鬼畜狼と蜂蜜ハニー《隼人編》

槇村焔

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1章

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「隼人さんってむっつりだったんだな…」
鏡に映ったピンと立った乳首を見て、俺はしみじみと呟く。
昨日今日でわかったこと。
とにかく、隼人さんは、これでもかってくらいエロい言葉を使って俺に悪戯をしかけてくる。そして、とにかく1つ1つの愛撫がねちっこい。
俺が泣きそうになって身悶えると、嬉しそうに微笑むから、サドの気もあるかもしれない。


「それでも、好きなんだけどさ…」
誰ともなしに、呟いて顔が赤くなる。
隼人さんは、先に台所に戻り、冷めた料理を温めていた。
俺も着替えてから、リビングに行こう。
そろそろお腹が減りすぎて脳内ダウンしそうだ。

そんな風に考えていたら。
カタン、と玄関の扉を開ける音がした。

兄ちゃんが帰ってきたんだろうか。
そわそわした気持ちで、着替えて階下へ降りて…俺は目の前に広がる光景に立ち尽くしてしまった。


兄ちゃんが隼人さんに抱き付いて、キスをしていたから…。

なんで?どうして、隼人さん。兄ちゃんと?

どうして、大好きな二人がキスなんてしているの?


「鈴っ!」
 俺に気づいた隼人さんが兄ちゃんの肩を押し退けた。
兄ちゃんも、ハッとした表情で俺を見つめている。


「兄ちゃん…?」
「俺だって、隼人さんが好きだ」
「!?」
「俺だって、鈴みたいに隼人さんのこと好きだったんだ!」
 
兄ちゃんが、隼人さんを…?
俺と同じように、隼人さんのことが、好き…?
頭がグルグルした。
俺が大好きな二人が…、兄ちゃんも、俺と同じ人が好き。
兄ちゃんも俺と同じ…。


「鈴っ」
俺は、その場から逃げ出すように玄関を飛び出した。
隼人さんが、俺の名を呼ぶが振り返ることはできない。
早く、この場から離れたかった。

「おっと…え?」
 よろめいた俺の腕を、玄関でちょうど鉢合わせた先生が掴んだ。

「どうし…」
でも、泣いている俺の顔を見て、先生はすぐに手を離してくれた。
その隙に俺は、より遠くへと駆け出す。


「鈴、待ってください…!鈴…。私の話を…」
隼人さんの悲痛な声に振り返る余裕など、今の俺にはなかった。





  トボトボと、肩を落としながら駅前の方まできてしまった。
どうしよう。このままってわけにもいかない。
兄ちゃんとも、隼人さんとも話し合わないと。

でも、俺、どうしたらいいんだろう。
俺は隼人さんが好きだ。
大好きで大好きで、兄ちゃんにもこの気持ちは負けてないはず。
だけど、俺が隼人さんと付き合うとなったら兄ちゃんは、どう思うだろう。
兄ちゃんは、やっぱり俺を嫌いになっちゃうのかな…。
自分の好きな人を取られて、嫌な奴って思われちゃうのかな。
気まずくなったりしちゃうのかな…。


そういえば、占い師言ってたっけ。

2つのうち、1つを選ぶことになる、って。
それって、今なのかな。
隼人さんか兄ちゃん、選ばなきゃいけないってこと?
隼人さんが選べば、兄ちゃんが傷つく。
でも兄ちゃんを選べば、隼人さんが傷ついてしまう。
そもそも、頭のいい隼人さんに俺なんて釣り合っているのだろうか。優しくて大人な兄ちゃんのほうが隼人さんにはいいんじゃないだろうか。


『お前なんて嫌いだ…!!!お前なんて、いなくなっちゃえ…!』

ゾク…、と言い知れぬ恐怖が頭を掠める。
兄ちゃんに嫌われたら…、俺は…ーー
俺の、居場所なんて、簡単になくなる…。


ぼんやりとしすぎていたんだろう。
俺は前方からやってくる人に気づかずに、思い切りぶつかってしまった。
俺の体が小さいってのもあるけど、俺がぶつかった人が190あるんじゃないかと思うくらいの大柄の人で、俺は思い切り前のめりにすっ転んでしまった。
ドテーンっと、漫画だったら効果音がつくくらい豪快に転んでしまった俺。
鼻先も、ちょっぴり怪我をしてしまった。


「…って…」
「すまない。大丈夫…か…」

俺とぶつかった人は申し訳なさそうな口調で、俺に手を差し出した。
俺は、「すみません」といい差し出された手を取り、顔をあげる。

「…っ…!」
男の人の顔を見て、一瞬、固まる。
視線が奪われる。
浅黒い肌。堀が深くて端正な顔立ち。

なんだかわからない衝動が、刹那、俺の中で湧き上がる。
それは、歓喜にも似た喜びの感情だった。

初めてあった人なのに、なんでこんな気持ちに…?
そんなことも冷静に考えられないくらい、俺は男の人に視線を奪われ、俺の瞳からは止まっていたはずの涙が溢れた。

ああ、会いたかった。
会いたかった?


「お前は…」
「鈴…!」
はっと、意識を戻すといつの間にか俺の目の前には隼人さんの姿。
男の人から俺の姿を覆い隠すように、隼人さんは俺を背に隠すと

「この子がなにか粗相を?」
と探るような視線を男の人に向けた。


「いや…。ただ、ぶつかっただけだ」
「そうですか…。それは失礼を。お怪我は?」
「私はない。私の方がでかいからな。だが、君は」
「お、俺もないよ…。ぶつかってしまって、すみません」

俺が謝罪すると、隼人さんは急ぎ早に「では、急いでますので」といって、俺の手を引く。

「…いたっ、隼人さん。痛いよ…」
そう訴えても隼人さんは手を離してくれない。
それどころか、笑顔を浮かべていないその表情は冷え冷えとしていて、少し怖い。
こんな不機嫌な隼人さん、初めてみる。
俺の知らない隼人さんに、ゾクリと背筋が震える。

俺を離すまいとする隼人さんは、俺の知っている隼人さんらしくない。

「隼人さん、手離して。痛いって…」
「手を離したら、鈴は逃げるでしょう?」
「に、逃げるって…」

確かに、今は冷静に考えられないから家には帰りたくない。
でも、こんなきつく手を握りしめなくてもいいじゃないか。
まるで悪いことをした子供が、親に連れられているみたいだ。
なんで、隼人さんから逃げ出しただけでこんな風に捕まえられないといけないんだ?
少しくらい俺だって一人で考えたいのに。


「隼人さん、なんで兄ちゃんとキスしてたの?
兄ちゃんのこと好きなの?」
「あれは不可抗力で…。私が好きなのは…」
「兄ちゃんも隼人さんのこと好きなんだって。
多分、すごい隼人さんのこと、好きなんだ。
じゃないと兄ちゃん、キスなんてしないもん。
俺が好きなように、兄ちゃんも隼人さんのこと好きなんだ」

俺が隼人さんを好きだって、兄ちゃんは知っている。
そんな俺を、兄ちゃんは今までどんな気持ちで見ていたんだろう…。
いつも、俺がほしいといえば、何も言わずに譲ってくれる兄ちゃん。そんな兄ちゃんが、自分からキスをして、隼人さんを好きだって……。


「俺、どうしたらいいんだ…。兄ちゃんと同じ人を好きになって…俺は…」
「どうもこうも。鈴は私を好きでいればいいじゃないですか。他の人間なんて関係ないでしょう?」
「関係なくなんて…。だって、兄ちゃんはいつも俺のために行動してくれて、甘やかしてくれて…」
隼人さんも大事だけど、兄ちゃんも俺にとって大事な人で。
だから悩んでいるわけで。


「だから?そんな兄に嫌われるのは嫌だと?だから、鈴は私の手を簡単に離すのですか?私の想いも知らないで…」

ぎゅっと、隼人さんが握る手が強くなる。
あまりの強さに顔をしかめていると
「離してやったらどうだ?」とそれまで黙って俺たちを見ていた男の人が声をかけた。


「部外者は黙っていただきたい」
「部外者…ね。確かにそのとおりだな。ただ、可愛い子が泣いていたら助けてあげるのが、どうにかしたいって思うのが男だろ。
そんな風に乱暴に扱って、この子が嫌がらないとでも?」
「……っ」

男の人の言葉に、隼人さんは悔しそうに唇を噛んだ。


「色々誤解があっただけです。
話し合えば、この子もわかってくれる」

「話し合う…ねぇ。そういって、丸め込むだけなんじゃないのか?
余裕がない男は嫌われるぞ。少しくらい自由にしてやらないと、お互い疲れてしまう…。そんなに力で押し付けちゃ、逃げ出したくもなる…」
「…そうですか。アドバイスありがとうございます。鈴、行きますよ」
「で、でも…」

あの男の人と、もう少し喋っていたい。
あの男の人は、一体、誰なんだろう。
なんで、こんなはなれがたい気持ちになってしまうんだろう。

俺が名残惜しげに男の人を見つめていると
「あの男が気になりますか?私よりも」とポツリと隼人さんは呟き、そっと俺から手を離した。


「隼人さん…?」
「すみません、少し一人になります。鈴は先に帰っていてください」
早口でそうまくし立てると、隼人さんは俺に背を向ける。
さっきまで俺が隼人さんから逃げていたのに。今度は隼人さんが俺から逃げるかのようだ。

ダダを捏ねる俺に呆れた?
いや、違う。
呆れたんじゃなくてこれは、悲しんでいるんだ。

どこか哀愁漂う隼人さんの背中に、1人にしておけないという気持ちになって、今度は俺の方から隼人さんの手をとった。


「ごめん…。一緒に帰ろう。隼人さん」
1人になって、兄ちゃんと隼人さんのことを考えたかった。
でも、今隼人さんの手を離してしまったら、隼人さんは俺から距離をおいてしまう。そんな予感があった。
だって、隼人さんとても傷ついた顔をしているから


「鈴…」
「すみません。あの…俺たち、失礼します」

そういって、男の人の前から立ち去った。
男の人にあった時から騒ぎ続ける胸の鼓動を無視して。

「そうか…あの二人…」
俺たちが去ったあとも、俺達のことをずっと男の人が見ていたなど、そのときは思いもせずに。





しばらく隼人さんと無言であるき続けて。
最初に口を開いたのは、隼人さんだった。
隼人さんは足を止めて、赤らんだ俺の手をいたわるように撫でた。

「すみません……鈴。手を強く引っ張ってしまって…」
「ううん。でも、ちょっとびっくりした。隼人さん、いつも俺の嫌がることしないから…」

あんな風に冷え冷えとした視線も、硬い声も初めて聞いた。
隼人さんは俺の言葉に困ったように苦笑すると、
「鈴が私のことを嫌いになってしまうと思ったから…」と小さくこぼす。

「そんな…。ただ、1人になりたかっただけで…」
確かに兄ちゃんとキスした隼人さんがショックだったけど、嫌いになんてなってない。

「だって、すぐに飛び出したでしょう?里桜とキスした私を見て」
「それは…、どうすればいいかって思ったから。だって、兄ちゃんも隼人さんも俺にとっては大事な人だから…」
「私にとっては、鈴だけです。他はどうだっていい。たとえ里桜だろうと、私は、ずっと…ーーー」

隼人さんの手が、俺の唇に触れる。

「隼人さん…」
「この唇にだけ、触れたいと考えていたんです。君が考えているずっとまえから……。だから…ーー」

そんなに前から好きだった…?
俺のこと、いつも子供扱いしていたのに?
そんなに…俺のことーーー。

 隼人さんの言葉が途切れたと同時に、そっと口づけが落ちた。


 隼人さんがあんな風に男の人に対して慇懃無礼な態度だったのは、俺と手をつなぐ男の人に対して嫉妬して、だったらしい。
家への道すがら、隼人さんが弁明のようにぽつりぽつりと不機嫌だった理由を離してくれた。


「それってヤキモチ?隼人さんでもやきもちなんて焼くの?」
「それは、私だって人間ですから」
「だっていつも涼しい顔してるし。俺ばっかりがドキドキしてるよ…」
「それは…あまり顔には出ないだけですよ。本当は嫉妬深いし、子供っぽいんです。さっきも鈴が男の人に対して見とれていたから…」
「見とれてって…」

確かに、見てたけど。
ぼぉっとしていたけどさ。
俺が好きなのは隼人さんなわけで…。


「なんか…すごく懐かしい感じがしたから…。初めてあう人なのに、なんか凄く気になったんだよね……。だから、少し話をしたかっただけで…」
「気になりますか?私よりも?」
「だから、そういうんじゃなくて……」
「じゃあ、もうあの男の人なんて忘れなさい。これ以上、付き合ったばかりの恋人をヤキモキさせないでくださいね」
「ヤキモキって…隼人さんもね…」

兄ちゃんのことといい、隼人さんは昔からモテるんだから。
俺の言葉に隼人さんは微笑み「善処します」と答えた。
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