【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪

冬馬亮

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残す日々

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光が消失した室内。


そこに言葉もなく呆然と立っていた者たちは、やがて一人、また一人と我に返って辺りを見回した。


先ほどまでここにいた筈のカルセイランの姿はもはやない。

彼は、既に転移先の村に移動したのだ。


「・・・残すところあと4日。あれは必ず戻って来る」


国王トルストフが重い沈黙を破った。


「うかうかとはしておれぬ。あの女が消えた後、我らは乱れた国政を立て直さねばならん」
「・・・そうですな」


ジークヴァインが頷いた。


「大混乱になるだろう。あの女が好き勝手にいじくり回した人事も、政策も、適当に入れ替えた人間も全て、可能な限り正していかねばならない」
「恐れながら国王陛下、ミネルヴァリハ王国との約束も残っておりますよ」


アルパクシャドが口を挟む。


「ああ分かっている。やる事は山積みだ」


その遣り取りに、アウンゼンは大袈裟に肩を竦めてみせた。


「やれやれ。私自身は国に帰るだけですが、相当に大変な仕事が待っている様ですね。この国の方々にとっては」
「その通りだ。きっと大変な騒ぎになるだろう。それこそ眠る暇もないくらいにな」


トルストフは隣で涙ぐむ妃の肩をそっと抱き寄せた。


「何も心配はいらぬ。カルセイランが必ず事を治めて戻って来てくれるからな」
「・・・そうですとも。あの方ならば必ず」


皆は口々に希望を告げる。


「ええきっと」


何度も何度も。
まるで己に言い聞かせるように。











「・・・退屈だわ」


ヴァルハリラは、ぽつりと呟いた。

ここ数日は思いつくままに遊んでいたのだが、大体の事をやり尽くして時間を持て余すようになっていた。


「カルセイランさまは、次はいつ抱いてくださるかしらね」


あの夜のことを思い出し、そんな言葉がぽろりと溢れる。


思い出すだけで笑ってしまう。

ずっと勃たなかったかと思えば、ある夜、急に抱いてきて。


あんなに忙しなく終わったセックスは初めてだ。


この調子で次の夜も、と思ったけれど、忙しい様で時間がなかなか取れなくて。


「そしたら今度は公務で出かけちゃうんですもの」


いくら王太子の仕事が忙しいからって、こんなに妻を放っておいていい筈がない。


まあいいわ。今は我慢してあげる。


もうタイムリミットはないんだもの。焦る必要はない。

これから先、私たちはずっと一緒にいられるのだから。

精算の日が来るのが待ち遠しくて堪らない。



ヴァルハリラは、テーブルの傍に積まれた請求書の束に手を伸ばす。


ここ数日、浮かれた気分のままに買い漁った品々に対する請求書だ。


無造作に一枚掴むと、内容を改めることなく下にサラサラと署名をする。


面倒だからと字を学ばなかったヴァルハリラが唯一書ける文字、それが自分の名前だ。


「・・・やっぱりつまらないわ」


だがニ、三枚に署名すると、それだけで飽きてしまってソファに寄りかかる。


「カルセイランさまは手に入れた。彼から精も注いでもらった。妃の地位も手に入れたし、皆がわたくしの言うことを聞いてくれるわ。服も、お菓子も、宝石も、欲しいものはなんでも手に入れられる」


目を瞑り、あれこれと思案する。


「そうね・・・まだ叶ってない願いと言ったら、あと一つくらいかしら」


眼裏に銀色の髪が浮かび、腹の底から苛烈な怒りが湧き上がる。


「早く死んでくれないかしらね。目障りで仕方ないわ」


ああ、本当に。
あの女だけは、どれだけ憎んでも憎み足りない。


兵士たちに八つ裂きにされる程度じゃ生温すぎる。

一瞬で終わってしまう苦痛なんて何の懲罰にもならないのだから。

苦しんで、苦しんで、苦しみぬいて、それでも永遠に苦しみが終わらないような、そんな罰があれば良いのに。


私のカルセイランさまを奪おうとした女だもの。

それくらいしないとね。


ああでも。
本当につまらない。

何かしないとやってられない。


アレは呼んでも出てこないし。


「いつもなら、呼べば直ぐに出て来るのに」


もう条件を満たしたから、先に清算してもいいと思って、名前を呼んでみたけれど。


どこかに行ってるのかしら。


「・・・サルトゥリアヌス」


昨日も一昨日も呼んだ名前を、もう一度、鏡に向かって呼んでみる。

だが何も起こらない。


空気も揺れない。
鏡面も波立たない。


「本当おかしいわね。どうしてかしら」



その後も、何度も何度も呼んでみた。

だが結局、最後までサルトゥリアヌスが現れることはなかった。
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