23 / 54
主人思いの侍女の願い
しおりを挟む「オスカーさまって、甘いものがお好きだったのね。知らなかったわ」
自室に戻って侍女アニーの手を借りて着替えながら、ふふ、と嬉しそうにシャルロッテは言った。
主人が口にした今日のデートの感想に、侍女のアニーは「いえいえ、そんな訳ないでしょう」と心の中で突っ込みを入れる。
今日は、アニーも護衛の騎士たちに同行して2人のデートの光景を目撃していた。
カフェでのお茶の際には、騎士のひとりとカップルのフリをしてシャルロッテたちのテーブルのすぐ隣に座っていたのだ。
アニーからしてみれば、オスカーは別に甘いものが特段好きという訳ではない。
嫌いではないが普通に食べられる、あくまでその程度に見えた。
実際、シャルロッテとケーキ半分こをする後半頃は、彼は少しばかり涙目になっていた。
きっと今頃は胃がもたれているだろう。胃薬が欲しいとか言っていそうだ。
だから、あれは完全にシャルロッテを気にかけての行動で、ケーキ愛によるものではないとアニーは分かっていた。
残念ながら、シャルロッテには1ホルン(この世界の長さの単位、ミリに近い)も伝わっていないようだが。
でも、アニーはシャルロッテのその反応も少し理解できるのだ。
今回の結婚は、シャルロッテの病気があって成り立った契約結婚で、結婚前に保証代わりの離縁届けも記入済みで、夫となるオスカーは有名な女嫌い。
シャルロッテだけが相手を大好きで相手側は無関心という、一方通行の夫婦になるだろうと予想したのは本人だけではない、実はアニーもそうだった。
きっと、結婚はしてもらえても、たまに顔を合わせるくらいの希薄な関係になるだろう。
寝室はもちろん、食事なども別々で、最悪の場合シャルロッテだけ離れに押しやられるかもしれない、その時は自分も付いて行こう、なんて密かに決意していたのだ。
それが蓋を開けてみれば、寝室はちゃんと当主夫人用の部屋をあてがわれたし、朝食は必ず一緒だったし、ひと月近く経った後ではあるが、今日の午後にオスカーはシャルロッテと2人の時間を作ってくれた。
そしてシャルロッテの望むまま街を歩き、カフェに行き。
極めつけはケーキ全種類の半分こだ。
蔑ろにされるどころか、驚くほどの好待遇に、アニーも内心では驚いていた。
でも、だからと言って、オスカーがシャルロッテに恋心を抱いているなどとアニーは思っていない。
きっとあれはオスカーの人の良さなのだろう。死にゆく人を思い遣る気持ち、あるいは同情が、オスカーの気持ちの大部分を占めている。
縁談よけと前置きしながらシャルロッテからの結婚の申し込みを受け、結婚後も何かと気にかけるのは、やはりアラマキフィリスの影響が大きい。
だから、オスカーが優しければ優しいだけ、薬のことを打ち明けるのが怖くなるシャルロッテの気持ちは、アニーだって分かってしまうのだ。
半年間と限定している分、せめてその間だけはと願ってしまう気持ちも。
―――でも。
それを理解しても、シャルロッテが薬の存在を隠したまま、表向きは亡くなった事にして、その後どこか別の国で暮らすという案には、アニーは完全には賛成していない。
ただこの国にとどまっても、離縁した貴族令嬢にその後いい縁談が来る可能性はないという事実を知ってもいるから、強く反対するのも戸惑われた。
―――オスカーさまがシャルロッテお嬢さまを好きになってくださったら、そしてアラマキフィリスが完治したお嬢さまと本当の夫婦になってくださったら。
―――そうしたら、文句なしの大団円で皆が幸せになるのに。
シャルロッテが大切でたまらない優しい侍女は、自分でどうにか出来る訳もないのに、気がつけばそんな事を願っていた。
一方その頃、当主執務室では。
「オスカーさま、大丈夫ですか?」
「・・・レナート。侍従長に言って、胃薬をもらって来てくれ」
アニーの読み通り、オスカーは胃薬を所望していた。
そして、その日のオスカーの夕食はなしになったそうだ。
110
お気に入りに追加
1,618
あなたにおすすめの小説
婚約者の隣にいるのは初恋の人でした
四つ葉菫
恋愛
ジャスミン・ティルッコネンは第二王子である婚約者から婚約破棄を言い渡された。なんでも第二王子の想い人であるレヒーナ・エンゲルスをジャスミンが虐めたためらしい。そんな覚えは一切ないものの、元から持てぬ愛情と、婚約者の見限った冷たい眼差しに諦念して、婚約破棄の同意書にサインする。
その途端、王子の隣にいたはずのレヒーナ・エンゲルスが同意書を手にして高笑いを始めた。
楚々とした彼女の姿しか見てこなかったジャスミンと第二王子はぎょっとするが……。
前半のヒロイン視点はちょっと暗めですが、後半のヒーロー視点は明るめにしてあります。
ヒロインは十六歳。
ヒーローは十五歳設定。
ゆるーい設定です。細かいところはあまり突っ込まないでください。
それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~
柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。
大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。
これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。
※他のサイトにも投稿しています
酷いことをしたのはあなたの方です
風見ゆうみ
恋愛
※「謝られたって、私は高みの見物しかしませんよ?」の続編です。
あれから約1年後、私、エアリス・ノラベルはエドワード・カイジス公爵の婚約者となり、結婚も控え、幸せな生活を送っていた。
ある日、親友のビアラから、ロンバートが出所したこと、オルザベート達が軟禁していた家から引っ越す事になったという話を聞く。
聞いた時には深く考えていなかった私だったけれど、オルザベートが私を諦めていないことを思い知らされる事になる。
※細かい設定が気になられる方は前作をお読みいただいた方が良いかと思われます。
※恋愛ものですので甘い展開もありますが、サスペンス色も多いのでご注意下さい。ざまぁも必要以上に過激ではありません。
※史実とは関係ない、独特の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法が存在する世界です。
【 完 】転移魔法を強要させられた上に婚約破棄されました。だけど私の元に宮廷魔術師が現れたんです
菊池 快晴
恋愛
公爵令嬢レムリは、魔法が使えないことを理由に婚約破棄を言い渡される。
自分を虐げてきた義妹、エリアスの思惑によりレムリは、国民からは残虐な令嬢だと誤解され軽蔑されていた。
生きている価値を見失ったレムリは、人生を終わらせようと展望台から身を投げようとする。
しかし、そんなレムリの命を救ったのは他国の宮廷魔術師アズライトだった。
そんな彼から街の案内を頼まれ、病に困っている国民を助けるアズライトの姿を見ていくうちに真実の愛を知る――。
この話は、行き場を失った公爵令嬢が強欲な宮廷魔術師と出会い、ざまあして幸せになるお話です。
お金のために氷の貴公子と婚約したけど、彼の幼なじみがマウントとってきます
鍋
恋愛
キャロライナはウシュハル伯爵家の長女。
お人好しな両親は領地管理を任せていた家令にお金を持ち逃げされ、うまい投資話に乗って伯爵家は莫大な損失を出した。
お金に困っているときにその縁談は舞い込んできた。
ローザンナ侯爵家の長男と結婚すれば損失の補填をしてくれるの言うのだ。もちろん、一も二もなくその縁談に飛び付いた。
相手は夜会で見かけたこともある、女性のように線が細いけれど、年頃の貴族令息の中では断トツで見目麗しいアルフォンソ様。
けれど、アルフォンソ様は社交界では氷の貴公子と呼ばれているぐらい無愛想で有名。
おまけに、私とアルフォンソ様の婚約が気に入らないのか、幼馴染のマウントトール伯爵令嬢が何だか上から目線で私に話し掛けてくる。
この婚約どうなる?
※ゆるゆる設定
※感想欄ネタバレ配慮ないのでご注意ください
「これは私ですが、そちらは私ではありません」
イチイ アキラ
恋愛
試験結果が貼り出された朝。
その掲示を見に来ていたマリアは、王子のハロルドに指をつきつけられ、告げられた。
「婚約破棄だ!」
と。
その理由は、マリアが試験に不正をしているからだという。
マリアの返事は…。
前世がある意味とんでもないひとりの女性のお話。
貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。
彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。
しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。
悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。
その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・
初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。
豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」
「はあ?」
初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた?
脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ?
なろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる