昔話パロディ・再話集

Yoshinaka

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お妃の苦悩(白雪姫より)

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「鏡よ鏡・・。」
そこまで言って、お妃はため息をついた。一体いつまでこれを繰り返しているのだろう。たった一言、この鏡から「あなたこそ世界で一番美しい」との答えを聞くために。分かっているのだ。本当に、そうだろうか、と。そもそも、お妃は自分の美貌に自信があるが、世界一って安易に言われても、それをたやすく信じて良いのだろうか。世の中には若さに溢れた娘がごまんといるのに。いや、美しさは若さだけが基準では無い。だいたい、若くなければ美しくないという判断すらおかしい。それだからかもしれない。もう、決して若いとは言えない自分に何の躊躇いもなく「世界一美しい」と言ってくれるのはこの鏡。周りの人間がいくら言っても、お追従にしか聞こえないし、そもそも本心では無いだろう。それこそ、若くないのに痛々しいと自分を笑っているのかもしれない。魔法の鏡。世界を一望できる。その鏡こそが美しいと言ってくれるのだ。自分には若さを越えた何か特別なものがある。お妃は胸を張ると、気を取り直し、鏡に向かった。先ほどの答えを否定して欲しい一心で。
「あなたも美しい。だけど、白雪姫の方がもっと美しい。」
確かに、そう鏡は言ったのだ。この鏡だけが自分の唯一の味方だと思ったのに裏切った。所詮、こいつも、若さで美貌を判断する輩なのか。白雪姫の方が美しいだって?何の判断基準で言うのか。あの子が私に勝っているのなど、それこそ若さしかあり得ない。
「あなたも美しい。だけど、白雪姫の方がもっと美しい。」
縋るように尋ねたのに、また鏡は同じ言葉を繰り返す。お妃は目の前が真っ暗になった。単なる聞き間違いでは無かったようだ。どうしよう。若さが羨ましい。若さが欲しい。あの子を殺して、生き血をすすれば、その若さが手に入るのか?そこで、ふと、お妃は鏡を見る。考えてみればおかしい。だいたい、ずっと自分を美しいと言い張って、このタイミングで白雪姫に乗り換える。ひょっとすると、私は鏡に仕組まれているのかもしれない。私が美しいと言い張ったのも、私を虜にするため。そうやって、私を操り、人間どもの愚かな欲望を高笑いするのがこの鏡の真の目的。魔法の鏡では無く、悪魔の鏡。それがこいつの正体なのかもしれない。
お妃は唇をかむと、側にあった小ぶりの椅子を手に取り、思い切り振り回した。しかし、すんでの所で、鏡を外した。勢い余った椅子は、側の花瓶に当たると、それは派手な音を立てて壊れた。できないのだ。いくら悪魔の鏡だからとしても、こいつを失うと、誰が私を認めてくれるのだろう。例え、甘言でも言い。あなたこそが世界一美しいともう一度聞きたい。
お妃は決意すると、ゆっくりと鏡の前に立つ。お妃の心を読んだかのように、鏡には白雪姫が映っていた。この娘さえ殺せば。また、これは私を世界一と認めてくれるだろう。
すでにおかしな思考にはまっている。そう考える自分もどこかにいた。でも、お妃は、そう批判する自分を葬ることを選んだ。狂っていてもいい。自分を認めてくれるその要求に従い、お妃は白雪姫を葬る計画を練り始めた。
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