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君こそが僕の花

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焦るな、がっつくな ーーー


ランスロットは、今回の任務の移動中ずっと自分に付き従い、こんこんと教えを垂れた従者アルフの言葉を思い返し、そう自分に言い聞かせた。




ーーー よろしいですか、ランスロットさま。
元々、男性と女性とでは体力差があるように、性衝動の強さも異なります。
そもそも、大抵の未婚の女性は、男性側が努力してそれを引き出さない限り、性行為への衝動をあまり感じない様ですよ


ーーー だから、優しく、常に思い遣りを持つことです。決して、己の欲を優先してはなりません



五日間みっちりと諭され続けた内容を思い返すにつけ、アルフが独身である事を不思議に思う。


しかし当のアルフはけろりと言うのだ。



ーーー 私は仕事が最優先ですので



女性から人気があるにも関わらず、今に至るまで結婚する気配を微塵も見せないアルフ。
恐らく『仕事が最優先』という、その言葉に嘘はないのだろう。

もしかしたらこのまま一生独身を貫くつもりかもしれない、などと心配にもなるけれど、もちろん決めるのはアルフ自身。
ランスロットが口を出して良い事ではない。


それにしても、とランスロットは、少しばかり納得いかない気持ちを抱える。


閨教育を受けた自分よりも、アルフの方が造詣が深いのは何故なのか。


性に潔癖なところがあるランスロットは、実は母ラシェルの了解の下、閨教育を座学だけで終わらせている。つまり、実践は未経験、ヴィオレッタが初めてだ。


だからかもしれない、初めて触れた愛しい人の唇が思っていた以上に柔らかかった事に我を忘れた。
その結果、ヴィオレッタが気絶するほど夢中になって彼女の唇を貪ってしまった。
ランスロット自身、あの日の事は深く反省している。

だからアルフの助言は有り難い事に間違いないのだけれど。


ランスロットとしては、何となく負けた気がしてしまうのだ。


だが、それはともかくとして、今夜もまた同じ轍を踏む訳にはいかない。


ランスロットは学んだ。経験からも学んだし、ちょっと悔しいがアルフからも学んだ。


だから何度も自分に言い聞かせる。


焦るな、がっつくな、優しく、思い遣りを持って、と。





そうして迎えたやり直しの初夜。

ランスロットは笑い声溢れる祝宴会場を後にして、身を清め、ガウンを羽織り、当主夫妻の寝室に入る。

そこには、既に夜着姿のヴィオレッタが、ベッドの端っこにちょこんと座って待っていた。

薄く、柔らかい夜着は、よく見るとヴィオレッタの肌が薄らと透けて見える。

五日前の未遂に終わった初夜の時よりも更に刺激的な姿に、ランスロットは軽い眩暈を覚えた。


思わず、ぐ、と息を呑み、意識して深呼吸を繰り返す。


焦るな、がっつくな。


はあ、と息を吐いてから、ランスロットは顔を上げ、新妻と視線を交わらせ、そして微笑んだ。


恥ずかしげに頬を染め、瞳を期待と不安で揺らしながら夫を見上げるヴィオレッタには、あの日見た陰りはない。


そう、あの日。ランスロットがヴィオレッタを見つけた日。

ヴィオレッタがくたびれたお仕着せを身につけ、顔色は悪く、手や足は細く、頬も痩けていた時のことだ。

あの日、何もかもを諦めたような、寂しげな眼をしたヴィオレッタを見つけ、ランスロットは心に決めたのだ。
彼女をなんとかして救い出し、心からの笑顔を見せてほしい、と。

あの時はまだ、それが恋だったとも知らず。


ああ、そうだ。

今なら、義父上が仰っていた事がよく分かる。


ーーー 女性はな、ランス。花に似ていると思うんだ。水がないと花は枯れる。女性も同じだ、愛されなければいつかは枯れてしまう。
花に水をやる様にたっぷりと愛情を注ぎ、大切に慈しむ、すると更に女性は美しく咲き誇るんだ


ーーー もちろん男なぞ居なくても女性は十分に美しい存在なのだろう。だが、そんな存在を全身全霊でもって守り慈しむのが男の役目の様にも思う



ヴィオレッタは、ランスロットにとって、世界でただ一つの花なのだ。
愛しみ、慈しみ、自分の全身全霊をもって守り、愛情を注ぐべき美しく可憐な花。

この花を ーーー 既に十分に美しいヴィオレッタを、自分の手で更に艶やかに花開かせるのは、他の誰でもない、ランスロットなのだ。



「・・・ランスさま?」


じっと見つめられて不安になったのか、ヴィオレッタがか細い声で夫の名を呼ぶ。


ランスロットは静かに息を吐き出すと、歩を進め、ヴィオレッタの前に立った。


「いつも綺麗だけれど、今夜は殊更に美しく見えます。ヴィオレッタ・・・ヴィオ」


手を伸ばし、頬に触れる。

せめて格好くらいつけたいのに、指先が少し震えてしまう。けれど今さら隠す手立てもない。


そのまま、つ、と頬を撫でると、ヴィオレッタは恥ずかしそうに目を伏せる。そして、すり、とランスロットの掌に頬を寄せた。


「ヴィオ・・・」



ああ、君こそが僕の花。


この花を、僕は一生をかけて愛でるから。

ずっと愛し、慈しむから。



だから、どうか。

どうか、安心して僕のものになって。



ランスロットは、ヴィオレッタにそっと口づけた。


「愛してる」

「私も・・・ランスさまをお慕いしております」


一度失敗して、延期になって、そうして迎えた二人の待ち焦がれた初夜。


それは、辿々しく、初々しく。

ゆっくりと時間をかけて。


その夜、二人は夫婦となった。






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