16 / 36
別れ
しおりを挟む病室の窓際に置かれたベッドから身を起こしたアンナと、ベッド脇に置いた椅子に座るティターリエ。
二人は互いの手を握り、時には背中を摩ったり、ハンカチで相手の涙を拭ったりしている。
同じ病室内にはいるけれど、アンナとティターリエは病室の奥にいて、ベネディクトは手前の扉近くにいるから、小声で話す二人の会話は、ベネディクトには聞こえない。
聞こえなくて丁度いいと、ベネディクトは思っている。
二人の間に流れる空気は静かで、穏やかで、温かい。けれど少し悲しそうでもあった。
これから、ティターリエはベネディクトと一緒に王都に向かう。
彼女の父、グスタフの偽証罪の生き証人であるティターリエは、処断がすべて終わるまで王城で保護されるのだ。
たとえ表向きのことであろうと、これからアンナは罪人として連れて行かれ、ティターリエは被害者として王城に向かう。
たぶん、二人がありのままで話が出来るのは、この時だけとなるだろう。
ベネディクトは、この時間を邪魔したくなかった。
だから腕を組み、目を瞑り、黙って扉にもたれかかっていた。
時折り漏れ聞こえる微かな笑い声、鼻をすする音、最後は嗚咽。そうして二人の時間は終わった。
「行こうか、ティターリエ嬢」
診療所前に停めていた馬車に、ベネディクトとティターリエが乗り込む。
今から王城に着くまでの八日間が、ベネディクトに与えられた時間だ。
三年前の茶会でティターリエを見初めたときは、すぐに彼女との婚約が調うと信じていた。
そうして婚約者としての交流が始まり、手紙や季節ごとのカードを送ったり贈り物をしたりして心を通わせていくのだと、それが当たり前の未来だと、信じて疑わなかった。
領邸のメイドに拐かされたと侯爵から聞いたとき、ティターリエの不幸を嘆いた。なんとかして助けたいと思った。
彼女の不幸の原因がまったく別のところにあると、そのときは気づかなかった。
だから、ティターリエを見つけ出すことさえ出来れば、すべてが解決すると思っていた。
たとえ、どれほど困難に思えようとも、それさえ超えてしまえばと。
けれど違った。
彼女の不幸は、ライツェンバーグ侯爵夫妻のもとに、娘として生まれ落ちてしまったことにあったのだ。
これから侯爵は偽証罪にて裁かれる。
グスタフは侯爵家当主としての立場を剥奪され、領地にて蟄居となる。
夫人は罰が下る前に離縁しようと動いているが、実家が彼女を受け入れるかどうかは分からない。
なにしろ、彼らは王家に対して罪を犯したのだ。下手に味方をすれば、その者の王家への忠誠心まで疑われかねない。
まともな判断が出来る者なら、関わりを断つだろう。
そして、ティターリエ自身も無傷では終わらない。
生家の爵位は叔父に移る。つまり彼女は貴族家の養女にならない限り、平民になる。
ベネディクトは、ティターリエとの面会前、先んじてアンナと会って話したときのことを思い出す。
彼女は、最近になって急に国の騎士たちがランドンの街を見回るようになっていたことを感謝していた。
『実は、ティータお嬢さんの美しさをどこかから聞きつけたのか、どこぞの商家の若旦那がお嬢さんの居場所を嗅ぎ回るようになってたんです。
裏庭の畑をやってもらうということにして、お嬢さんにはなるべく外に出ないようにしてもらいましたけど、仕事であたしが家にいない時間なんか、攫われてないかとヒヤヒヤしてました』
限界を感じていたので、これからはティターリエが安全な場所にいられると分かってホッとした、とアンナはティターリエを連れて行くベネディクトに感謝したのだ。
アンナの話が、本当かどうかは分からない。ベネディクトに気を遣って、口から出まかせを言っただけかもしれない。
ただ、ティターリエはその話を信じ、平民として生きる難しさを改めて痛感したようだった。
アンナとの別れから五日。
今日もベネディクトとティターリエは、馬車に揺られながら王都に向かっている。
ベネディクトもそうだけれど、ティターリエもまた、これから先のことについて色々と考えているらしく、窓の外の景色を眺めながら物思いに耽る時間が多かった。
でも、きっと少しずつ頭の中を整理出来ているのだろう。
彼女の眼差しは、だんだんとどこか落ち着いたものへと変わり始めていた。
そうして六日目。ベネディクトは言った。
「ティターリエ嬢。少し話をしようか」
443
あなたにおすすめの小説
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
行ってらっしゃい旦那様、たくさんの幸せをもらった私は今度はあなたの幸せを願います
木蓮
恋愛
サティアは夫ルースと家族として穏やかに愛を育んでいたが彼は事故にあい行方不明になる。半年後帰って来たルースはすべての記憶を失っていた。
サティアは新しい記憶を得て変わったルースに愛する家族がいることを知り、愛しい夫との大切な思い出を抱えて彼を送り出す。
記憶を失くしたことで生きる道が変わった夫婦の別れと旅立ちのお話。
【完結】貴方をお慕いしておりました。婚約を解消してください。
暮田呉子
恋愛
公爵家の次男であるエルドは、伯爵家の次女リアーナと婚約していた。
リアーナは何かとエルドを苛立たせ、ある日「二度と顔を見せるな」と言ってしまった。
その翌日、二人の婚約は解消されることになった。
急な展開に困惑したエルドはリアーナに会おうとするが……。
妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる