病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向

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第15話

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体育祭で二人三脚のペアになった磯崎愛とはそれからちょくちょく話すようになった。
「おはよう!竹中君」
「磯崎さん。おはよう」
「今日はあいにく、雨だねぇ」



体育祭まであと2週間切ったから沢山練習したかったのになぁ。
磯崎さんがしとしとと降り続ける空を見上げて呟く。
「俺的には願ったり叶ったりの雨だけどな」
炎天下を走り回らなくて済むし。
暑いし、疲れるし、体力が根こそぎ持ってかれる。
「はぁ。これだからひ弱な男子は困るよねぇ」
何故か頭を抱えられた。
「誰がひ弱だ。磯崎さんだって部活はインドアだろ。そんなに体を動かしたいなら運動部に入ればよかっただろ」
俺が言い返すと磯崎さんは不満げに頬を膨らませた。
「む。私の夢は日本一の売れっ子作家になる事だもん。運動はほどほどでいいの!」
彼女と会話をしていくたびに、俺の持っていた眼鏡の陰キャ文芸部部長とはかけ離れたキャラになっていく気がする。



「竹中君だって夢あるでしょ?それに向かって努力する事って楽しいんだよ?」
へへん!と意気揚々に目をキラキラさせ語る磯崎さんに少し心がたじろいだ。
夢。夢か。
俺はあの日から未来を示す言葉に弱くなってしまった気がする。
 正確には、俺の夢は夢で終わった。
むしろ、夢だった事という過去形がしっくりくる。
「別に。俺は毎日を平凡に暮らせたらそれでいい」
俺も雨降る黒い空を見上げた。
「えー。なにそれ。つまんないなぁ」
「平凡な人生を望む事の何がつまんないんだよ」
毎日が無事に生きられることだって十分幸せなんだからな?


「ふふ。なんだか竹中君、死期を悟ったおじいちゃんみたいだよ」
「誰がおじいちゃんじゃい。俺は、高校2年だ。それに、今、別に息苦しくないのなら、自分から茨の道に飛び込む必要なくないか?」
それとも、この考え方は逃げ腰だって笑うか?
「うーん。まぁ、人生観って人それぞれだもんね。けど、私は、私の場合は…」
「一度しかない人生がすべて抑揚の無い未来だと分かったら…怖くて生きられないなぁ」
辛い時でも何か楽しい事を思い出す。
さすれば、道は開く。
っておじいちゃんが言ってたよ。

突然のおじいちゃんの名言。


もしかしたら、磯崎さんはおじいちゃん子なのかもしれない。
「ま。生き方なんて人それぞれだもんね。それが竹中君の生き方なら私がとやかく言う問題じゃないから」
そうへにゃっと笑う彼女の顔は、一見何も考えてなさそうで、俺の心を見透かされてそうな、よく分からない笑顔だった。


■■■■■
「おはようございます」
俺の後ろから声がした。
「サッキ―おはよう」
磯崎さんがぶんぶんと手を振って応えた。
「おはようございます。愛ちゃん。竹中君」
清水さんはそう言って俺の隣の席にスクール鞄を置いた。


「おはよう。」
俺はいつもと変わらない彼女の黒髪のつややかさに目を奪われながらも答えた。

「なんの話をしていたんですか?」
1限目の教科書類を机の上に揃えながら、清水さんは俺達のほうを向いてきた。
「んーっと、将来の夢何?みたいな?」
「なるほど。愛ちゃんの将来の夢は小説家でしたよね?」
「そうなんだよ!いつか、沙希菜ちゃんを主人公にした小説も書いたりして…」
楽しそうに笑う。
「わぁ。それは楽しみです!」


「竹中君の夢は何ですか?」
「そうそう。丁度聞いてたところなんだよ!」
何?
二人して俺の顔を見つめてくる。
夢。
夢…か。
正直、未来について考える事をここ最近していない。
将来の目標とか人物像なんてまるっきり思いつかないし、想像するだけ時間の無駄だ。
何故なら…。俺は…。


「えっと…夢、夢ねぇ…」
俺はポリポリと頬を掻いた。
「とりあえず、大学行って、まぁ、そこそこの会社に勤める?とかか?」
「うわぁ。竹中君、欲無さすぎだよ!」
「でも、良いと思いますよ。平凡な人生こそ幸せがあるのかもしれません…」
清水さんは優しく俺に微笑んできた。
その目は、綺麗に作られた笑顔であり、彼女の真意を読み取るには難しすぎる仮面だった。


「ふふ。でも、竹中君がスーツを着てデスクワークをしている姿、少し想像できませんね。ふふ」
清水さんはおかしそうに笑っていた。
「確かに!竹中君はどちらかと言うと自宅警備員してそうだよね!」
「君たちは俺を何だと思っているんだ?」
この時ばかりはと、イジるタイミングが揃ったのか2人して俺を笑いの種にしてきた。
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