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第5話 何か巻き込まれています

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「……よろしいんですか?」

 従者が困惑の表情を浮かべ口にする。

「……いいんじゃないか?」

 どっちみち誰か必要だったのだ。
 それに自分に挑み続けるあの目……悪く無かった。

 フォリムはふと思い出す。
 命を燃やすように情熱的で、綺羅星のようで……
 
 (面白そうじゃないか)

 思わず口元に浮かぶ笑いを噛み殺す。

「……と、いう訳だから、当面ここに女を入れるな」

 そう言って笑顔を向ければ、従者は一瞬胡乱な目を向けてから、恭しく頭を垂れた。

 ◇

「マリュアンゼ────!!」

 翌早朝から母の絶叫に叩き起こされ、マリュアンゼは窓から逃げるべく窓枠に足を掛けたところで、寝室のドアが勢いよく開いた。

「マリュアンゼっ!」

「おおお母様、落ち着いて下さい!」

 どう見ても、三階の窓から飛び降りようとしているお前こそ落ち着けと侍女は内心突っ込んだが、以前この規格外令嬢は屋根から飛び降りて足腰を鍛えようとしていたので、あまり当てはまらない。

 つかつかと歩いてくる母親に目を泳がせるマリュアンゼの肩に両手を置き、夫人は一言。

「良くやったわマリュアンゼ! グッジョブ! よ!」

 母は玉の輿に喜んだ。

 ◇

 嫌がるマリュアンゼを着飾らせ、アッセム夫人は満面の笑みで娘を迎えの馬車に押し込んだ。

「どこに行くのよ……」

 再び付き添い無しで馬車に放り込まれ、マリュアンゼは憮然とした。
 昨日の屋敷に連れて行かれたら逃走してやる。
 そう思ったところで、扇の向こうから覗く母の目は、声音と全く違い笑って無かった事を思い出す。その目で絶対に公爵に気に入られてらっしゃいと送り出された記憶が頭を過ぎる。
 娘とは────子とは……親には逆らえないように刷り込まれているものなのだ。

 (上手い事逃げよう)

 けれど、万人に通用していた無敵の運動神経があの公爵には通じないのだ。マリュアンゼは渋面を作った。

 (頑張って逃げよう)

 それしか思いつかなかった。

 ◇

「すまないな、ヴィオリーシャがどうしても会いたいと言うものだから」

 そう言ってこちらを玉座から見下ろす男は、間違いなくこの国の国王だった。隣には王妃であるヴィオリーシャが座している。
 マリュアンゼは引きつりそうになる顔を叱咤し、必死に笑顔を貼り付けた。

 二人は国教上は既に夫婦だが、王室の取り決めにより、ヴィオリーシャは未だ王妃(仮)である。

 確か王妃の戴冠式を待たずに夫婦の申請を出したんだとか。普通の浮かれた平民夫婦のようだ。ある意味親しみ易い感性とも言えるが、一国の王がこれでいいのかと思うのはマリュアンゼだけでは無いだろう。

 実際王妃教育は難航しているようだ。
 何でも力業で解決に持ち込みたい自分が言うのもなんだが、あまり国妃というものを理解していない。昨日公爵の屋敷に単身乗り込んで来た事を取っても、短慮としか言いようがない。

「あなたが本当にフォリムの恋人なの? だってあなたゴリラみたいだって専らの噂じゃない。フォリムがあなたみたいな人を選ぶなんて考えられない。まさか脅したんじゃないでしょうね」

 短慮

 まさしくその通りのようだ。
 マリュアンゼはニコリと笑顔を作った。

「王妃様、昨日はご挨拶出来ずに大変失礼致しました。私はアッセム伯爵家が娘、マリュアンゼと申します。昨日公爵閣下のお屋敷にお邪魔しましたのは、兄に言付かっての為にございます。誤解無き様、くれぐれもご配慮下さいませ」

「まあ……」

 その言葉にヴィオリーシャは、ほっと息を吐いた。

「そうよね。いくらなんでも、まだ私と別れてひと月ですもの。あの人がそんなに立ち直りが早いとは考えられないわ」

 ……そうだろうか……

 一度しか会って無いが、攻撃を躱す時のあのムカつく顔。あの男絶対に性格が悪い。立ち直るどころか、既に感情というものを切り捨て、犬猫にでも食わせている可能性だってある。

 それよりヴィオリーシャは切り替えが鈍過ぎないだろうか。
 国王夫妻は新婚一ヶ月だが、その前に半年程婚約期間と言うものが存在している筈だ。なのに未だ公爵の婚約者気分が抜けないでいる……

 そんなヴィオリーシャを、国王も何とも言えない顔で眺めている。

 すると背後からくつくつと笑い声が聞こえて来た。

「そうですよ、王妃様、オリガンヌ公爵がマリュアンゼ等を婚約者────失礼、恋人になどする筈がありません」

 どこかで聞いた事のある声に振り向けば、ジェラシルがいやらしい笑みを浮かべこちらを見ている。

「あら、あなたこんなところで何をしているの? 弱いくせに」

 マリュアンゼの正直な感想に、思わずと言った風にジョレットが吹き出した。

 (あら、副団長様もいらしてたのね)

 途端に気分が舞い上がる。

「こ、この! お前みたいなゴリラ女から王族を守る為に俺たち近衛がいるんだろう! 無礼な口を叩くな!」

 真っ赤になって怒り出すジェラシルを、同僚たちも気の毒そうにしながらも、頬を引き攣らせて見ている。

「だったら尚更あなたじゃあ力不足でしょうに。いるだけ無駄だわ」

 切って捨てた瞬間ジェラシルは腰の剣に手を掛けた。
 それにぴくりと反応すると同時に怒声が飛んできた。

「止めろ!」

 
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