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マリエル・ライツェンバーグ
しおりを挟むティターリエの母、マリエル・ライツェンバーグ侯爵夫人は混乱の真っ最中にあった。
王城から遣わされた使者が、マリエルの夫グスタフが捕縛されて貴族牢に入っているなどと知らせて寄越したからだ。
長年の憂いが晴れ、この三年ほど幸せの絶頂にいたマリエルは、使者の言葉を聞いてその場で気を失った。
「一体なにが起きているの・・・?」
後で知ったことだが、グスタフは王族への偽証罪で貴族牢に入れられていた。
あの要らない娘が領邸からいなくなった時期について、事実とは違う報告をしたことを国王から咎められたらしい。
「王家の方々はなにも分かってらっしゃらないのだわ。あれが何時いなくなったかなんて、どうでもいいことではないの」
貴族家にとって、子は所有物である。
所有物をどう扱うかは、当主である父親が決めることで、普通であればその扱いに他家が口出しすることはない。
そしてマリエルは、グスタフの娘の扱いに完全に同意していた。
大変な思いをして子を産んだのに、乳母が抱いて連れてきたのは、侯爵家を継ぐ資格のない女児だったのだ。
あのときの絶望をマリエルは忘れられない。きっと一生忘れないだろう。
しかし、娘は娘なりの使い道もあるとそのときは自分で自分を慰めた。
これが王家にでも嫁ぐなら、ライツェンバーグの威光を高めるだろう。そうしたらきっとグスタフもマリエルの価値を認めるだろう。
だから使用人に命じて、娘にきちんと世話をさせた。厳しい教育係も付けた。これでいいと、後は放置した。
マリエルの頭は別の問題のことで一杯だった。
ライツェンバーグ侯爵夫人として、グスタフの妻として。
マリエルは後継となる男児を生まねばならない立場にあるのに、ティターリエを生んだ後は妊娠の兆候がさっぱりと訪れないのだ。
マリエルは気が狂いそうだった。
そんな状態のまま、十年近くが経って。
マリエルはようやく妊娠した。
そしてついに生んだのだ。夫が切望する男児を。
夫がテオドールと名付けたその子を、マリエルはひたすら慈しんだ。
マリエルの立場になんの貢献もしないティターリエなど、すっかり頭の端に追いやられていた。なんなら頭の端からすらこぼれ落ちていたかもしれない。
だって、ティターリエでは夫の関心がまったく引けなかった。
しかもティターリエは、せっかく挽回の機会を与えたのに、それも失敗したのである。
王妃の茶会に招かれたというのに、第三王子の気も引けなかったのだ。茶会が終わっても王家から婚約の打診をする手紙が来ない。
ーーやっぱりあれは役立たずだわ。
グスタフ同様、マリエルもティターリエを完全に要らない子と見なした。
不要な娘をさっさと領地に送り返し、マリエルは乳母が世話するテオドールを傍らで眺める。
一歳を過ぎたテオドールは、日々成長し、出来ることが増えていく。
その愛らしさを、その頼もしさを、マリエルは一瞬たりとて見逃したくないのだ。
「テオドール、私の愛する子」
マリエルのテオドールは、夫のグスタフによく似ている。髪や目の色、顔立ちも。
完璧な後継者だわと、テオドールを見るたびにマリエルは満足した。
皆に大切にされているテオドールは、すくすくと成長し、もうすぐ三歳になる。
そろそろ後継者教育の為の教師を見つけなければ、とマリエルは評判のいい教師のリストを作り始めた。
マリエルは満足していた。
マリエルの世界はやっと完璧なものになった。
そう、なった筈だった。
なのに、どうしてこんなことが。
「レフタスに爵位を譲る・・・?」
レフタスとは、グスタフの弟である。
ライツェンバーグの従属爵位を得て子爵となった彼は、幼馴染みの伯爵令嬢と結婚し、二男二女に恵まれている。
「どうして? この家はテオドールが継ぐのよ?」
グスタフは、未だ貴族牢から出してもらえない。
使用人たちが、騎士たちからなにやら厳しい聴取を受けている。
「どうして? あんな要らない娘がどんな扱いを受けていたって、そんなことどうでもいいではないの。王家にどう報告しようと構わないではないの。
親である私たちが不要と見なしたのよ? どうしてそれに口出しをするの・・・っ!?」
マリエルは必死に叫ぶ。
だが、それに答えを返す者はいなかった。
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