【完結】あなたと結ぶ半年間の契約結婚〜私の最後のお願いを叶えてくれますか

冬馬亮

文字の大きさ
40 / 54

最後の夜

しおりを挟む


 シャルロッテの様子がおかしい。


 その日、オスカーは朝から小さな違和感を覚えていた。そしてそれは、少しずつ降り積もっていく。


 食欲旺盛なシャルロッテが、おかわりをせずに席を立った。

 いつもオスカーを見ると幸せそうに微笑むのに、今日はどこか表情が陰っていた。

 執務室のお茶を、メイドの代わりにわざわざ運んで来た。

 シャルロッテの方から、初めて散歩に誘われた。

 いつもニコニコしているシャルロッテだが、今日の彼女は無理して笑っているように見えた。


 そして。


 夕食後には、話があると言ってきた。








「・・・え? アラマキフィリスの進行が予想より早い・・・?」


 昨日、ミルルペンテという男性に会った後だっただけに、シャルロッテの話は、オスカーの全く予想していない事だった。


「はい。もうあとふた月くらいは大丈夫かと思っていたんですけれど」


 そう言ってシャルロッテが手袋を外してみせると、彼女の手の爪は、左手の小指を残して全て真っ青になっていた。


 ―――うん?


 ここでオスカーは一瞬、何かを思い出しかけるも、続くシャルロッテの言葉で吹き飛んだ。


「・・・ですから、少し早目に契約を終了させていただきたいんです」

「っ、それは・・・」

「結婚前にお渡しした署名済みの離縁届けをお使いになるか、それともこのまま離縁しないで後で死別とするかは、オスカーさまにお任せします。オスカーさまが今後の生活をやりやすい方でお選びください。そしてこちらが前に私がお話した・・・」


 シャルロッテは、契約時に話した条件についてその後も説明を続けたが、動揺したオスカーの耳にはろくに入って来なかった。



 ―――薬は、彼女には間に合わなかったという事か。

 いや、彼女はアラマキフィリス、いずれ死んでしまう事は分かっていた。

 そう、分かっていたのだ。

 こんな風に、別れが近いうちに必ずやって来るのは、分かっていた事なのに―――



「・・・さま? オスカーさま?」


 シャルロッテの呼びかけに、思考に耽っていたオスカーがハッと顔を上げた。


「ああ、すまない。なんだろうか」

「明日の朝、私はここを出て行こうと思います。今まで色々とありがとうございました。オスカーさまのお陰で、本当にいい思い出ができました」



 いつの間にかに説明が終わっていたらしい書類の束が、テーブルの上に置かれていた。

 ケイヒル家との契約条項の書類や、シャルロッテが譲渡すると言っていた個人資産の書類だ。


「明日・・・」


 オスカーは、ぽつりと呟いた。


 いつかは来ると分かっていた未来で、けれどあともう少し先の筈で。

 まだ大丈夫、まだ時間はあると、たかを括っていた自分自身がいた事に、オスカーは今さら気がついた。


 ―――死期が迫っている彼女となら、今後関係が泥沼化する心配がないなどという考えが如何に下らないものだったかも。





「・・・では、私はこれで」

「っ、シャルロッテ」


 席を立とうとしたシャルロッテの手を、オスカーは無意識に掴んでいた。


「え?」


 きょとんと目を丸くするシャルロッテ。

 だが、この行動に驚いているのは、むしろオスカー本人だ。


「オスカーさま、あの?」


 不思議そうに首を傾げるシャルロッテに、オスカーは何と言葉をかけようかと暫し逡巡し。


 けれど、何も上手い言い訳は思いつかず。


 結局、頭の中に浮かんだただ一つの願いを、絞り出すように口にした。


「今夜、君を抱きしめて眠りたい」


「へ? こ、こん? 抱きしめ?」


 ぼぼぼっと顔を赤く染めるシャルロッテを見て、自分がとんでもない事を口走ったとオスカーは気づいた。

 全くオスカーらしくない台詞である事も。

 だが、今さら訂正する気は更々なく、「そうだ。一緒に眠りたい」と続けた。








「お、お邪魔します・・・」



 結婚して4か月と少し。

 初めて夫婦の寝室でオスカーとシャルロッテは眠った。

 もちろん2人の間に何も起きていない。ただ同じベッドで眠っただけだ。


 オスカーはその夜、何を考えていたのだろうか。ただきつく、きつくシャルロッテを腕の中に閉じ込めて、本当にそれだけで夜を過ごしたオスカーは。


 自分で言い出した事とはいえ、なかなか寝つけずにいたオスカーは、夜もかなり更けた頃になって漸く眠りについた。


 だから気づかなかった。


 夜明け頃に目を覚ましたシャルロッテが、そっとオスカーの腕を外すと静かに寝室から出て行った事に。


 オスカーが目を覚ましたのは、昼に近い朝の時間。
 側のシーツからは、彼女の温もりはとうに消えていた。







しおりを挟む
感想 103

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します

佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。 セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。 婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります

恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」 「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」 十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。 再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、 その瞬間に決意した。 「ええ、喜んで差し上げますわ」 将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。 跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、 王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。 「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」 聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

処理中です...