」

一瞬で美玲に犯罪者認定された桃香は、さっさと研究室から出て行ってしまった。それを見ていた鼎は、少し呆れている様子だった。

「まあ犯罪者扱いもしょうがないよね…」

「ていうか本当に手伝ってくれるつもりなの?」

「情報を拡散したりする程度なら、できる」

「私のデビューの手伝いしてる暇無いんじゃない?隣の部屋にいる子は大丈夫なの?」

愛莉は研究室の隣に用意した即席の病室で眠っている。彼女の記憶はまだ戻っておらず、精神的にも安定していない。

「愛莉については焦ってもしょうがない。エンシャント財団が協力してくれれば、人手が増える。あなたのアイドルデビューを手伝うよ」

「…分かった。私もアイリって子の回復を祈ってる」

たが、鼎の情報拡散能力は普通の一般人と同等レベルである。鼎は、巴が何をするかが重要になると考えているが…

ーー

「さっきのアイドルのデビュー、どうするの?」

「インターネット上の電子掲示板を使う。今回はアナザーアースだけじゃキツい」

「電子掲示板?碌でもない奴がいっぱいいるんじゃない?」

「でもあそこの連中の拡散力は侮れないよ」

鼎にとっては、電子掲示板で好き勝手言っている連中に対する印象はかなり悪い。それだけではなく、鼎が懸念している理由は他にもあった。

「拡散力があるのは分かるけどその程度じゃダメ。まとめサイト系のアフィリエイトブログを頼らないと…」

「そっちの管理人にも頼んでみるよ」

「悪意のある情報がばら撒かれたら…」

「そこはエンシャント財団がしっかり監視しているから大丈夫」

あまり知られていないがエリア015には、独自のインターネット監視システムがある。エンシャント財団はそれを用いて、電子掲示板やアナザーアース内での評判をチェックしているのだ。

「他のエリアじゃ絶対に反発が起こるシステムだね…」

「015だと、悪質な書き込みがなくて助かるって言われてるよ」

兎も角、これで美玲に対する誹謗中傷に対して即座に対処できる。悪質な書き込みを排除しつつ、アイドルデビューの情報を拡散するのだ。

ーー

「もうすぐ楽曲発表。こっちの下準備は進めているけど…」

「私は発表の直後に“期待の新人アイドル”の情報を発信する。鼎も拡散してくれるみたい」

美玲のデビュー楽曲の発表まで、あと1時間だった。万全の準備はしてあるのだが、それでも彼女は不安そうだった。

「そういえば桃香もブラックエリアで何かやってたよ」

「それ聞くと不安になる…」

桃香は賭場の連中を協力させると言ってから、連絡に応じなくなった。鼎は「余計なことしなければいいんだけど」と言っていたが…

ーー

このアイドル、どう?

普通だな。

よく見たらエンシャント財団の広告塔じゃん…

顔は悪くないだろ。

ーー

美玲のアイドルデビューの結果は、まずまずといったところだった。

誰にも見向きもされないという、最悪の事態だけは防ぐ事が出来た。

「エンシャント財団のアイドルとしてそこそこ話題になってるよ。良かった…」

「こんなに話題になるなんて…」

話題になっている事に一番驚いているのは、何故か美玲本人だった。どうやらアイドルデビューの自信は、あまりなかったらしい。

「底辺から成り上がるアイドルってのは、フィクションの世界くらいにしかいないと思うよ」

「本当に最初から人気が出ないアイドルは簡単に見捨てられるから…」

鼎もそこまで詳しい訳では無かったが、美玲が芸能界に詳しくないのも仕方ない。彼女は芸能事務所に所属しているタレントではなく、エンシャント財団所属のローカルアイドルに近い存在だからだ。

「そう言えば桃香って人は…」

「賭場で情報を拡散したみたい。今日も来てないけど…」

桃香はアナザーアースのアンダーグラウンドである、ブラックエリアで情報を拡散した。幸い発生した問題は表沙汰になる前に、エンシャント財団が処理したようだ。

「おっと秋亜さんからメッセージ…リアルで呼び出されたから、行ってくるよ」

ーー

「おーほっほっ…美玲のアイドルデビューは無事成功しましたわね」

「話題にはなっています。ほっとしました」

秋亜は相変わらずのハイテンションだったが、巴はいつも通り接していた。巴は、美玲の人気が思ったほど出なかったといって落ち込んでいると思っていたのだが…

「最初から大人気になる事は望んでいません。ここから少しずつ人気を上げていくのは我々の仕事ですわ。それと、美玲自身の努力ですわね」

秋亜もアイドルの仕事を管理するのは、初めてである。今回のエンシャント財団は手探りの状態で始める事が、とても多い。

「それでは、誘拐された少女の詳細なデータを見せてくださいな」

「分かりました。…協力してくれるんですね」

それを聞いた巴は、優しげに微笑んだ。

「私が、約束を破るはずありませんわ」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑
SF
多種多様な武器やスキル、様々な【称号】が存在するが職業という概念が存在しない<Imperial Of Egg>。 古き良きPCゲームとして稼働していた<Imperial Of Egg>もいよいよ完全没入型VRMMO化されることになった。 身体をなるべく動かしたくないと考えている岡田智恵理は<Imperial Of Egg>がVRゲームになるという発表を聞いて気落ちしていた。 しかしゲーム内の親友との会話で落ち着きを取り戻し、<Imperial Of Egg>にログインする。 当作品は小説家になろう様で連載しております。 章が完結次第、一日一話投稿致します。

専業ネカマの生態

magnet
SF
36歳プロヒキニートが推しの宣伝によりゲームを始めることを決意。コツコツお金を貯め一ヶ月遅れでようやくゲームを始めるも、初心者狩りにカモられ、キャラを削除されてしまう。そんな失意の中、復習に燃える主人公(デブメガネオタク)は二度目のログイン時に前回には無かったキャラクリエイト画面を発見する。そこでは詳細な顔だけでなく、生体認証により選択できなかった性別すら変更可能で…… 人生オワコン男性による怒涛の人生逆転劇!

冴えない理系大生はVRゲーム作って一山当てたい!

千華あゑか
SF
祝日を合わせて4日間の連休。その初日。  もう昼過ぎだというのにカーテンを閉め切った薄暗い部屋。バネの飛び出たベッドの上でVRヘッドセットを付けて、トランクスとTシャツ姿で横になっている男がいた。「レストランで美味しいシーフードを振舞えば美女もイチコロって本当かよ!」などと一人興奮している男"ルパート・アビエス"。  一方、真面目を誇張"体現"したかのように、朝から息が詰まりそうな学術書や論文の数々を開き、コーヒー片手に勉学に没頭する"デイヴィッド・デイヴィス"。  神様が気まぐれを起こさなければ、交わることなんてなさそうなこの二人。一応、エリート校に通う天才たちではあるのだが。どうも、何かが何処かでどういう訳かオカシクなってしまったようで……。  「吸い込まれそうな彼女の青い瞳には、もう君しか映っていない!?」なんて適当な商売文句に興奮しているトランクス姿の残念な男によって、胃もたれしてもまだお釣りが返ってきてあり余るくらいに、想定外で面倒で面倒なことになるなんて。きっと後者の彼は思いもよらなかったでしょう。  絵に描いたような笑いあり、涙あり、恋愛あり?の、他愛ないキャンパスライフをただ送りたかった。そんな、運命に"翻弄"されてしまった2人の物語。さてさてどうなることやら……。 ※ただいま改装中です。もしお読みになられる際は、プロローグからアクセス権限が解除された話数までに留めておかれることをお勧めします。 ※改修しはじめましたが、現在プライベートとの兼ね合いにより定期更新がむずかしい状態にあります。ですが打ち止めとするつもりは毛頭ありませんので、あまり構えず気長にお付き合い頂けますと嬉しいです。 [Truth Release Code] ※No access rights

未来に住む一般人が、リアルな異世界に転移したらどうなるか。

kaizi
SF
主人公の設定は、30年後の日本に住む一般人です。 異世界描写はひたすらリアル(現実の中世ヨーロッパ)に寄せたので、リアル描写がメインになります。 魔法、魔物、テンプレ異世界描写に飽きている方、SFが好きな方はお読みいただければ幸いです。 なお、完結している作品を毎日投稿していきますので、未完結で終わることはありません。

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜

華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日  この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。  札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。  渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。  この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。  一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。  そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。 この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。 この作品はフィクションです。 実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

終末の運命に抗う者達

ブレイブ
SF
人類のほとんどは突然現れた地球外生命体アースによって、消滅し、地球の人口は数百人になってしまった、だが、希望はあり、地球外生命体に抗う為に、最終兵器。ドゥームズギアを扱う少年少女が居た

処理中です...