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大切な日を、大切な人たちと
しおりを挟む「父たまと兄たま、きょうかえってくゆのよ」
ランスロットとキンバリーが護衛任務で出立してから五日目。
ミルドレッドは、朝からずっと窓の外を覗いては、わくわくウキウキと二人の帰還を待っている。
前よりも言葉がはっきり話せる様になったが、まだサ行とラ行は舌足らずになってしまう可愛い五歳だ。
「そうね、ミルちゃん。でも、お二人のお帰りはもう少し後よ。午後遅くになると仰っていたもの」
そんな風にミルを優しく諭すヴィオレッタも、実は言葉とは裏腹に、先ほどからミルと一緒に何度も窓を覗いていたりする。
そして、それはラシェルもまた同じだ。
皺になってもいないドレスを何度も手で伸ばしたり、うっかりお茶をこぼしたり、と、そわそわして落ち着きがない。
やがて、ハロルドやアンナニーナたちもやって来た。
義息子を共に出迎える為かと思いきや、目的はそれだけではない。もちろんその為でもあるが、本命はその後である。
「あ、兄たま!」
窓を覗いていたミルドレッドの声が響く。
時計の針は午後を回ってすぐを指しているから、予定の時間はまだの筈だ。
しかし、ミルドレッドの声に釣られてヴィオレッタもまた窓を覗けば、愛馬に乗って門をくぐっているその人は確かにランスロットで。
「ヴィオレッタさまっ?」
はしたないと言われても、今は許してほしい。
気づけばヴィオレッタは、エントランスに向かって走り出していた。
「ランスさま・・・っ」
「ヴィオレッタ・・・ッ」
五日ぶりの再会。
婚約者の名を口にしながら、ランスロットは飛ぶ勢いで愛馬から降りる。
そして、ヴィオレッタの元に走り寄ろうとして、けれど数歩手前で足を止めた。
「ランスさま?」
「・・・ごめん。僕の体、汚れてるから。一度、湯浴みをしてから・・・うわっ」
居心地悪そうに口を開くランスロットに構わず、胸元にヴィオレッタが飛び込む。
「え、ちょ、ヴィ、ヴィオレッタ・・・ッ、駄目です、僕は今、埃まみれで・・・」
「ランスさま」
「え?」
「お帰りなさいませ。お待ちしておりました」
「・・・うん。ただいま帰りました」
胸元に頬を寄せるヴィオレッタの頭を優しく撫でながら、ランスロットは帰還の言葉を口にした。
「父たまもかえってきたのよ! おかえりなちゃい!」
ランスロットに少し遅れて門をくぐったのは、同行していたキンバリー。
どこか疲れた様子の彼は、しかし愛する妻と娘の出迎えを受けて、ぱっと顔を輝かせる。
これが親子というものだろうか。汚れているからと遠慮するのも、迎える側がそれを聞かずに胸の中に飛び込むのも、先ほどと同じ。
キンバリーの場合は、妻を抱きしめる腕の片方を使って愛娘までも抱え上げているけれど、違いはそれくらいだ。
「お帰りなさいませ、あなた。予定よりもお早いお戻りでしたのね」
「ただいま、ラシェル。それがね、もうランスが『早く帰る』って煩くて。馬を飛ばして大急ぎで帰って来たんだよ」
「なっ、義父上、それは言わない約束でしょう。それに義父上だって早く帰りたいってボヤいていたではないですか」
口が滑った義父キンバリーに、ランスロットが文句を言う。けれど文句を言っている筈のその顔は、どこか嬉しそうだ。
送れてエントランスに現れたハロルドが口を開く。
「今日は大切な日だからな。急ぐのも当然だ」
ハロルドの声にも喜色が滲む。その手にあるのは、今日提出予定の婚姻届だ。
「ほら、ヴィオちゃん。そろそろランスくんを湯浴みに行かせてあげなさい。これを届けたら皆でお祝いするのでしょう?」
ランスロットとキンバリーが任務で屋敷を空けていたこの五日間、夫人方は祝宴の準備を進めていた。
本来なら、あと少し先、そう十四日先に催す予定だった身内だけの婚姻の宴の為だ。
「見届け人の署名も済んでいる。あとは提出するだけだよ」
ハロルドが書類を見せながらそう言うと、ランスロットは破顔して頷く。そして、早足で邸内へと入っていった。
「あの様子では、10分とかからずに準備を終えそうだな」
「違いない。書面上でも早く婚姻を整えたいんだろう。出来るだけ早く提出したいのだと帰りを急かされて大変だったよ」
後ろ姿を見送りながら、ハロルドとキンバリーが笑う。
それに釣られる様に、ラシェルやアンナニーナたちも笑った。
その後、本当に10分で湯浴みと着替えを済ませて階下に降りてきたランスロットだったが、一緒に提出に向かう予定のヴィオレッタの服が、案の定汚れてしまっている事に気づき、その着替えに更に半刻ほどかかって。
その後、無事に婚姻届が受理され、晴れて法的に夫婦となって戻って来た二人を、バームガウラス邸で待っていた両家の家族が出迎える。
祝宴の会場は大きな食堂。
食事はいつもと違い、大きなテーブルにそれぞれの料理を盛りつけた大皿を置き、飲み物もボトルとグラス、そして水差しなどを置いただけ。
使用人に給仕させずに各自が好きな物を好きなように取って食べる、貴族の食事風景としてはあり得ないスタイルだが、使用人たちも一緒に飲食する為にこの形にした。
そう、ランスロットたちは、アルフ、クルトとジョアン夫婦、ダビド家を始めとした、彼らに忠実に仕える使用人たちもこの場に招んだのだ。
立食するも良し、壁際に沿って置かれた椅子に座って食べるも良し、今夜ばかりは身分差を忘れ、自由に飲んで食べて、若い当主の婚姻を祝う。
ランスロットの乳母を務めたマーガレットは、まるで自分の息子の婚姻のように感涙を流し、いつも厳しい教育者としての表情を崩さなかった彼の師トンプソンが神妙な顔で寿いで。
ミルドレッドは、祝宴の目的を理解しているのかいないのか、終始楽しそうにはしゃぎ回り、その後ろをロージーが追いかける。
やがて夜も更け、祝宴の途中で退席する若い夫婦を皆が温かい目で送り出し、けれどその後も主役不在の祝いが続く。
誰もが喜び笑う中、とりわけ印象的だったのが上機嫌にはしゃぐキンバリーで。
グラスを片手に、朝までハロルドと二人、飲み明かしたと言う。
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