27 / 39
番外編 クライド
03. episode-2
しおりを挟む「──何をしているんだい?」
笑顔で告げたつもりだが、声は自然と低くなった。
クライドの目に見えない圧に震え上がった女子生徒が、一歩二歩と後ずさる。
「ク、クライド殿下……これは、その……」
その後ろで動揺を隠さない女子たちにも一瞥をくれてから、クライドはアリサに向き直った。
「何があったんだ」
全身びしょ濡れで眼鏡がヒビ割れてしまっている。
けれど本人は表情を崩す事もなく、手にした眼鏡に視線を落としていた。
その視線をチラリと女子たちに向け、彼女たちの怯える様を見届けてから、アリサは割れた眼鏡を掛け直しクライドに向き直った。
「何でもありません」
「……っ」
(何でもない事はないだろう……!)
けれどアリサは淡々と続ける。
「これは私の不注意が招いた事ですので」
「……そうなのか?」
自然と眉根が寄り、険しくなった顔を彼女たちに向ければ、その通りとばかりに首を縦に振っている。しかしその助かったとばかりの反応には不快感しかない。納得いかないクライドへ向け、アリサは続けた。
「──ええ、彼女たちは私の不注意をそこで嘲笑っていただけで、無関係です」
「……」
上げといて落としてきた。
いや、上げてもないけど……
「なっ!」
「ちょっと!」
そして動揺に悲鳴をあげる女子たちを放置し、アリサはさっさと立ち去ってしまった。
呆気に取られたままのクライドは置いてきぼりにされてしまい、気付けば残された女生徒たちに囲まれていた。
彼女たちはこれ幸いとばかりに、媚びるような眼差しでクライドに擦り寄る。
「あの、殿下……私たち本当に、そんな事はしていませんから」
「そ、そうです。あの人って目が悪いから、よく見えなかっただけです。直ぐに手を貸さなかったからってあんな風に言うなんて酷いわ」
「本当に。折角心配して差し上げましたのに……クライド殿下はあんな、つっけんどんな方が常に傍にいて息苦しくありませんの? ……その、私で良ければいつでもお手伝いに伺いますから……」
「あら、一人だけ抜け駆けはダメよ」
「そうよ、私の方がお役に立てると思うわ」
きゃいきゃい始まった女子たちの主張に辟易としつつ、クライドは紳士的な作り笑いで応じた。
「そうか、よく分かったよ。私は彼女が心配だから後を追いかける事にしよう。足が竦んで動けない君たちの手を借りるのは申し訳がないから、このままここにいるといい。──それと必要な時に動けない輩では、生徒会の役割はこなせないと思うよ?」
時間惜しさに一息に告げれば、一様に間抜け面が並んだ。そのまま女性徒たちを放置して、クライドはさっさと踵を返す。彼女たちが顔を青褪めさせる頃にはもう、クライドの背はその視界から消えていた。
クライドはムカムカと胸に巣食う不快感に奥歯を噛み締めたが、すぐに口角を上げた。
(痛快だった)
彼女は強かだ。
しかも黙り込むだけ訳でもなく、きっちりとやり返す。しかも自分を利用しようだなんて、なかなかやってくれるじゃないか。
(面白い)
クライドの胸はすき、部下の放った一撃に誇らしい気持ちで満たされた。
◇
生徒会の執務室に着くと困り顔のシェイドが部屋から出てきた。
「……どうかしたのか?」
ビクッと肩を震わせたシェイドは、視線を彷徨わせてから遠慮がちに口を開く。
「その、アリサ嬢が……」
「その件は私も先程目にしたところだ。中で話そう」
「あ! いえ!」
ドアノブに手を掛けるクライドを慌てて止め、シェイドはバリケードのようにドアに張り付いた。
「……何だ?」
眉を顰めるクライドにシェイドは観念したように口を開く。
「えーと、あの……今はその……彼女、着替え中でして……」
「……」
確かにびしょ濡れだったからな。とは思うが……
面白くないのは何故だろう。
見てはいけないものを見てしまったような、そんな顔をしているシェイドに怒りすら湧いてくる。
「なら暫く待とうか」
ドカッと壁に背を預け、クライドは腕を組んだ。
女性の着替えにどれだけ掛かるのか分からないが、早くはないだろう。
そんな事を思っていると、シェイドが上着を着ていない事に気がついた。
「……君、上着はどうした?」
「あ……えーと。アリサ嬢に貸しました……」
「……」
今度は複雑な気持ちが込み上げる。……なんだろうか、これは。
「その、クライド殿下……アリサ嬢は……」
気遣うようなシェイドの眼差しにクライドは息を吐いた。
「……完全に私の監督不行き届きだ。君も強く当たられているらしいじゃないか、申し訳ないな」
「いえ! そんな事は……!」
ブンブンと首を横に振るシェイドを意識から外し、クライドは天井を睨んだ。
(ふん、私が選んだ部下に不満があるとはいい度胸じゃないか。今に見てろよ)
黒い考えに支配されていると、背後からノックの音が響いた。
「お待たせ」
声と共に顔を出したアリサは予備の眼鏡を掛けており、先程よりはいくらかマシになっていた。けれど髪は半乾きでしっとりしてるし、何よりシェイドの上着を羽織ったままだ。
(……さっき貸してやれば良かった)
気付かなかった自分に苛立ちを覚える。
「ウォーカー令息、悪いんだけどこの上着、借りて帰ってもいいかしら」
シェイドの上着を指し、アリサは首を傾げた。
「かまいませんよ、上着は予備がありますから」
快諾するシェイドに謝意を伝え、アリサは変わらぬ様子でクライドに向き直る。
「殿下も先程はすみませんでした」
衒いのない青色の瞳を見つめ返し、クライドは小さく笑った。
「気にしなくていい。それより、いつもあんな事があるのか?」
クライドが見たのは、びしょ濡れのアリサが女生徒たちに囲まれているところからだ。それ以前は分からないが、どうせくだらない嫌がらせをしてたのだろう。
確かにアリサは口が悪い。本人に原因もあるだろう。だが自分が生徒会に抜擢したのもあの一因だと思えば気にもなる。
成績優秀で案外面倒見もいいのに、残念な毒舌に加え無愛想。
(もう少し上手く立ち回ればいいものを……)
クライドは内心で溜息を吐いた。
「いえ……あれは初めてですね」
相変わらず表情を崩さないまま、アリサは首を横に振った。
「ですのでお気になさらず。一過性のものですので」
そしてクライドに依存しない。
「……」
だからクライドはにっこりと笑った。
「そうか、私の部下たちは心強いな。頼もしい事この上ない」
しかし笑顔で吐いた言葉とは裏腹に、内心では不思議と苛立ちを覚えていた。
69
お気に入りに追加
2,023
あなたにおすすめの小説

ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~
参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。
二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。
アイシアはじっとランダル様を見つめる。
「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」
「何だ?」
「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」
「は?」
「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」
婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。
傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。
「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」
初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。
(あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?)
★小説家になろう様にも投稿しました★

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?
もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢
ルルーシュア=メライーブス
王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。
学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。
趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。
有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。
正直、意味が分からない。
さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか?
☆カダール王国シリーズ 短編☆
契約結婚の終わりの花が咲きます、旦那様
日室千種・ちぐ
恋愛
エブリスタ新星ファンタジーコンテストで佳作をいただいた作品を、講評を参考に全体的に手直ししました。
春を告げるラクサの花が咲いたら、この契約結婚は終わり。
夫は他の女性を追いかけて家に帰らない。私はそれに傷つきながらも、夫の弱みにつけ込んで結婚した罪悪感から、なかば諦めていた。体を弱らせながらも、寄り添ってくれる老医師に夫への想いを語り聞かせて、前を向こうとしていたのに。繰り返す女の悪夢に少しずつ壊れた私は、ついにある時、ラクサの花を咲かせてしまう――。
真実とは。老医師の決断とは。
愛する人に別れを告げられることを恐れる妻と、妻を愛していたのに契約結婚を申し出てしまった夫。悪しき魔女に掻き回された夫婦が絆を見つめ直すお話。
全十二話。完結しています。

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜
よどら文鳥
恋愛
伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。
二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。
だがある日。
王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。
ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。
レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。
ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。
もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。
そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。
だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。
それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……?
※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。
※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~
瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】
ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。
爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。
伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。
まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。
婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。
――「結婚をしない」という選択肢が。
格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。
努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。
他のサイトでも公開してます。全12話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる